表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
elf:1000 ─千年戦記─  作者: 世葉
第三章 聖地防衛作戦
PR
66/72

第六十五話 巨人の骨

 ──「なん、じゃ……うな、これ、は……」

「すご……、おっきい。真っ白……、こんな、の今まで、見た……ない」


 ぼやけた意識の底で、聞き慣れた声が揺れていた。

 その声に引っぱり上げられるみたいに、俺はゆっくり目を開ける。

 ……ああ。なんだか、この感じ、覚えがある。目は開いているのに、頭はまだ霞んでいて、体も自分のものじゃないみたいに重い。


 たが、そのおかげで、ひとつだけ分かることがあった。 ──ああ、俺は、まだ死んでない。


 声のする方へ顔を向ける。エゲプロンとヒースは、俺が目を覚ましたことにも気づかず、揃って何かを見上げていた。

 その視線につられて、俺も顔を上げる。

「……なんだ、これ?」

 はっきりしない頭が、目に映る光景を拒むように、自然と間抜けな声が漏れた。


 たぶん、ここは地下だ。

 山の下にぽっかり空いていた、巨大な空洞。その天井には、大きな穴が開いていた。あれが、俺たちが落ちてきた穴だ。たぶん、そう。

 外に比べれば、ここは随分と暖かい。エゲプロンの住んでいたところもそうだったが、意外と地下は住みやすいのかもしれない。

 穴から差し込む細い光だけが、この場所をぼんやり照らしていた。そのわずかな光を受けて、目の前の”これ”は、キラキラと白く滑らかに輝いていた。


 俺が立ち上がって近づいても、二人は振り返りもしない。

 二人が目を奪われている理由は、綺麗だからってわけじゃない。

 デカいんだ。圧倒的に。それは地下空洞の中央を、上から下までまるごと貫いていた。いったい、どこまで続いているのか見当もつかない。


 それに、近づいてようやく、もう一つの理由が分かった。


 ”これ”は温かい。

 俺がまだぼんやりしているせいか、とも思ったが、違う。

 こんな馬鹿デカい白い柱が、熱を放っている。火の近くみたいな暖かさじゃない。生き物の、犬の腹に手を当てた時みたいな熱だった。


 ──この部屋の暖かさは、”これ”のせいだ。


 それだけは分かった。だけど、それ以外のことは、何も分からなかった。


「なんなんだろうな、これ」 半分独り言みたいに呟く。

「お? 目が覚めなさったか」 エゲプロンが、ようやくこちらを見る。


「いや、儂にもさっぱりじゃ。こんなもの、今まで見たこともない」

 エゲプロンさえ見たことがないってなら、珍しい鉱石ってことでもないらしい。

 そもそも、これが自然物とは思えない。こんなに均一で、直線的なものが自然にできるわけがない。


「巨人の骨。とかだったりして」 ヒースが、冗談めかして言う。

 確かに、そりゃ笑える冗談だ。骨だってなら、これはどこかの一部ってことだ。

 もしこれが、本当に骨の一部分が見えてるだけだったら……。その全身は、たぶん、この山なんか軽々と越えちまう。


 でも、笑えなかった。

 目の前のものを見ていると、不思議と有り得ない、とも言い切れなかった。

 妙に温かく、磨き抜かれた蛋白石みたいな巨大な柱を見上げているだけで、自分の方が小さくなっていくような気分になった。


 その”巨人の骨”には、裂け目があった。いや、裂けているかは定かじゃない。

 大きな骨の柱は二つに分かれていて、その間には確かに隙間がある。分かるのはそれだけだ。

 実は繋がっているのかもしれないし、門みたいに開くのかもしれいない。その隙間の向こうがどうなっているか、まったく分からない。


 ──でも、なんだろうな。分からないってのは人の心をくすぐる。


「なあ、この向こうはどうなってるんだろう」 そんな疑問が、自然と口を突いて出た。

「どうって……。山、じゃない?」 ヒースは呆れたように返す。

 ……。まあ、そりゃそうだ。


 もし反対側にも同じような空洞があって、俺たちがそっちへ落ちていたなら、きっと今度はこっち側を同じように考えただろう。

 見えない場所ってだけで、人は勝手に特別な何かを期待する。で、真実は大抵……な。

 事の真相なんて、そんなもんなのが世の常だ。


 俺がぼんやりそんなことを考えている間にも、エゲプロンは白柱を熱心に調べ回っていた。

 ……やっぱり、ドワーフの血ってやつが騒ぐのだろうか。

 近づいて撫でるように触れたり、顔を寄せて表面を眺めたり。ついにはハンマーを振り上げる。


(いやいやいや、ちょっと待て!) と思った時には、もう遅かった。


”カーーン……!!” と、甲高い金属音が響く。

 だけど、それだけだった。その表面は傷ひとつ付かず、ハンマーを跳ね返した。


 俺は胸をなでおろした。もし、それでこの柱が壊れたりしたら、俺たちはここに生き埋めだ。

 ひび一つ入らなかった柱を見て、俺はホッとした。


 もし本当に万が一。この一発で、巨人が目を覚ましたら──

 なーんてことは、俺は考えもしなかった。……いや、本当に。


 エゲプロンは難しい顔のまま首を振る。

 俺たちは、目の前にある巨大な柱をもう一度見上げながら、正体を掴めないまま立ち尽くした。

 結局それから、押しても引いてもどうにもならなくて、そうこうしてる間に、ついに日が暗くなってきた。


 ここから出る方法を探さなきゃならない。本当なら。

 でも、今から外に出たら、真っ暗な雪と風の山の中だ。それを思えば、この空洞はまだずっとマシだった。


 因果なもんだ。

 後先考えず無茶な登山をして、偶然この空洞に落ちて、なんとか凍えずに済んでいる。この心地いい温かさを提供してくれているのは、なんとも不気味な巨大な柱だ。

 いっそ見なかったことにして、今すぐにでもここから立ち去りたい。本当なら、な。


 俺は迷っていた。まあ……、答えは決まっていたようなもんだったが。


「さてと、では準備をするかの」

 そんな俺のそばで、エゲプロンは荷物を降ろし、火を起こし始めた。ここで夜を越すのが当然であるかのように。


 俺は、ヒースと顔を見合わせた。それ以外の選択肢は、無い──その了解を得て、俺は彼を手伝った。


 ──火を囲み、ようやく落ち着いたところで、エゲプロンはまたあの旨い飯を出してくれた。

 相変わらず、何の食材なのかはさっぱり分からない。ドワーフ秘伝の保存食なんだろうか。

 ……まあ、ここまで旨く食えるなら、食材の正体なんて知らないほうが幸せかもしれない。


 外の吹雪が入り込んでくる冷えた空気の中で、湯気の立つ飯は、それだけで妙に安心感があった。

 しかし、俺とエゲプロンが食っている横で、ヒースだけは、なかなか手を付けようとしなかった。


 気持ちは分かる。見た目は、正直あまりよろしくない。少なくとも、美味そうには見えない。

 いや、そもそもエルフの味覚には合わないのかもしれないな……。


 そんなことを考えていると、俺より先に、エゲプロンがヒースへ声をかけた。

「無理して食う必要はないぞ。別のものもある。干し葡萄ならどうじゃ?」


 ──あるのかよ、干し葡萄。


 なんて言葉を飲み込んだ俺を挟んで、ヒースは少し困ったように笑った。

「いいわよ。そんなに気を使わなくても――」

 そう言いながら、恐る恐る料理を口へ運ぶ。そして、飲み込んだ瞬間、ぱっと表情が変わった。


「……おいしい」 ……だよな。そうなんだよ。

 ヒースは一度エゲプロンをチラ見して、それからは躊躇いなく食べ始めた。


 その様子を見て、俺もエゲプロンも自然と笑顔が零れた。

 この時だけは、外の吹雪も、地下の暗い空洞も、正体不明の白い柱も、すべて少し遠くに感じた。


 その日の夜は、楽しかった。

 今日、偶然出会ったばかりのはずなのに、長年の友と食卓を囲んでいるかのように、会話が弾んだ。

 このままずっと、この時間が続けばいい、と思えてしまうほどに──


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ