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elf:1000 ─千年戦記─  作者: 世葉
第二章 勇者暗殺作戦
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第七話 副官の決意

 勇者たちが招待状を受け取る前──いや正確には、それが送られるよりも先に、彼らを迎える準備はすでに整えられていた。

 ──あの夜、皆の前でリンネはこう説得した。


「我々は、勇者とその仲間について、これまで十分な時間をかけ、情報を収集してきました。しかし、それらはすべて表層的な情報に過ぎません」

「彼らが有する戦力を評価し、その打倒策に万全を期するなら、それだけでは不十分です」


「彼らの真価は、個の強さ以上に、四人の連携にこそあります。これを崩さぬ限り、我々に勝機は──無い」


 そう言い終わると、卓上に広げられたこれまで集めた勇者たちの資料に、改めて手を置き示す──


 ──勇者ヴィート。

 神の代行者を名乗る武装宗教組織『神殿騎士団』によって選定された、当代の勇者。

 聖剣グラムに選ばれた唯一の剣士であり、勇者の力を解放した状態での戦闘能力は、人知を超える領域に達する。

 歴代の勇者と比較した場合、上位五指に入る実力を有し、その総合戦闘力は、魔王スヴァルトに匹敵すると評価する。

 先日の翼魔族との交戦において、聖剣の力を解放した姿を露呈した。この記録については別途、記述する。


 戦闘力だけでなく、戦況判断と指揮能力にも優れ、即応性の高い判断を下す一方、これまでの勇者と同じく、仲間の消耗や犠牲を嫌う傾向を持つ可能性が指摘されている。

 四人を結束させる精神的支柱であり、人類側では象徴的存在として扱われている。


 ──戦士グレン。

 勇者と同じく、神殿騎士団所属の重装戦士。

 勇者ヴィートの護衛および前衛維持を主な役割とし、防御を軸にした戦闘において突出した能力を示す。

 実戦において、その極めて高い耐久力を証明する事例がいくつが報告されており、その鉄壁の防御力は、勇者すら上回る可能性が指摘されている。

 勇者に致命的危機が迫った際、自身の生存を顧みず、己の身を盾として庇う行動を取る確率が高いと分析する。


 一方で、任務に忠実であろうとするためか、戦術的判断の多くを勇者に委ねる傾向が顕著であり、勇者との意思疎通に障害が発生した場合、指揮系統に一時的な混乱が生じる可能性が高い。


 ──神官ローザ。

 各地の魔法学派を束ねる『魔法評議会』所属の神官。代々神職を務めてきた名家の出身。

 治癒・補助魔法の運用において卓越した能力を持つ。複数対象への同時支援を安定して行使可能。

 後方支援に徹した戦闘では、味方の戦闘継続時間を大幅に延ばす要因となっている。


 戦況分析能力にも優れ、合理性を重視した判断を下すが、弱者を前にした場合、その判断基準が揺らぐ傾向が確認されている。

 神職という立場上、感情を抑制しているものの、それ故に戦場に立つことに、内面的な葛藤を抱えている可能性あり。


 ──魔法使いリラ。

 ローザと同じく、魔法評議会所属の魔法使い。

 極めて高い魔力量を有し、通常は複数名で行使する上級魔法を、単独で発動させた姿が確認されている。

 魔法の詠唱速度、再詠唱間隔、ならびに同時詠唱能力のいずれにおいても、人類の中で突出した水準にある。


 ただし、四人の中では最年少であり、長期戦や不測の事態に対する対処経験は乏しい。

 評価や承認に対する反応が顕著で、成功体験が行動の積極性を増幅させる一方、失敗や否定的評価を受けた際、魔法の精度が低下する傾向が指摘されている。


 ──各部隊長たちは、卓上に広げられた資料と、その脇に積まれた補足資料へ、改めて視線を落とした。

 そのほとんどは、何度も目にしたもの。だが、明確な敵として認識するには、必要な儀式だと言えた。


 紙の擦れる微かな音だけが、静まり返った天幕に響く。

 やがて、音が鎮まり、誰ともなく視線が上がる。その頃合いを見計らい、リンネは再び口を開いた。


「まず、認めるべきです。この勇者たちは──魔王スヴァルトよりも強い」


 それは、断定だった。だが、誰一人として異を唱えなかった。

 リンネは、その沈黙を肯定と受け取ると、淡々と続けた。


「彼らに、魔王に用いた手は通じません。勇者を孤立させる隙も、転送ゲートを展開する時間も、彼らは与えてくれないでしょう」

「無論、こちらにはまだ策は残っています。しかし、そのいずれもが、確実に勇者を仕留められるとは言い難い」


 資料の端を、細い指先が押さえる。

「我々には、まだ情報が足りません。ですが、彼らが有する戦闘力や、積み上げた戦果をこれ以上並べても、意味はない」

「必要なのは、彼らが決して表に出さないもの――内面の揺らぎ、心理的な結びつき、互いが互いに抱いている感情です」


 一拍、リンネは資料から手を離し、目を閉じた。

「であるのなら──覗かせていただきましょう」 その言葉には、これまでにない凄みが宿る。


「彼らを、我々の地に招くのです。このエルフの森へ。この地で、すべてを(さら)け出させるのです」


 リンネの提案に、皆黙り込んだ。場の空気だけが張り詰める。

 言っていることの論理は正しい。だが、人間を――それも勇者たちを、この森へ招き入れるという選択は、あまりにも重い。

 ヒースでさえ、胸の奥に抗いがたい嫌悪があった。それは、彼女たちにまだ残っている、エルフとしての誇りだった。


「魔王を討ち倒した栄誉など、ここで捨ててしまいましょう……」 

 沈黙を裂くような言葉は、まるでリンネが自分自身に言い聞かせるかのようだった。


「さらに強大な勇者を殺すのです。我々に、手段を選ぶ余裕はありません。そのためなら――千年守り続けた誇りさえ、捨てましょう」

「それと引き換えに勝者になれるというのなら、私は喜んで、踏みにじります」


 声は震えていなかった。涙も流れていなかった。

 だが、自分の言葉に、彼女自身が深く傷つけられていることは、誰の目にも明らかだった。

 誰もが、その彼女から目を逸らしたりしなかった。


 その最後に── 「リンネ……あなたが副官で本当に良かった」

 そう言って、ヒースはそっと副官の手を取った。

 その温もりは長くは続かない。ただ、リンネの決意が彼女一人のものではないことを確かめるには、十分だった。


 副官リンネは小さく頷き、手を離す。そして、その手を強く握り返した。


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