第七十一話 葬列
「太陽に乾杯! 神々に乾杯! 戦士に乾杯!」
英霊を送る葬歌が響く。今日、そのために集った戦士たちが謳う。
「月に乾杯! 夜の女神に乾杯! 死者に乾杯!」
それは賛歌。戦って散った者たちを称える歌。
「優れた知恵と、誉れ高き言葉、そして癒やしの手を、命ある限り授けたまえ。我らに勝利を!」
それは約束。絶対の勝利、そして、復讐の──。
王都の大教会に帰ったウルバンとシュリン。そして、英霊たち。
彼らを送る戦士の先頭には、神殿騎士団上級騎士ゴーテが立つ。
「待っていろ、ウルバン……。仇は必ず討つ。絶対に誰にも渡さん」
その誓いは、賛歌に掻き消え誰の耳にも届かない。
葬列の中、常に下を向き、謳わぬ者が呟く。
「お姉さま……。用心深いお姉さまが不覚を取るなんて……」 その目には涙が浮かぶ。
「でも安心して、プルサチラは私が必ず殺すから」
その魔法使いは、涙が零れるのを押さえるように、形見の大杖を強く握りしめていた。
戦士たちは誰一人、エルフを許していなかった。復讐の時を待ち、爪を研いでいた。
だが、王は命令しなかった。
勇者を失った今、いつ魔族の総攻撃があるか分からない。
王都の守り、戦線の維持。そのいずれにも隙を見せる訳にはいかない。
一万五千の兵を失った王国に、それ以上の兵力を更に結集させる余力はなかった。
宰相クローペルは王の代理として、この葬列を眺める。
この男が見据えるのは、人の世の行く末。その障害となる魔族とその戦略。エルフの軍など眼中にない。
約束された勝利──しかし、それは破られた。
ただ一時の敗北などに、意味は無い。勝利を持ち帰れなかった戦士などに、価値は無い。
唯一、掃って終いとなるはずだったエルフの軍だけが、眼前に残り続けていた──。
一方、大教会の一室で、この葬列に加わらぬ者たちがいる。
一人は、神殿騎士団総長ショルテ。そして、対面に座るのは、大陸商人ギルド代表ヒューベル。
その二人の間には、折れた聖剣が置かれていた。
「──そんなに怖い顔をしないでくださいよ。折角、聖剣を持参しましたのに」
ヒューベルは、ショルテを前に相変わらずの軽口を叩いた。
確かに、奪われた聖剣が戻ったのなら、それはこの上ない手柄だ。騎士団長のショルテが、頭を下げる価値があるほどの。
だが、折れていては意味はない。
それを知りつつ、不遜な態度を取るヒューベルが、彼女は心の底から我慢ならかった。
「……。礼が欲しいなら、書面でくれてやる。私の署名入りでな」
だが、行動に移すほど彼女も愚かではない。せめて、軽口に皮肉で応えた。
それは、彼の口元を緩ませた。その顔に、ショルテの眉は歪んだ。
「ま、いいでしょう。こうして二人きりの場を用意して下さったのですから──」
折れた聖剣の受け取りに、騎士団長が直々に出迎える理由はどこにも無い。
それは、ヒューベルからの申し出だった。その要求に、それ以外の思惑があるのは明らかだった。
「ええ、人払いをしただけの価値があったと、思って頂けると思います」
それをもったいぶるヒューベルの態度は、ショルテを実に不愉快にさせていた。
しかし、次の彼の言葉は、二人の間の空気を鋭く裂いた。
「──この折れた聖剣、打ち直しませんか」
「──。できるのか……」 ショルテからは無意識に言葉が漏れた。
それほどに、それまでの感情は霧散していた。
「できるか──は。私の口からはなんとも」 彼女の視線を肩をすくめて受け流す。
「ですが、その為のあらゆる事は致します」 しかし、それもすぐに戻し、逆に彼女を見つめる。
ショルテは、その目を見て察する。 「……それで、私に何をしろと──?」
「流石、騎士団長殿。話が早い」 その軽口も、もはや彼女は気にもしなかった。
「私からのお願いは一つです」 彼女との間に、ヒューベルは一本の指を立てる。
「騎士をお貸しください。それもとびきり優秀な」
その指越しの目は、真っすぐなまま彼女を捉え続けていた。
「────」 ショルテは即答しなかった。
理由もはっきりしないまま、騎士を、それも優秀な騎士を、おいそれと商人に貸し与えるなど、断じて出来ない。
今の神殿騎士団に、手放していい兵など一人として存在しない。
しかし、それが分かっていたかのように、ヒューベルは話を続ける。
「聖剣の打ち直しに必要な物があれば、私が責任を持ってすべて用意させていただきます」 ゆっくりと指を下げる。
「──ですが残念ながら、何が必要なのかすら、まだ何一つ定かではありません」 彼は続けた。
「我々はまず、それを成し得る人材を探さねばならない」
「実は、事前にテュッテバル殿にも意見を伺ったのですが……彼の専門外のようで、良い解答は得られませんでした」
ヒューベルは力なく掌を上に返した。だがそこに悲壮感は微塵もない。
「となれば──あとは異種族。その中で最も可能性が高いとすれば、鍛冶を生業としてきたドワーフ。それも古代の技術に精通した者ならば、あるいは……」
そこまでの話を聞き、ショルテは口を開いた。
「その者を探すために兵が必要だと……。だが、当てはあるのか?」
理由は理解した。しかし、どこにいるとも分からないドワーフを探すのに、貴重な兵は割けない。
「──ドワーフのことは、ドワーフに聞けばよい。ええ。既に、ある程度の絞り込みは終えています」
ヒューベルの返答は、ここに至るまでに準備を終えていることを示唆していた。
「ですが、世間から隠れ住むドワーフを追うとなると、相応の危険は覚悟しなければならない」
「魔族と戦うことにもなりましょう。あるいは、魔族と交渉することにも……」
その”交渉”という言葉に、ショルテの目は途端に鋭くなった。
神殿騎士団の使命は魔族の殲滅。魔族との交渉など有り得ない。あってはならない。
ヒューベルもそれは知っていた。知った上で話を続けた。
「私は、この聖剣の打ち直しには、騎士団も、評議会も、当然我々も、それぞれの組織の人間が平等に関わるべきだと思っております」
「何分、事が事ですので、行き違いが起こっては、争いの火種になりかねない」
理屈は完璧だった。それぞれの組織を知り尽くした完璧な配慮。
流石商人、流石ヒューベルと言えるお膳立て。
「ですので、ショルテ殿には、そういった柔軟な対応のできる騎士を選んでいただきたいのです」
だがそれでも、それは神殿騎士団の使命を曲げる理由にはならない。これが、王国を救う最良の道だとしても。
そうである以上、神殿騎士団長ショルテが首を縦に振ることはない。
しかし、ヒューベルもそれは知っていた。知った上で身を乗り出した。そして──
「新しい聖剣は、貴女を選ぶかもしれませんよ──」
その囁きは、この上なく見事な殺し文句だった。
王国と神殿騎士団が置かれた状況、聖剣の価値、そしてなにより、ショルテ個人の想い。
ヒューベルが放った一手は、盤面に並べられたそれらすべての駒を見極めたものだった。
ショルテにはそれが我慢ならなかった。しかし、全てを受け入れて、ゆっくりと目を閉じた。




