第七十五話 騎士の本領
──「さあ、私は動きません。好きなように打って来なさい」
イースは木剣を片手で持ち、半身で構えた。明確な手加減。それに対し、ペルガメントは全力で打ち込む。
”カァンッ!” 硬質な衝突音が強く響いた。
しかしそれは、ペルガメントが放った全力の一撃が、その軽い体ごと弾き返された音だった。
軽々と吹き飛ばされたペルガメントは、すぐに姿勢を整える。
イースは最初に言った通り、その場から動かず、剣をただ元の位置に戻した。
”カンッ!” 息のつく間もなく、ペルガメントの再びの一閃。
だが、結果は同じ。その軽い体は弾かれる。だが──
”ブンッ──” 弾かれることを見越した体の捻り、その勢いを利用した、次なる一閃。
”カァンッ──!” しかし、それすら防がれて、体の制御を失ったペルガメントは地面を舐めた。
「……身のこなしは見事。ですが、体格で劣る相手に正面突破はいただけません」
地に伏したままのペルガメントに、イースは冷静にその戦い方の欠点を指摘した。
──ここは、王都から少し離れたイースの故郷。
彼はここで剣術訓練場を開き、ペルガメント以外にも、多くの弟子の指南をしている。
「膂力の不利は承知。相手が勇者でなければ、今のは入っていた。──違うか?」
起き上がりながら、ペルガメントは反論した。イースはそれに、否定も肯定もしなかった。
ここで教えを乞う弟子が相手なら、確かにペルガメントの言う通りかもしれない。
しかし、ここの弟子たちは神殿騎士団や、王国軍に入る足掛かりとして訓練を受ける、いわば騎士見習いに過ぎない。
イースは迷っていた。ペルガメントに本物の戦士の戦いを見せるべきか、否か。
「……今日はこのぐらいに致しましょう」 そして今日も、その答えは先送りされた。
訓練を終えたペルガメントに、御付きのエルフが二人駆け寄る。
「王子! 今のは惜しかったですね」 片方のエルフが彼を励ました。
「そうだろう、ライレ。あの動きは練習したのだ、何度もな」
イースは褒めなかった戦法を煽てられ、ペルガメントは浮かれた。
その二人のやり取りの間に入るもう一人のエルフは、何も言わずイースに頭を下げた。
イースは考えていた。決して、王子であることが理由ではない。ペルガメントを、他の弟子と同じように鍛えた。
しかし、イースにはすでに、エルフであるが故の、彼の剣士としての限界が見えていた。
その夜──イースの元に、ある報せが届けられた。
その報せは、彼を一層悩ませた。
◆
翌日──
「本日は、我々の要望に応えて頂き、誠にありがとうございます。私はエセルと申します」
イースの元に通された一団の長エセルは、恭しく頭を下げた。
その一団は、王国軍とも、神殿騎士団とも違う多種多様な装備に身を固めていた。
「ええ、私にできることなら、どれほどの協力も惜しみません」
イースは、エセルの手を取った。その所作に含みは無い。勇者であった彼の本心からの言葉だった。
そして、顔を上げた団長に一つ尋ねた。
「魔族出現の原因調査──文にはそうありましたが、何か分かったのですか?」
エセルは手を解くと、懐から羊皮紙の束を取り出す。
「実は──王国に保管されていた文献から、興味深いものを見つけまして……」 そう言って、手にした羊皮紙を並べた。
「これはその写しです。著者の名はトーケ。どうやら我々と同じ、王国調査団の隊員であった人物らしいのですが……」
その文献の中身はこうだった──
トーケは、巨人伝承の調査のため、かつて巨人の住処といわれた山に向かった。
そして、その山に作られていたドワーフの坑道から繋がる地下空洞で、それを見つけた。
それは、月の銀『ミスリル』で作られた巨大な門。
その門が、調査中の地震によって暗黒の世界と繋がり、魔族が出現した。
その内容に、イースはまばたきを忘れたように見入った。
この手で打ち倒した魔王。その眷属である全ての魔族は、同じ場所から生まれた。にわかには信じられない話。
それだけでなく、巨大なミスリル──暗黒の世界──勇者であったイースですら、そんなものは見たことがない。
「我々は、ここに示されているミスリルの門を、『魔界門』と呼ぶことにしました」
説明を終え、エセルはイースを真っすぐに見つめる。
「魔界門の調査のため──イース殿には、我々と共にもう一度、魔王城に出向いて頂きたい」
イースは、すぐに返事はできなかった。
勇者の力を持ったかつての自分であるなら、悩むことはない。しかし、もはや聖剣は手を離れた。その自分に、この役目は荷が重い。
もし、魔界門なるものが本当に存在するなら、それはつまり──
「”魔界門は開いているのか”──我々の仕事は、その確認をするだけです」
イースの不安を打ち消すように、エセルは落ち着いた声を響かせる。
「それさえでき次第、後の仕事は神殿騎士団が引き継ぐこととなるでしょう」
「実は、神殿騎士団の方にはすでに話を通しておりまして、許可は頂いております」
彼は広げた羊皮紙の上に、神殿騎士団の紋章が描かれた証書を重ねた。
その紋章に、イースは一瞬目を見開いた。そして、ゆっくりと目を閉じる。
すでに勇者ではなくなった。しかし、騎士の本領は捨ててはいない。それは何よりも優先される。
神殿騎士団の紋章は、悩む理由を奪っていた。
「承知した。魔王城までの案内、務めてみせよう」
イースは重い声で応えると、すぐに旅支度を整え始めた。
調査団に同行する間、剣術場は信頼できる高弟に預けた。ペルガメント王子の対応も含めて。
しかし、そんなイースの動きを傍観していられるほど、ペルガメントは大人ではなかった。
エルフの森から離れ、イースの故郷にもすっかり慣れた頃に、彼らはやって来た。
その身なりも、立ち振る舞いも、これまで知っている人間とは違う。ペルガメントにとって、彼らは刺激的だった。芽生えた好奇心を押さえられなくなるほどに。
「──王子。どうしてもと言われるなら、イース様に直接ご相談されては?」
御付きのエルフがそんな彼に意見した。
「ヴィスネ……そんなこと聞くまでもないだろう。絶対に許さないよ、イースは」
やれやれといった様子で、ペルガメントは言葉を返す。
「バレないように後を付けるだけなんだから、心配いらないって」
もう一人の御付きは、彼に味方した。自身の退屈を言い訳にはせずに。
ヴィスネは魔族の調査など、どうでもよかった。
何をおいても守るべきは、ペルガメント王子の安全。自分はそのためにいるのだ。
イースや調査団がいるといっても、向かう先は魔王城。強力な魔族が潜んでいてもおかしくはない。
危険な場所に王子を向かわせるなどあってはならない。
しかし、本国に連絡をとる時間は無い。ライレは当てにならず、その間じっとしている訳もない。
ヴィスネは苦渋の決断をする。
この選択が、決して消えることのない呪いの烙印となるなど、考えが及ぶ訳もなく……




