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elf:1000 ─千年戦記─  作者: 世葉
第三章 聖地防衛作戦
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第六十九話 すべての終わり

 少しだけ。本当に少しだけ。俺は苦痛から救われた気がした。

 ヒースも同じだったのかもしれない。彼女の顔からは、さっきまでの暗さが少しだけ消えていた。


「……さあ、行こう」 俺たちは歩き出した。彼の住処を後にして。

 本当は、その前に調査団のところによって、事情を説明するべきだった。だけど。

 ──すべてを理解してもらうのは、無理だな。

 そう思ったら、その必要もないように思えた。連中も、調査に関係ないことに、時間を割かれたくはないだろう。


 俺は、ヒースと頂上を目指した。

 前と同じ山道。だが、不思議と景色は違って見えた。

 あの時は、何も知らなかった。だけど今は、自分の事も、世の中の事も、ある程度ならみえるようになった。

 

 あの日見た、頂上からの景色に比べたら、ほんの少しの世界の欠片に過ぎないが……。

 

 たった、それだけのこと。それだけのことが、俺に、見える景色を変えさせていた。

 そして、もう一つ。あの時とは、違うものがあった。


 隣を歩くヒースは、前とはまるで違って、真剣に山を登っていた。

 見た目は全く変わらない。なのに、子供っぽさはまるで消えている。俺は、それが少し気になった。

 そういえば、ここに来てから俺の事ばかり話して、彼女の話は聞いていなかったと気付く。


「なあ、ヒース。あれから、どうしてたんだ?」 そんな言葉が、自然と漏れた。

 だが、その俺の何気ない疑問が、ヒースの足を止めた。


 彼女が隣から消えたことに気付き、俺は振り向いた。

 その場で佇むヒースは、何もしゃべらなかった。ただ、俺を見つめていた。その瞳は、涙をためているようにも見えた。

 ──今の言葉で、傷つけたんだろうか。

 言葉が詰まる。彼女との間に沈黙が横たわる。


 それでも、何か言葉を掛けよう。そう思った、その時だった──


 突然、地面が揺らいだ。大きな地震。

 声をあげる暇もなく、俺とヒースは激しい揺れに立っていられなくなり、這いつくばるようにして地に組み伏せられた。

 巨人が踏み鳴らすような大地の震えは、いつまでも終わらない。

 俺たちはただ、互いに手を取り合い、暴れる地面にしがみつくことしかできなかった。



 巨人の骨の空洞──

「レンヴェール隊長。この巨人の骨は、未知の鉱物であることは疑いようもありません」

 副隊長トーケは、仲間の調査結果をまとめながら報告した。


「こちらが用意したいかなる刃も通さず、薬品による浸食も起こさない」 白い柱へ視線を向ける。

「このようなことは、既知の金属ではできません。これは、伝承に語られる『ミスリル』なのでしょうか」

 トーケの声には興奮が滲んでいた。普段は平静な彼だが、無理もない。

 人生をかけて追い続けた巨人神話の証拠を、目の前にしているのだから。


 トーケの問いに、レンヴェールはすぐには答えなかった。

「……。月の銀『ミスリル』──天界を流れる星河にも例えられる金属」 静かに呟く。

 見上げる柱の姿は、まるで地上の理から切り離された異物だった。


 そして、小さく首を振る。 「まだ、結論を急ぐべきではありません」

 その眼差しは冷静だった。人生を賭けた発見を前にしてもなお、いや、だからこそ、彼は慎重だった。


「できることなら、持ち帰りたいものですが……」 彼は苦笑する。

「如何なる手段でも切り出せないのであれば、周囲から削り出すしかないでしょう」

 そう言いながら、柱の周囲へと目を向ける。

「そうなると、我々だけでは手に負えません。一旦王国に帰り、王の助力を仰がねば」

「ええ」 トーケは頷いた。


 いま目にしているものが、どれほどのものなのか。

 露出している部分が全てなのか。あるいは、巨大な何かの一部なのか。まだ、誰にも分からない。

 それで構わなかった。分からないからこそ知りたい。まだ解き明かされていないから解明したい。


 未知がある──ただそれだけが、探求者である彼らには甘美な蜜だった。


 レンヴェールもまた、その誘惑に抗えなかった。

 おもむろに、巨人の骨の根元へ近づく。手を伸ばし、その表面から命のような温もりを感じた、その時。


”――ゴゥン” 足元のさらに奥から、巨大な鐘を鳴らしたような音が響いた。

 団員たちが顔を上げる。 「今のは……?」

 不気味な音に皆が不安を抱く中、コツン、と地面の小石が一つ転がった。

 たったそれだけの、小さな異変が注目を集める。レンヴェールやトーケすら、視線を向けた。

 

 次の瞬間──今度は明確に、地面が揺れ始めた。

 空洞全体が軋む。石がいくつも転がり、天井からは砂がぱらぱらと落ちた。

 次第にその揺れが強くなる。皆、立っていられなくなり、地面に伏した。


 この地下空洞が崩落でもしたら──その恐怖が広がる。


 揺れが続く中で、レンヴェールは確かに見た。

 目の前の白い柱が、真上にせり上がっていくのを。

 彼ですら、その有り得ない光景に、これが現実であるとは信じ切れていなかった。


 ゆっくりと揺れが収まる。崩落は免れ、団員はまばらに立ち上がり始める。

 皆が互いの無事を確認する中、隊長であるレンヴェールは、一点からまったく目を離せないでいた。

 本来であれば、余震に備え、すぐにでも皆に撤退を指示するべきだった。だが彼は、それすら忘れていた。いや、放棄した。


 続いてその異常に気付いたのは、トーケだった。

 指示を仰ぐために向けたその視線の先には、信じられない光景が待っていた。

 自分たちが先ほどまで調査していた巨人の骨が、丸ごと姿を消していたのだ。

 いや、だがそれよりも、彼が信じられなかったのは、その先にあった。


 暗黒──


 柱が消え失せた先には、暗黒が広がっていた。

 徐々に、団員もそこに視線を向ける。それを見た誰もが、その闇から目を離せなくなっていた。


 レンヴェールは立ち上がる。

 その目は闇を見据えたまま、まだ何も分からぬまま、彼は背後の団員に対して拳を高く突き上げた。

 その姿に、団員たちから声が上がる。まばらだったそれは、次第に悲鳴にも似た歓声となった。


 それは、紛れもなく彼らが追い求めていた、神話の遺物だった。

 彼らに、それがなんであるかは、知る由もない。純粋に、ただ未知を求めた長い旅路の終着点。それだけのもの。

 すなわち、彼らは覚悟していたのだ。

 その悲願が成就する時、それは人間の理解が及ばぬどころか、神に触れる禁忌となる事を──


 見てはいけない。

 彼らにも、その意識はあった。それは、本能だったのかもしれない。

 それなのに目を逸らせない。未知への渇望が、恐怖より勝っていた。


 一瞬、闇が揺れる。

 誰もがそれを見た。確かに、暗黒の向こう側から伸びる手を目撃した。

 そして、レンヴェールの伸ばした腕を掴み、闇の中へ引きずり込んだ。


 一切の抵抗も許さず、悲鳴すら闇の中へ消えていった。

 誰もがそれを見た。確かに、彼が消えるのを目撃した。


「隊長!」 トーケが叫ぶ。

 だが、それはもうすべてが終わったあとだった。


 そして、静寂が訪れた。何事もなかったかのように。

 誰も動けなかった。理解が追いつかなかった。目の前の光景を、信じることができなかった。今起きたことを、受け入れられなかった。

 隊長が消えたのに、残された者たちはただ、立ち尽くした。


 闇が揺れる。まるで呼吸でもするかのように。

 彼らは、誰も動けなかった。その彼らを、闇が見つめる。闇もまた意志を持ち、じわりと蠢く。

 そして、静かに闇は広がった。


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