第六十七話 再会
俺は家族に一部始終を説明した。
なに、俺の仕事は、あの巨人の骨があった場所まで案内するだけだ。それなりの報酬も出るし、危険な目に合うこともない。心配ない。
登山にしたって、あいつらの方が俺なんかよりよっぽど慣れているだろう。
そう言って妻を説得し、遅くても三日ほどで帰ると約束した。
そして、俺は再び山へ向かった。あの時とは違い、今度はそれなりの準備をして。
今回の目的地は、山頂じゃない。あの地下空洞に立っていた巨人の骨だ。
だから俺たちは、まず山の向こう側にある地下水路の入口を目指した。あの時、落ちた穴はどこだか分からないし、今ごろ雪に埋もれていてもおかしくないからな。
道中、調査団の隊長さんが俺の隣へやって来た。
「スタインさん。我々のペースについて来られなくなったら、遠慮なく言ってください。目的地へ着くまでは、我々があなたに合わせますので」
そう言って、穏やかに笑う。
……”目的地へ着くまでは”、か。その言葉に、俺は少しだけ口元を歪めた。
そりゃつまり、そこまで言ったら用無しだと、好きにしろってことだよな。まあ、別に不満はない。俺には調査とやらに付き合う義理も、知識もないからな。
「ああ、分かったよ。なるべく、あんたらの足を引っ張らないように頑張るさ」
俺は軽く肩をすくめて答えた。隊長も満足そうに頷いた。それで話は終わりだった。
俺は最初から、こいつらの調査を邪魔するつもりなんてない。むしろ、あの白い柱の正体が分かるなら、ぜひ教えてほしいくらいだ。
ただ――こんなことは考えたくもないが……もし、約束が破られたなら、そんときは──。
◆
──俺たちは山を越え、地下水路の入口へ辿り着いた。
何事もなく、無事に。拍子抜けするくらい、あっさりと。
数年前、エゲプロンとヒースに振り回されながら死にかけて登ったあの苦労は、一体何だったんだろうな。
そんなことを考えながら、俺は辺りを見渡した。
その場所は、あの時と何にも変わっていなかった。エゲプロンとヒースに出会い、そして別れた場所。
だが、そこにあったのは冷たい風だけ。当たり前のように二人の影すら、どこにもなかった。
──まあ、そうだよな。いつとも決めなかった約束を、何年も待ち続けてるわけもない。
俺はそう自分に言い聞かせ、案内役に戻ることにした。
さて、しかし困ったことに、それはできなかった。べつに、感傷に浸っていたいからじゃない。
なぜなら、そこからは俺の記憶も曖昧だったからだ。
「当時の記憶を、できるだけ思い出してみてください。場所だけでなく、大きさ、長さ、歩いた時間。どんな些細な事でも」
副隊長殿は、案内できない俺を捕まえて、不満げにそう言った。
(そう言われてもな……まいったな) 俺は頭を掻く。
なにせ暗い道だったし、水路の道は入り組んで、どこをどう歩いたかなんて、さっぱり覚えていなかった。
「では、その先にあった空洞は?」 そこに、隊長が割って入った。
「巨人の骨があった場所です。広さや高さ、水路の位置でも構いません」
ああ、まだその方が鮮明な記憶が残っていた。でも、そんな事が手助けになるのか。
俺は覚えている限りを話した。
空洞の広さ。天井の高さ。落ちてきた穴の位置。そして、中央を貫く白い柱の大きさ。
すると調査団の連中は、紙の上へ次々と線を書き込み始めた。
はじめは何か分からなかったが、そこに書き込まれるものが増えるにつれ、それが地図だと見えてくる。だが、かなり特殊なものだ。俺じゃ、それが示すものを読み取るのは難しい。
だがそこは流石、調査隊といったところか。
何やら難しい話し合いを始めたと思ったら、副隊長が地図の一点を指差した。
「おそらく、ここです」 そう、隊長に断言した。
俺たちは、数名の団員をここに残し移動する。
その道を通ったはずの俺には、本当にそれが正解なのか、まだまったく分からなかった。
だが、その通りの道を辿ると、あの空洞へと辿り着いた。見事。ドンピシャだ。
いや驚いた。こいつらは、本当に相当優秀な奴ららしい。
だけどな――そんな優秀な調査団の連中も、アレを目にした瞬間ばかりは言葉を失っていた。
それは何も変わらず、そこに立っていた。傷もついてなければ、色褪せてもない。
巨大な白い柱は、まるで昨日まで誰かが磨いていたみたいに、あのときのままだった。
あの時は訳も分からず圧倒されたが、今見てもやっぱり訳が分からない。
こんなものが、自然に存在していいはずがない。きっと、誰かが作ったに違いない。
──ああ、そうか。調査団は、その”誰か”を知りたいのか。
調査団の連中の誰もが、柱を見上げたまま動かなかった。道中、饒舌だった連中も、揃って口を閉じている。
もっとも、その沈黙は長く続かなかった。
「スタインさん、あなたを信じてよかった。我々は、ようやく求めるものを探し当てたかもしれない」
隊長さんは態々そんなことを言いに来てくれた。優男の顔に、隠しきれない笑みを浮かべながら。
そう言う間にも、副隊長以下は早速、作業に取り掛かっていたのに……。
この隊長さんだって、誰よりもそうしたいはずだ。
「ああ。お役に立てて何より。もし、何か分かったら俺にも教えてくれよ。できるだけ、分かりやすく」
俺はそれだけ注文すると、隊長を解放した。
その背中を見送りながら、俺は小さく息を吐いた。
俺の役目は終わった。誰も、俺に構うことはない。俺も、誰の邪魔をしたくもなかった。だから俺は、静かにその場を離れた。
ここに来たもう一つの理由。いや、本当の理由──エゲプロンとヒースを探すために。
俺は、水路まで戻ると、今度はエゲプロンと出会ったあの住処へ向かった。記憶はだいぶあやふやだったが、まあ、なんとなく当たりをつけながら。
そこに、まだ彼がいる保証なんてない。ドワーフの嗅覚が蘇って、とっくに他の場所に移動しているかもしれない。
それでもよかった。俺は、そう──やっぱり、約束を守りたかったんだ。
今さらでもいい。あの日の続きがまだ残っていると、信じたかったんだ。
そして、俺はやって来た。エゲプロンと最初に出会った、あの場所に──。
「……おや、誰かな?」 懐かしい声だった。
そこに足を踏み入れると、彼は部屋の奥でそう言った。
俺は、あの時を思い出しながら、こう返した。
「面白いな。初めて出会ったわけじゃないはずなんだが……」
一瞬の沈黙。そして、暗がりから姿を現す俺を見て、エゲプロンの顔がみるみる変わっていった。
「おお……」 驚きと、そして喜び。
「スタインか。懐かしいのう、いつ以来じゃろう」 少し掠れた声で、微笑む。
その温かい顔を見て、俺も自然と表情が緩む。
「ごめんな。来ようとは思ってたんだけどさ。俺も色々あって……」
妻のこと。子供のこと。言い訳ならいくらでも出てくる。でも結局のところ、来なかった事実は変わらない。
そんな俺の謝罪を、エゲプロンは事も無げに追い払った。
「なになに。こうして再会できたのじゃ。謝ることなど何もない」
穏やかに笑うその顔は、昔と変わっていなかった。
けれど――俺はそこで、彼に違和感を感じた。
言葉に、じゃない。エゲプロンは横になったまま、立ち上がろうとはしなかったんだ。
いや、立ち上がれないのか。あの時も、随分足腰は弱っていたが……。
まさか……もう、歩くこともできないのか。俺の頭に、そんな疑問が浮かんだ、ちょうどその時──
「ねえ。今、水路の入り口に、人間の姿があったんだけど──」
入り口から、喋りながら入ってくる影があった。
そのまま、エゲプロンへと向かう視線と、その間にいる俺の視線が交差する。時間が、止まったみたいだった。
──ああ、あの時のままだ。少しは大人っぽくなっているかと思ったのに。
まるで変わらない。それに比べて、俺は……。
「スタイン――!」 俺の名前を呼ぶと同時に、ヒースは駆け出していた。
その勢いのまま、抱きつかれた。俺はよろけながら、それを受け止めた。
こんな風に抱き合ったのは、いつ以来だろう。
頂上で風に飛ばされそうになったとき、だったか。それとも、最後に別れた時だったか。
よく覚えていない。ただ――
この瞬間だけは、空白の数年間が、綺麗さっぱり消え失せていた。




