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elf:1000 ─千年戦記─  作者: 世葉
第三章 聖地防衛作戦
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第六十七話 再会

 俺は家族に一部始終を説明した。

 なに、俺の仕事は、あの巨人の骨があった場所まで案内するだけだ。それなりの報酬も出るし、危険な目に合うこともない。心配ない。

 登山にしたって、あいつらの方が俺なんかよりよっぽど慣れているだろう。


 そう言って妻を説得し、遅くても三日ほどで帰ると約束した。

 そして、俺は再び山へ向かった。あの時とは違い、今度はそれなりの準備をして。


 今回の目的地は、山頂じゃない。あの地下空洞に立っていた巨人の骨だ。

 だから俺たちは、まず山の向こう側にある地下水路の入口を目指した。あの時、落ちた穴はどこだか分からないし、今ごろ雪に埋もれていてもおかしくないからな。


 道中、調査団の隊長さんが俺の隣へやって来た。

「スタインさん。我々のペースについて来られなくなったら、遠慮なく言ってください。目的地へ着くまでは、我々があなたに合わせますので」

 そう言って、穏やかに笑う。


 ……”目的地へ着くまでは”、か。その言葉に、俺は少しだけ口元を歪めた。

 そりゃつまり、そこまで言ったら用無しだと、好きにしろってことだよな。まあ、別に不満はない。俺には調査とやらに付き合う義理も、知識もないからな。


「ああ、分かったよ。なるべく、あんたらの足を引っ張らないように頑張るさ」

 俺は軽く肩をすくめて答えた。隊長も満足そうに頷いた。それで話は終わりだった。


 俺は最初から、こいつらの調査を邪魔するつもりなんてない。むしろ、あの白い柱の正体が分かるなら、ぜひ教えてほしいくらいだ。

 ただ――こんなことは考えたくもないが……もし、約束が破られたなら、そんときは──。



 ──俺たちは山を越え、地下水路の入口へ辿り着いた。

 何事もなく、無事に。拍子抜けするくらい、あっさりと。

 数年前、エゲプロンとヒースに振り回されながら死にかけて登ったあの苦労は、一体何だったんだろうな。


 そんなことを考えながら、俺は辺りを見渡した。

 その場所は、あの時と何にも変わっていなかった。エゲプロンとヒースに出会い、そして別れた場所。

 だが、そこにあったのは冷たい風だけ。当たり前のように二人の影すら、どこにもなかった。


 ──まあ、そうだよな。いつとも決めなかった約束を、何年も待ち続けてるわけもない。


 俺はそう自分に言い聞かせ、案内役に戻ることにした。

 さて、しかし困ったことに、それはできなかった。べつに、感傷に浸っていたいからじゃない。

 なぜなら、そこからは俺の記憶も曖昧だったからだ。


「当時の記憶を、できるだけ思い出してみてください。場所だけでなく、大きさ、長さ、歩いた時間。どんな些細な事でも」

 副隊長殿は、案内できない俺を捕まえて、不満げにそう言った。


(そう言われてもな……まいったな) 俺は頭を掻く。

 なにせ暗い道だったし、水路の道は入り組んで、どこをどう歩いたかなんて、さっぱり覚えていなかった。


「では、その先にあった空洞は?」 そこに、隊長が割って入った。

「巨人の骨があった場所です。広さや高さ、水路の位置でも構いません」

 ああ、まだその方が鮮明な記憶が残っていた。でも、そんな事が手助けになるのか。


 俺は覚えている限りを話した。

 空洞の広さ。天井の高さ。落ちてきた穴の位置。そして、中央を貫く白い柱の大きさ。

 すると調査団の連中は、紙の上へ次々と線を書き込み始めた。

 はじめは何か分からなかったが、そこに書き込まれるものが増えるにつれ、それが地図だと見えてくる。だが、かなり特殊なものだ。俺じゃ、それが示すものを読み取るのは難しい。


 だがそこは流石、調査隊といったところか。

 何やら難しい話し合いを始めたと思ったら、副隊長が地図の一点を指差した。

「おそらく、ここです」 そう、隊長に断言した。


 俺たちは、数名の団員をここに残し移動する。

 その道を通ったはずの俺には、本当にそれが正解なのか、まだまったく分からなかった。

 だが、その通りの道を辿ると、あの空洞へと辿り着いた。見事。ドンピシャだ。

 いや驚いた。こいつらは、本当に相当優秀な奴ららしい。


 だけどな――そんな優秀な調査団の連中も、アレを目にした瞬間ばかりは言葉を失っていた。


 それは何も変わらず、そこに立っていた。傷もついてなければ、色()せてもない。

 巨大な白い柱は、まるで昨日まで誰かが磨いていたみたいに、あのときのままだった。

 あの時は訳も分からず圧倒されたが、今見てもやっぱり訳が分からない。

 こんなものが、自然に存在していいはずがない。きっと、誰かが作ったに違いない。


 ──ああ、そうか。調査団(こいつら)は、その”誰か”を知りたいのか。


 調査団の連中の誰もが、柱を見上げたまま動かなかった。道中、饒舌だった連中も、揃って口を閉じている。

 もっとも、その沈黙は長く続かなかった。


「スタインさん、あなたを信じてよかった。我々は、ようやく求めるものを探し当てたかもしれない」

 隊長さんは態々そんなことを言いに来てくれた。優男の顔に、隠しきれない笑みを浮かべながら。

 そう言う間にも、副隊長以下は早速、作業に取り掛かっていたのに……。


 この隊長さんだって、誰よりもそうしたいはずだ。

「ああ。お役に立てて何より。もし、何か分かったら俺にも教えてくれよ。できるだけ、分かりやすく」

 俺はそれだけ注文すると、隊長を解放した。


 その背中を見送りながら、俺は小さく息を吐いた。

 俺の役目は終わった。誰も、俺に構うことはない。俺も、誰の邪魔をしたくもなかった。だから俺は、静かにその場を離れた。

 ここに来たもう一つの理由。いや、本当の理由──エゲプロンとヒースを探すために。


 俺は、水路まで戻ると、今度はエゲプロンと出会ったあの住処へ向かった。記憶はだいぶあやふやだったが、まあ、なんとなく当たりをつけながら。

 そこに、まだ彼がいる保証なんてない。ドワーフの嗅覚が蘇って、とっくに他の場所に移動しているかもしれない。


 それでもよかった。俺は、そう──やっぱり、約束を守りたかったんだ。

 今さらでもいい。あの日の続きがまだ残っていると、信じたかったんだ。


 そして、俺はやって来た。エゲプロンと最初に出会った、あの場所に──。


「……おや、誰かな?」 懐かしい声だった。

 そこに足を踏み入れると、彼は部屋の奥でそう言った。

 俺は、あの時を思い出しながら、こう返した。

「面白いな。初めて出会ったわけじゃないはずなんだが……」


 一瞬の沈黙。そして、暗がりから姿を現す俺を見て、エゲプロンの顔がみるみる変わっていった。

「おお……」 驚きと、そして喜び。

「スタインか。懐かしいのう、いつ以来じゃろう」 少し(かす)れた声で、微笑む。


 その温かい顔を見て、俺も自然と表情が緩む。

「ごめんな。来ようとは思ってたんだけどさ。俺も色々あって……」

 妻のこと。子供のこと。言い訳ならいくらでも出てくる。でも結局のところ、来なかった事実は変わらない。


 そんな俺の謝罪を、エゲプロンは事も無げに追い払った。

「なになに。こうして再会できたのじゃ。謝ることなど何もない」

 穏やかに笑うその顔は、昔と変わっていなかった。


 けれど――俺はそこで、彼に違和感を感じた。

 言葉に、じゃない。エゲプロンは横になったまま、立ち上がろうとはしなかったんだ。

 いや、立ち上がれないのか。あの時も、随分足腰は弱っていたが……。


 まさか……もう、歩くこともできないのか。俺の頭に、そんな疑問が浮かんだ、ちょうどその時──


「ねえ。今、水路の入り口に、人間の姿があったんだけど──」

 入り口から、喋りながら入ってくる影があった。

 そのまま、エゲプロンへと向かう視線と、その間にいる俺の視線が交差する。時間が、止まったみたいだった。


 ──ああ、あの時のままだ。少しは大人っぽくなっているかと思ったのに。

 まるで変わらない。それに比べて、俺は……。


「スタイン――!」 俺の名前を呼ぶと同時に、ヒースは駆け出していた。

 その勢いのまま、抱きつかれた。俺はよろけながら、それを受け止めた。


 こんな風に抱き合ったのは、いつ以来だろう。

 頂上で風に飛ばされそうになったとき、だったか。それとも、最後に別れた時だったか。

 よく覚えていない。ただ――


 この瞬間だけは、空白の数年間が、綺麗さっぱり消え失せていた。


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