第六十六話 旅の終わり
──そして、夜が明けた。
俺たちは、何事もなく朝を迎えていた。
そびえ立つ“巨人の骨”も、結局ただそこにそびえ立っているだけだった。ピクリとも動くことはなかった、当然のように。
……なんだろうな。馬鹿げた想像をしていたのが、馬鹿らしくなる。
その不気味さにも、一晩ともに過ごすと、慣れてくるんだから不思議なもんだ。
とはいえ、安心してばかりもいられない。
俺たちには、まずここから出るって問題が残っていた。さて、どうするか。
天井を見上げれば、俺たちが落ちてきた穴はまだ見えている。あそこまで辿り着ければ、外へ出られるはずだ。
──まあ、届けば、の話だが。
手段はいくつか頭に浮かぶ。だが、こういうのは素人考えで動くより、詳しい奴に聞いたほうがいい。
「エゲプロン。ここから出るには、どうしたらいい?」
俺が尋ねると、エゲプロンは少し顎髭を撫で、ゆっくり口を開いた。
「ふむ。これだけの空洞がある、ということは、じゃ」
そう言いながら、つるはしの先で地面を軽く叩く。
「もし完全に塞がっとるなら、地下水が溜まるはずじゃ。じゃがの、地面はよく乾いておる」
確かに、言われてみればそうだった。地下だというのに湿っぽくない。水たまりひとつ見当たらない。
「つまり、水の抜け道がどこかにあるのじゃ。人間が通れるほどの大きさであればいいがの」
エゲプロンは空洞の暗闇へ視線を向けた。
なるほど。天井まで登るより、横穴を探したほうが現実的ってことか。
──流石ドワーフだ。山ってもんをよく分かってる。
エゲプロンは、しばらく空洞全体を見渡していた。
どこから水が流れ込み、どう抜けていくのか。頭の中で組み立てているようだ。やがて、考えがまとまったのか、今度は視線を地面へ落としたまま歩き始める。俺たちは、その背中についていった。
すると、彼の言った通りだった。水の通り道らしき穴は、思ったよりあっさり見つかった。
だが、当たり前だが、その先は真っ暗だ。どこまで続いているのかも分からない。
正直、ここを進むのは中々勇気がいる。でも、他に選択肢もなかった。
──まあ、なんとかなるだろ。ヒースも、エゲプロンもいる。
俺は山を登った時と同じように、性懲りもなくまた、適当な楽観を抱いていた。
そしてそれは、今までだったなら、ろくでもない結果になったもんだ。けど……今回は、違った。
松明を掲げながら、俺たちは暗い道を進んでいく。水の流れる音だけが通路に響く。
最初は身を屈めないと通れないくらい狭かった穴も、幸いなことに、奥へ行くにつれて少しずつ広くなっていった。
どのくらい歩いたんだろう──長かった気もするし、案外短かった気もする。こんな暗闇の中じゃ、時間の感覚なんてあてにならなかった。
ただ、歩いて、歩いて──そして、俺たちは、出口へ辿り着いた。
道の先に繋がっていたのは、俺がエゲプロンと最初に出会ったところにあった、あの地下水路だった。
つまり、俺たちは三人が出会った場所に戻ってきたわけだ。
何事もなく、無事に。拍子抜けするくらい、あっさりと。
ここまでの旅を想うと、その終わりが、こんなに静かなものだとは思いもよらなかった。
けれど、旅の終わりなんて、そんなものなのかもしれない。
俺は、二人に別れの言葉を言った。……たぶん。
正直、なんて言ったのか覚えてないんだ。
でも確か、そう。泣いて抱き合ったりは、してなかったはずだ。きっと……。
──それから俺は、村へ戻った。
そこには、俺が一度は「価値がない」と決めつけて捨てた、何事もない日常が残っていた。
なのに……なんでだろうな。もう、捨てられなくなっていた。
山の頂上を見たせいか。それとも、あの二人と過ごした時間のせいなのか。
飽きるほど見た人の顔とか、いつもの飯の味とか、酒場の騒がしさとか。
そんな、どうでもよかったものが、妙に愛おしく思えたんだ。
……ああ、そうだ。こんなこともあった。
つい調子に乗って、気になっていた教会のあの娘に、山の話をしたんだ。
そしたら、とても気に入ってくれて、すっかり仲良くなっちまった。
気づけば、毎日のように話しをするようになっていた。
そのまま、俺たちは結婚して、子供もできた。
そして、どこにでもあるような平穏な暮らしを送った。
山のことなんて、少しずつ思い出さなくなっていった。
◆
それから時が経ち、俺の子供が、自分の足で歩き回れるようになった頃――
村に、おかしな連中がやって来た。
そいつらは、自分たちを『王国の調査団』だと名乗った。
調査団──? と言われても何様だか分からなかったが、村長はそいつらを信じた。ちゃんとした証書でも見せられたんだろう。
見たところ、兵士って感じじゃない。
剣を下げてる奴もいたが、どっちかっていうと、学者だの職人だの、そういう連中に近かった。
荷物は妙に多いし、本や紙束を抱えてる奴までいる。それでいて、山道を歩き慣れてる空気もあるから、不思議な集団だった。
なんでもそいつらは、巨人にまつわる遺跡や伝承を追って、各地を回っているらしい。
何とも酔狂な話だ。軍隊でもないこんな連中に、王様は何を期待してるんだか。
ま、俺に人様の事をどうこう言えた義理はないんだが……。
その調査団の目的は、“巨人の住処”。つまり、あの山を探索することだった。
その話を聞いた瞬間、俺は嫌な予感がした。できるなら関わりたくない。そう思っていたんだが、まあ、そういうわけにもいかない。
俺は、早々に呼び出された。縛り付けられて、無理矢理連行された。なんてことは、ないが……。
まあ、しょうがない。因果応報ってやつだ。あの山に登った話は、結構いろんな奴に喋っちまってたからな。
──「これは、これは。スタインさん、どうも。お呼び立てして申し訳ありません」
俺を見て、眼鏡をかけた男がいきなり頭を下げてきた。名乗った覚えはないが、一通り調べはついてるってことなんだろう。
「私、レンヴェールと申します。不肖ながら、この調査団の隊長を務めております。どうぞよろしく」
頭を挙げると、握手を求められた。悪い奴じゃないみたいだ。俺はそれに応えた。
すると、その横からまた別の男が声をかけて来た。
「僕は副隊長を務めています、トーケといいます。早速ですが、スタインさん。いくつかお話を聞かせてください」
隊長さんより、こっちの方が仕事ができそうな感じだ。ま、話だけで済むのならいくらでも。
「──でもな。俺があの山で見たものは、多分あんたらが聞いたことで全てだよ」
嘘はない。山の頂上に登ったことも、ドワーフに助けられたことも、エルフと出会ったことも、巨人の骨も、俺はいろんなところで誰にでも話した。そのすべてを信じる奴なんて、いなかったがな。
「それに、もう何年も昔の話だし、細かいことは忘れちまった」
これには少し嘘があった。記憶の中に、未だに鮮明に覚えていることがある。
「ええ。それで構いません」 レンヴェールは言う。
「我々が知りたいのは、あなたが見た巨人の骨についてです」
──だろうな。こいつらは、俺に興味がある訳じゃない。
「貴方のような方の証言を頼りに、我々はこれまで幾つもの調査を進めてきました。ですが……そういったものが、真実であったと証明できたことは、一度もありません」
そこに、トーケが口を挟む。中々、失礼なことを言ってくれる。
まあでも、そりゃそうだろう。俺だって、隣の家の奴が俺と同じことを言い出したら、嘘だと思う。
その失言を庇うように、隊長は真意を語る。
「いえいえ。決してあなたを疑っているのではありません。その真偽に関係なく、我々はあの山を探索するために来たのですから」
「ただ──我々も無駄な手間は省きたい。あなたが見た巨人の骨の場所。それを知りたいのです」
隊長の言葉は、俺を悩ませた。
地図かなんかを広げられて、 「はい、ここです」 と、指して示せるような場所を、覚えてなんかいない。
それを、こいつらも多分、分かってる。つまり、こういうことだ。付いて来い、と。案内しろ、と。
強権を使って言うことを聞かせようとしないのは、それができない理由でもあるのか、隊長の人柄なのか、知らないが、どちらにしろ俺に選択肢はないのだと、予感させる。
それに──そうだな……あいつらとの約束もある。
俺は、覚悟を決めた。だが、一つだけ確認しなけばならないことがあった。
「もし、山でドワーフとエルフに出会っても、危害を加えないと約束してくれ」
隊長は、それを笑って了解してくれた。
その笑いの意味は、本当に巨人以外の事に興味がないのか、それとも、俺の言葉に力など無いからなのか、知らないが……。




