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elf:1000 ─千年戦記─  作者: 世葉
第三章 聖地防衛作戦
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第六十八話 別離

 ヒースは、これまでのことを話してくれた。

 やっぱり、俺の予感は当たっていた。エゲプロンはもう、満足に歩けなくなっていた。

 立ち上がるだけでも一苦労で、最近では寝床から離れることも少ないという。彼が歩けなくなってからは、ヒースがずっとここで身の回りの世話をしているらしかった。


 話を聞いているうちに、胸の奥がだんだん重くなる。もっと早く来ればよかった──そんな後悔が頭をよぎる。


 いや、今からだって遅くないはずだ。

 村へ連れて帰ればいい。ドワーフが一人増えたところで誰も困らないだろうし、子供たちだってきっと喜ぶ。

 ちょうど調査団もいる。帰る時に頼めばいい。そうだ。俺が受け取るはずだった報酬を、全部使ったって構わない。


 だから――。俺は、それとなくエゲプロンに提案してみた。


「ありがとう、スタイン」 彼は、とても穏やかに笑った。

 でも── 「じゃがの、儂はもう、ここに骨を埋めると決めておる」

 その視線はゆっくりと、住み慣れた岩の天井へ向けられる。その優しい瞳には、ドワーフの力強い信念が映っていた。


 俺は言葉に詰まる。結局、 「そうか……」 としか言えなかった。

 約束は果たせそうにない。いや……それ以上のことすら。俺は未来に抵抗するように、そこで考えるのをやめた。


 代わりに俺は、話を始めた。

 これまでの時間を埋めるように、あの日別れてからの事を二人に話した。

 村へ帰ったあと、教会の娘と仲良くなったこと。結婚して、子供が生まれたこと。どうでもいい失敗談や、酒場での馬鹿話まで。

 思いつくままに話した。あの日の続きを聞いて欲しかったんだ。そうだ、俺の人生は、この山に登って変わったんだ。


 そんな俺のとりとめもない話を、二人はいつまでも聞いてくれていた──。


 やがて、俺の話もひと段落すると、それまで静かに聞いていたエゲプロンが口を開いた。

「……楽しい話を、ありがとう」 その言葉には、不思議な重みがあった。


「そうじゃな」 エゲプロンは小さく笑った。

「この礼と言ってはなんじゃが、お主に一つ、良いものをやろう」


 ──良いもの? なんだろうな。干し葡萄か?

 ふと、そんなことを思い出した。ま、俺のどうでもいい人生話の駄賃なら、そのくらいが丁度いいのかもしれない。


「ヒース。あれを持ってきてくれんかの」

 そう言うと、エゲプロンは苦しそうに身体を起こそうとした。俺は慌てて肩を支える。本当に、しんどそうだった。

 やがてヒースが、布に包まれた細長いものを持ってきた。


「……実はな。あれから、あの白い柱のところで、面白いものを見つけたんじゃ」

 エゲプロンは布へ手を伸ばした。震える指で、ゆっくりと包みを解いていく。


「あの柱は、どうやっても傷一つ付かなんだ」 布が少しずつ落ちる。

「じゃから儂は、埋まっている岩の方をな、少し削ってみたんじゃ」

 松明の灯りを受けて、それは静かに光を返す。

「そうしたら、これが出てきた」 布から現れたのは、一振りの剣だった。


「これは元々、あの白い柱の欠片じゃ」 エゲプロンは剣身をそっと撫でる。

「ちょうど良い大きさじゃったから、あの柱で研いでな、剣にしてみたんじゃ」

 その刃は、本当に剣なのか疑うような、鋼とは違う透き通るような光沢があった。


 俺の目が、その美しさに奪われているところに、彼は話を続けた。

「儂は掘るひと筋で、鍛冶仕事はあまりやってこなんだ。じゃから、不細工な出来じゃが、良かったら受け取ってくれ」

 そして、震える手で俺に渡してきた。


 俺はしばらく動けなかった。

 謙遜にもほどがある。確かに柄の方はあり合わせの質素なもんだが、こんな刃の輝きは見たことがない。

 とても俺が持っていいような剣じゃない。


 ──だけど、そんなことは言えなかった。


「ありがとう」 それだけを言うのが精一杯だった。

「うむ」 エゲプロンは満足そうに頷いた。


 しかし、その剣を握りしめた俺に、彼が次に向けた言葉は、その資格を試すものだった。


「スタイン。申し訳ないがの」 彼は真っすぐ俺を見る。

「その剣で、この部屋の入り口を封じてもらえんかの」

 俺は耳を疑った。でも、聞き返したりはしなかった。ただ、何も言えず、剣を握る拳に力を込める。

 そのお願いは、そうしていないと投げ捨ててしまいそうなほど、重すぎた。


「ダメよ、そんなの。スタインが来てくれたんだもの。まだ、時間はあるじゃない」

 ヒースが俺の気持ちを代弁してくれた。

 ──ああ、そうだ。なにも、こんなに急ぐことはない。なのに。


「いいんじゃよ……。儂は十分すぎるほど、長く生きた」


 ──いや、でも。勝手に、納得するな。


「今日まで命が続いたのは、お主との再会が約束されていたからじゃ。もう、何一つ後悔はない」


 ──あるよ、俺には。後悔だらけだ。


「ありがとう。スタイン」


 ────


 俺は立ち上がると、何も言わず、ヒースの肩へ手を置いた。

 彼女は赤くなった瞳で、俺の顔を見上げる。そして、すべてを分かってくれた。


 俺たちは、彼の住処を後にした。決して、振り返らないように外へ出た。

 入口を支える柱の前に立つ。ひとつ、息を吐く。そして、握りしめた剣を、思い切り振り下ろした。


 綺麗な白い一閃だった。まともに剣を振るったことなどない俺が、打てるはずのない剣筋。

 次の瞬間。太い柱は、まるで乾いた薪みたいに断ち切られた。


 支えを失い、岩石が沈む。土砂が雪崩れ込み、入口を埋め尽くす。

 そこにはもう、先に続く道は残っていなかった。


「……なあ、ヒース」 音が止んで、俺はやっと声を出すことができた。

「もう一度、この山を登らないか。この剣と一緒に」

 俺は、まだ約束を果たそうとしているんだろうか。

 それとも、まだ終わりにはしたくなかっただけ、なんだろうか。


「ええ、もちろん。もう一度、三人で」

 それでも、彼女は笑って応えてくれた。


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