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elf:1000 ─千年戦記─  作者: 世葉冬水
第四章 四軍分断作戦
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第七十二話 かつての仲間

 大教会の葬儀は終わりを迎えていた。


 エルフたちを誰も侮っていなかった。だからこそ集めた、一万五千。だが、その結果は無残なものであった。

 生き残りは、ただの一人もいない。

 その残酷な事実が、残された者たちの復讐心を焚きつける。

 誰も語ることのない戦場は、次なる戦士たちの血を待ち受ける。


 敗北の屈辱を拭い去る、来るべき決戦の時に備え、去っていく戦士たち。

 彼らの鉄靴の音が消え去ると、大教会は再び深い静けさを取り戻した。


 大教会の足元。葬歌も響かぬほどのさらに下──その場所には英雄の眠る地下聖堂がある。

 立ち並ぶ墓標は、いずれも英雄たちのもの。

 刻まれたばかりの新しい名前の前で、一人の修道女が祈りを捧げていた。


「どうか、安らかに──ヴィート……」 それは勇者の名。かつての仲間の名。

 暗闇を僅かな燭火が照らす中、修道女は跪き、ただ一人で祈りを続けていた。


 ”カツン、カツン──” その静寂を破り、地下聖堂へと通じる石階段を、何者かが降りてくる。

 この場所は、資格無き者の立ち入りは許されない、英雄たちの霊廟。

 その足音だけでは、資格の有無など分からない。しかし、修道女だけは分かっていた。かつて、よく聞いた音だった。


 足音は、彼女の背後で止まった。

 しかし、何を言うでもなく、ただ静かに、彼女の祈りが終わるのを待っていた。


 地下聖堂は静寂に包まれた。ここに人がいるとは分からぬほどに。

 やがて、修道女は祈りの手を開いた。そして、立ち上がる。


「──探したよ。葬儀に参加していないから、まだ臥せっているのかと……」

 足音の主は、修道女の背後から語りかけた。低い男の声が地下に響く。

「…………」 だが、彼女は何も応えなかった。男は再び口を開いた。


「俺を、恨んでいるか……?」 絞り出したその声に、ようやく彼女は振り向いた。


「……私が今生きているのは、貴方のおかげ。それだけは、嘘偽りのない真実」

 彼女は答えた。振り向いた彼女に、今度は男の方が口を噤む。

「恨むというなら、グレン。貴方こそ──」


「そんなわけ、ないだろっ!」 継いだ言葉に、グレンは声を荒げた。


 その体は震えていた。

 彼女への怒り、ではない。自分への怒り。彼女にそんなことを言わせた自責。

「俺は……何も出来なかった。あの戦いで、何の役にも立たなかった……」

 身を震わせながら出した声は掠れていた。

「誰一人守れなかったんだ。ローザ……。君を守ることも」


 それは懺悔だった。男は修道女の前で懺悔した。

「ヴィートを殺したエルフを見逃すべきではなかった。リラが何と言っても、共にプルサチラと戦うべきだった」

「そうすれば……それができていれば……これほどの犠牲者を出さずに済んだかもしれない」


 ──勇者ヴィート、魔王の軍勢と勇敢に戦い、ここに王国を守る盾となる。

 彼の碑文にはそう刻まれている。そこに、エルフの文字は無い。

 真実を語ることは許されない。それが、グレンに課された罰だった。


 ローザは黙して聞いていた。グレンの後悔を。その胸の内を。

「……俺は、臆病者だ」 その最後に吐き出した言葉にも、何も言わなかった。


「なあ、ローザ。俺を、恨んでいないのか……?」 同じ問い。

 それは彼女に跪いての懇願だった。そうしてくれ、という。


 ローザはグレンの正面を向いた。 「──何度でも言います」

「私が今生きているのは、貴方のおかげ。それは、嘘偽りのない真実」 そして、彼の手を取った。


「誰も、貴方を恨んでなんていない──」


 その赦しに、グレンの瞳からは大粒の涙が零れる。

 その涙は頬を伝い、落ちた先のローザの手を濡らした。


 グレンは立ち上がる。

「……。ローザ。俺はもう、この王都に帰ることはないだろう」

「騎士団長は、俺に北部獣魔戦線への赴任を命じた」

 その顔から表情は消えていた。流した涙は、もう乾いていた。


「最後に話せてよかった。ありがとう」


 最も過酷な戦場に向かう彼の最後の言葉に、ローザは何も言えなかった。

 彼を送り出す言葉など言えるわけがない。自分には、もうその資格がない。


 ローザはグレンを恨んでいない。それに嘘偽りは無い。

 だが、教会から離れられない自分は、自分が望む自分ではない。

 でも、勇者が死んだ今、自分には今の自分以上の価値は無い。


 ローザは、全部理解している。

 ヴィートたちと旅ができたのは、能力を認められたからではない。

 実力で選ばれたリラとは違う。魔法評議会が勇者の一行に自分を選んだのは、別の力によるものだ。


 魔王を倒した勇者となれば、その栄誉は永遠のものとなる──。

 それが叶わずとも、そのために命を散らせたならば、その名誉は百年続く──。


 しかし、そのどちらも叶えられず。

 その自分に、また彼に付いて行くなど、もうできないと分かっている。

 だから、かつての仲間の背中を、黙って見送ることしかできなかった。


 その、同じ十字架を背負う背中を。


 地下聖堂の燭火は、静かに揺れる。二人の影を石壁に映して。


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