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elf:1000 ─千年戦記─  作者: 世葉冬水
第四章 四軍分断作戦
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第七十三話 冷めない怒り

 同じ頃、主を失ったままの魔王城に、一つの動きがあった。


 崩れたままの玉座を前に、一人立つのは、ダークエルフのペルガメント。

 彼は人を待っていた。来るかどうかも分からぬ人を。まるで想い人でも待つかのように……。


「──お待たせしたかしら」

 いつかの日と同じように、崩れた玉座の天井から姿を現したのは、翼魔の将軍ソルヴ。

 彼女はまるで警戒していなかった。

 自分が何を犯したのか理解していながら、この城に多くのダークエルフが潜むことを知りながら。


「待つことには、慣れている」

 ソルヴの態度を、ペルガメントは何も問題にしなかった。

 招集に応じ、のこのこと姿を現した事実そのものが、彼女の意志を語っていた。


「降りてくるといい。私は丸腰だ」 手を広げ、敵意がないことを明示する。

 その行為に信用する価値が無いことなど、互いに理解しているのに。信頼など、どこにもありはしないのに。

 しかし、それでもソルヴは、求めに応じて彼の前に降り立った。

 

「酒の一つも用意するべきだったか……だが、お前の好みをよく知らなくてな」

 これまでと明らかに違う、疎遠だった友にでも接するかのような物言いに、ソルヴは目を開けた。

 しかし、すぐにそれも細めて、口元を緩めた。 「それなら、貴方の好みに合わせたのに──」


 ペルガメントは魔王を裏切り、エルフと通じていたソルヴを許してなどいない。

 しかし、その信用できぬ相手だからこそ、成り立つ関係というものもある。


「ソルヴよ。私はお前に、一つ聞きたいことがある」

 彼女と対峙したペルガメントは、間を置かず話を切り出した。

「あら? なにかしら。私の好みは、地下洞窟で熟成された古酒だけれど……」

 ソルヴは茶化して笑う。腐るほどの心当たりを持ちながら。


「お前にとって、同胞とは何だ」 端的な問い。

 それで十分だった。本題に入るために、一つ、確かめるためには。


「フフ……。何かあったのかしら。そんなことを聞くなんて」

 ソルヴは笑みを深くする。しかし、その洞察は鋭い。 「でも、いいわ。答えてあげる」


「私の部下は、私に奉仕するためにいる。私のために喜んで命を捨てる者たち」


 その答えをペルガメントは笑わない。たとえ、自分の価値観とは相容れぬものであったとしても。

「そうか──。私は自分の同胞たちを、家族だと考えている」

 そしてソルヴは、彼の答えを微笑みながら聞いていた。自分の価値観とは相容れぬことを楽しむように。


「私と組み、エルフを滅ぼさないか──」


 突然の、ここに呼ばれた理由の暴露に、ソルヴの笑みはゆっくりと消える。

 彼女ですら、推し量るには至らない。それほどに、その言葉には多くの欠落と、矛盾を孕んでいた。


「どういうことなのかしら」 ソルヴは素直にその説明を求める。

 ペルガメントの要求は、応じるに値しない。なのに理由を求めたのは──知りたくなったから。

 彼が見せた彼女でさえ知り得なかった一面には、そうするだけの価値があった。


「──私はお前を信頼している」 見え透いた嘘だった。

「四将の誰より、お前の目利きを信頼している」

 だが、言い換えられた言葉には、嘘ではない匂いが混じる。


「何が最良で、何が最悪なのか。お前は分かっているはずだ」

「魔王も勇者も消えた今、唯一。エルフどもだけが唯一、その最悪を導き出す。いずれ必ず……」


 その予言は、エルフ憎しのダークエルフの私怨。そう考えるのが妥当。

 しかし、エルフたちは魔王と勇者を殺した。それは紛れもない事実。

 そして、そのどちらもに、ソルヴはエルフと通じ関与した。それも、事実。


 ペルガメントが見据えるのは、裏切りの過去ではない。ダークエルフの未来。

 そして、ソルヴも見定めなければならない。エルフたちの次の狙いを。


 ──それは、危険なものとなる。

 もしも、互いにそう認識できるなら、二人が手を組むことは可能となる。


「その見返りに、私は何を貰えるのかしら──。お酒では嫌よ」

 ソルヴは目を細め、ニヤリと笑う。唇に指を添え、強請(ねだ)るような仕草を見せた。


「エルフを滅ぼした暁には、我が同胞をお前に捧げよう。好きに扱うが良い」


 ペルガメントから零れた言葉は、明確な同胞への裏切りだった。

 つい先ほど口にした言葉との矛盾。これまでの彼からは、到底信じることのできない言葉。

 ましてや、裏切り者と交わす約束。何一つの誓約もなく、まったくの嘘に塗れている。


 なのに、それなのに、ソルヴは醜く口を歪ませる。その卑猥な微笑みを、隠すことなく彼に向けた。

 その言葉をペルガメントが言った。ただそれだけが……彼がそこまで堕ちた事が、拒否する理由を奪っていた。


 妖魔将軍ペルガメントをそこまで追い詰めたのは、他でもない実の妹であるシレネ。

 だがその運命は、連綿と続くエルフとダークエルフの対立の歴史に、終止符を打つきっかけとなったに過ぎない。


 長命であるがゆえに、決して冷めることのない怒り。

 何があろうと絶対に埋まることのない亀裂。

 その起源は、798年前──ダークエルフが誕生した時まで遡る。


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