表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
elf:1000 ─千年戦記─  作者: 世葉
第二章 勇者暗殺作戦
6/41

第六話 勇者への招待状

 巨大な古木の根が絡み合う空間。

 枝葉の隙間から差し込む光は、あらかじめ調整されたかのように淡く、時間の感覚を曖昧にしている。

 その懐で、エルフの軍『千の葉(トゥーセンフリュド)』の魔法兵長プルサチラは瞑想していた。


 だが、彼女の心は乱れていた。

 勇者との会談が提案されたとき、仲介役として自分の名が挙がることは覚悟していた。

 迷いはない──ただ、悔いはある。その過去の残滓が、彼女を苦しめていた。


「──あの魔王スヴァルトを倒した魔法兵長様も、勇者相手には、ちびっちまうか?」

 音も無く近づいた、瞑想を邪魔する聞きなれた声に、彼女はため息をつく。


 誰にも言っていないはずの居場所を当てた声の主は、その目的も分かっているはずなのに、がさつに距離を詰めてきた。

 彼女はその騒音に抵抗することなく瞑想を諦めると、目を閉じたまま、声の主に言葉を返した。

「ええ、思い出していたの。貴女がオネショをしなくなった──733年前、その時の事を」


「え? おまっ……、はぁぁっ!?」 

 その返しに動揺を隠せない声の主(剣兵長)の姿を想像し、彼女は口元を自然と緩ませた。

 プルサチラが己の未熟さを自覚できるのは、そうしたドリアスの無遠慮な愛情が、いつも傍にあるからだった──。



 焚き火が、夜の星屑に乾いた音を立てて弾けた。

 夜営の支度を整えた勇者たちは、見晴らしの良い丘陵に足を止めていた。


「──思ったより静かだな」 焚き火の前に腰を下ろし、戦士グレンが呟いた。

 風はほとんど動かず、夜は不気味なほど静まり返っている。ここが魔族の地であることを忘れそうになるほど、周囲に気配はなかった。

 それは今夜に限った話ではない。思い返せば、あの翼魔族の襲撃以来、魔族との交戦は不自然なほど減っていた。


「ええ……」 神官ローザは頷きながらも、視線だけは闇へと警戒を向けたまま言葉を継ぐ。

「魔王城へは確実に近づいているはずです。それでも、この気配の薄さ……。何かを企んでいると考えるべきでしょうね」


「考えすぎじゃない?」 焚き火越しに、魔法使いのリラが軽く肩をすくめる。

「今頃は、魔族たちの間で私のコトが噂になってたりして……。ねえ、どう思う? ヴィート」

 敵の企みを冗談めかして楽観する声音に、張り詰めていた空気が、わずかに緩む。


「そうかもしれないね」 勇者ヴィートは、火花の向こうで微笑みを返した。

「僕たちの行動は、もう魔王の耳にも届いているはずだ。もし、魔王軍が僕たちの迎撃に兵を集中させているのなら──」

 一拍置き、言葉を選んでさらに続けた。

「その分、戦線では王国軍が攻勢に出られるはずだよ。それだけでも、僕たちの行動は無駄じゃない」

 ヴィートは、闇の向こう──魔王城の方角に視線を向ける。

「もし今、魔王が兵を抱えたまま城に籠もっているのなら……僕たちも、馬鹿正直に付き合う必要はないさ」


 その判断に、一同は異論を挟まなかった。

 彼らの目的は、魔王討伐である。魔王と相対し、討ち滅ぼす力を彼らは持っている。だが、それはあくまで魔王を単独で相手するならば、だ。勇者といえど、魔王軍の総力を相手にしても勝算はない。

 人類最強の力を持った彼らは英雄であっても、殉死者ではない。

 彼らの目標は、人類が魔族に打ち勝つこと。無策で魔王に特攻し、その命を散らすなど彼らは望んでいないし、望まれてもいない。


「……ねぇ、ヴィート。もし、魔王を倒せたら、その後はどうするつもり?」

 リラはヴィートが話している間に、目を盗んで彼の横へと座り、囁くように問いかけた。

「魔王を倒しても、まだ戦いは終わらないさ」

 その囁きと仕草に、彼は微笑みながら答える。

「そっか……そうね」 彼の答えにがっかりしながらも、リラはめげずに頬を寄せ、さらに小声である提案をする。


「──じゃあ、私とひとつ、約束しない?」

「どんな?」

「それは内緒。……魔王を倒したときに、ね?」


 焚き火が、再び静かに音を立てた。その夜の静寂は、まるで何かが起こるのを待っているかのようだった。


 その時だった。突如、ローザが身を翻し、闇へ向けて杖を掲げた。 「──誰?」

 闇に向けたその声には、張り詰めた緊張が込められていても、殺意はなかった。

 彼女には理解があった。その者たちは、こちらが張った結界にあえて触れて、その存在を知らせてきたのだと。


 沈黙のまま、闇が僅かに揺れる。

 焚き火の火花が散るその縁に、ゆっくりと三つの影が滲み出るように映し出された。

 森の住民らしい簡素な衣。両手には武器らしいものはなく、戦意がないことを示すように慎重に歩み寄る。

 近づくにつれ明らかになる特徴的な長い耳、色白のか細い体、彼らはエルフだった。

 そして、三人のエルフは勇者たちの前で歩みを止めた。


「御無礼致します」 その内の一人が、静かに口を開く。

「勇者ヴィート様でございますね」 名を呼ぶと同時に、残る二人は揃って深々と頭を下げた。

 そして、その敬意を込めた所作に、次の言葉を添えた。

「私どもは、プルサチラ様のご命令により、ここへ参りました」


 その名が告げられた瞬間、場の空気がわずかに変わる。

「──プルサチラ……?」 最初に声を漏らしたのはヴィートではなく、リラだった。

「あの、始祖の魔女……プルサチラ?」 その隣で、ローザも息を呑む。


 その驚きに、エルフは黙って頷いた。

「プルサチラ様は、魔王を討たんとされる勇者様に、ぜひお伝えしたいことがあると申されております」

 一拍置くと、丁寧に言葉を重ねた。 「──どうか、我々とご同行願えませんでしょうか」


 焚き火が、夜の星屑に乾いた音を立てて弾けた。

 勇者の胸元に、微かな熱を灯らせる。それは、森から届けられた、この夜の静寂を終わらせる招待状だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ