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elf:1000 ─千年戦記─  作者: 世葉冬水
第四章 四軍分断作戦
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第七十五話 騎士の本領

 ──「さあ、私は動きません。好きなように打って来なさい」

 イースは木剣を片手で持ち、半身で構えた。明確な手加減。それに対し、ペルガメントは全力で打ち込む。


”カァンッ!” 硬質な衝突音が強く響いた。

 しかしそれは、ペルガメントが放った全力の一撃が、その軽い体ごと弾き返された音だった。


 軽々と吹き飛ばされたペルガメントは、すぐに姿勢を整える。

 イースは最初に言った通り、その場から動かず、剣をただ元の位置に戻した。


”カンッ!” 息のつく間もなく、ペルガメントの再びの一閃。

 だが、結果は同じ。その軽い体は弾かれる。だが──


”ブンッ──” 弾かれることを見越した体の捻り、その勢いを利用した、次なる一閃。

”カァンッ──!” しかし、それすら防がれて、体の制御を失ったペルガメントは地面を舐めた。


「……身のこなしは見事。ですが、体格で劣る相手に正面突破はいただけません」

 地に伏したままのペルガメントに、イースは冷静にその戦い方の欠点を指摘した。


 ──ここは、王都から少し離れたイースの故郷。

 彼はここで剣術訓練場を開き、ペルガメント以外にも、多くの弟子の指南をしている。


「膂力の不利は承知。相手が勇者(イース)でなければ、今のは入っていた。──違うか?」

 起き上がりながら、ペルガメントは反論した。イースはそれに、否定も肯定もしなかった。


 ここで教えを乞う弟子が相手なら、確かにペルガメントの言う通りかもしれない。

 しかし、ここの弟子たちは神殿騎士団や、王国軍に入る足掛かりとして訓練を受ける、いわば騎士見習いに過ぎない。


 イースは迷っていた。ペルガメントに本物の戦士の戦いを見せるべきか、否か。

「……今日はこのぐらいに致しましょう」 そして今日も、その答えは先送りされた。


 訓練を終えたペルガメントに、御付きのエルフが二人駆け寄る。

「王子! 今のは惜しかったですね」 片方のエルフが彼を励ました。

「そうだろう、ライレ。あの動きは練習したのだ、何度もな」

 イースは褒めなかった戦法を煽てられ、ペルガメントは浮かれた。

 その二人のやり取りの間に入るもう一人のエルフは、何も言わずイースに頭を下げた。


 イースは考えていた。決して、王子であることが理由ではない。ペルガメントを、他の弟子と同じように鍛えた。

 しかし、イースにはすでに、エルフであるが故の、彼の剣士としての限界が見えていた。


 その夜──イースの元に、ある報せが届けられた。

 その報せは、彼を一層悩ませた。



 翌日──


「本日は、我々の要望に応えて頂き、誠にありがとうございます。私はエセルと申します」

 イースの元に通された一団の長エセルは、(うやうや)しく頭を下げた。

 その一団は、王国軍とも、神殿騎士団とも違う多種多様な装備に身を固めていた。


「ええ、私にできることなら、どれほどの協力も惜しみません」

 イースは、エセルの手を取った。その所作に含みは無い。勇者であった彼の本心からの言葉だった。

 そして、顔を上げた団長に一つ尋ねた。

「魔族出現の原因調査──文にはそうありましたが、何か分かったのですか?」


 エセルは手を解くと、懐から羊皮紙の束を取り出す。

「実は──王国に保管されていた文献から、興味深いものを見つけまして……」 そう言って、手にした羊皮紙を並べた。

「これはその写しです。著者の名はトーケ。どうやら我々と同じ、王国調査団の隊員であった人物らしいのですが……」


 その文献の中身はこうだった──

 トーケは、巨人伝承の調査のため、かつて巨人の住処といわれた山に向かった。

 そして、その山に作られていたドワーフの坑道から繋がる地下空洞で、それを見つけた。

 それは、月の銀『ミスリル』で作られた巨大な門。

 その門が、調査中の地震によって暗黒の世界と繋がり、魔族が出現した。


 その内容に、イースはまばたきを忘れたように見入った。

 この手で打ち倒した魔王。その眷属である全ての魔族は、同じ場所から生まれた。にわかには信じられない話。

 それだけでなく、巨大なミスリル──暗黒の世界──勇者であったイースですら、そんなものは見たことがない。


「我々は、ここに示されているミスリルの門を、『魔界門』と呼ぶことにしました」

 説明を終え、エセルはイースを真っすぐに見つめる。


「魔界門の調査のため──イース殿には、我々と共にもう一度、魔王城に出向いて頂きたい」


 イースは、すぐに返事はできなかった。

 勇者の力を持ったかつての自分であるなら、悩むことはない。しかし、もはや聖剣は手を離れた。その自分に、この役目は荷が重い。


 もし、魔界門なるものが本当に存在するなら、それはつまり──


「”魔界門は開いているのか”──我々の仕事は、その確認をするだけです」

 イースの不安を打ち消すように、エセルは落ち着いた声を響かせる。

「それさえでき次第、後の仕事は神殿騎士団が引き継ぐこととなるでしょう」


「実は、神殿騎士団の方にはすでに話を通しておりまして、許可は頂いております」

 彼は広げた羊皮紙の上に、神殿騎士団の紋章が描かれた証書を重ねた。


 その紋章に、イースは一瞬目を見開いた。そして、ゆっくりと目を閉じる。

 すでに勇者ではなくなった。しかし、騎士の本領は捨ててはいない。それは何よりも優先される。

 神殿騎士団の紋章は、悩む理由を奪っていた。


「承知した。魔王城までの案内、務めてみせよう」

 イースは重い声で応えると、すぐに旅支度を整え始めた。

 調査団に同行する間、剣術場は信頼できる高弟に預けた。ペルガメント王子の対応も含めて。


 しかし、そんなイースの動きを傍観していられるほど、ペルガメントは大人ではなかった。


 エルフの森から離れ、イースの故郷にもすっかり慣れた頃に、彼らはやって来た。

 その身なりも、立ち振る舞いも、これまで知っている人間とは違う。ペルガメントにとって、彼らは刺激的だった。芽生えた好奇心を押さえられなくなるほどに。


「──王子。どうしてもと言われるなら、イース様に直接ご相談されては?」

 御付きのエルフがそんな彼に意見した。

「ヴィスネ……そんなこと聞くまでもないだろう。絶対に許さないよ、イースは」

 やれやれといった様子で、ペルガメントは言葉を返す。

「バレないように後を付けるだけなんだから、心配いらないって」

 もう一人の御付きは、彼に味方した。自身の退屈を言い訳にはせずに。


 ヴィスネは魔族の調査など、どうでもよかった。

 何をおいても守るべきは、ペルガメント王子の安全。自分はそのためにいるのだ。

 イースや調査団がいるといっても、向かう先は魔王城。強力な魔族が潜んでいてもおかしくはない。


 危険な場所に王子を向かわせるなどあってはならない。

 しかし、本国に連絡をとる時間は無い。ライレは当てにならず、その間じっとしている訳もない。


 ヴィスネは苦渋の決断をする。

 この選択が、決して消えることのない呪いの烙印となるなど、考えが及ぶ訳もなく……

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