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elf:1000 ─千年戦記─  作者: 世葉
第二章 勇者暗殺作戦
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第五話 四魔将会議

 空位となった玉座を背に、ペルガメントが(おもむろ)に口を開いた。

「現在、この魔族の地に勇者一行が侵入しています。彼らは、魔王がすでに討たれた事実を知らぬまま、この城へ向かっている」

「さて──この勇者に対し、我々はまず、どう対処するべきだと考えられますか?」


 その言葉に、誰一人として驚きはなかった。たとえ魔王がおらずとも、領土に入ってからの勇者たちの動きは、常に監視され、耳に入るようになっているからだった。

 それでも、その問題の難しさに、空気はわずかに張り詰めた。


 その瞬間、銀色の翼を揺らし、ソルヴが芝居がかったため息をつく。

「ああ……スティアナも可哀そうに。逃げる間もなく、殺られてしまうなんて……」

 目元を押さえ、嘆く仕草を見せながら彼女は続けた。

「ええ、ただ殺すだけでは足りないわ。私のかわいい子が受けた苦痛の、何十倍もの責め苦を味わわせてあげないと」


 だが、その嘘泣きに同情を寄せる者は、ここにはいない。

 彼女が自ら、勇者の力を測るため、配下のスティアナを捨て駒としたことを、誰もが承知していたからだ。


「──問題は、その方法だ」 感情の温度を一切含まぬ声が割り込む。

 彼女の茶番に、まるで興味がないノーリュースの乾いた声が続く。 「その気があるなら、策はあるのか?」


 たったその一言で、ソルヴの涙はぴたりと止まった。そして、濁りのない瞳が、場を見渡す。

「皆さんが、私の手足となって、働いてくださるのならば……」

 澄んだ声で放たれたその言葉は、甘美ですらあった。だが、それは露骨に場を凍りつかせた。


「調子に乗るなよ。蝙蝠(こうもり)女が……」 痺れを切らしたジレンが、低く唸るように吐き捨てた。

 だが、その侮辱を真正面から受け流し、ソルヴは薄く笑って言葉を返す。

「あら? では、貴方には何か妙案でもおありなのかしら?」


 問いは、空虚な沈黙をもたらした。この中に、答えられる者はいなかった。

 四魔将の中に、単独、あるいは中枢戦力のみで、勇者に対抗できる者はいない。

 大陸の各地で続く戦乱の直中にあって、どの勢力にも余剰な戦力などありはしない。その状況で、勇者と対峙できるだけの強者を揃えるとなれば、それは総力を以て当たるに等しいことだった。


 そのような愚策を、四魔将は誰一人として選ばない。

 仮にここで誰かが名乗りを上げ、勇敢に戦い勇者を退けたとしても、その代償に壊滅的な被害を被るだろう。

 その勇気を残る三勢力が讃え、その者を魔王として崇め奉る──そんなことは、あり得ない。傷つき、疲弊したその背を、見逃すはずがない。


 ゆえに、彼らには選択肢は一つしかなかった。それは、互いの欺瞞と忌避を呑み込み、四人で力を合わせること。

 だが皮肉なことに、魔王亡き今、それこそが彼らにとって最大の障害だった。


「──まさか、『もう魔王はいないので、お引き取り下さい』とでも、勇者様に言うおつもり?」

 返事のないジレンを見据え、ソルヴはさらに煽る。だが、その行為は事態を一歩も前へ進めるものではなかった。


「そこまで大口を叩く以上、さぞ良い策があるのだろうな」 ジレンは歯噛みしながら言い返す。

「言え。だが、下らぬ戯言だったなら、その二枚舌、容赦なく引き抜く」


「フフッ。それを教えて差し上げてもよいのだけれど……。

まず貴方たちに、私の下僕となる確約をして頂けなければ、お話しても無駄でしょう?」

 ソルヴは、軽く笑いながら、思わせぶりな言葉を並べた。

 だが、本当に勇者を倒す策があるのか、誰にもその真偽は掴めない。明らかにそれは、主導権を握るための心理戦だった。


「下らない駆け引きに、何の意味がある?

もっとも──この砕けた玉座に、貴様がお似合いな事だけは認めてやるよ」

 彼女の思惑を牽制し、ノーリュースもまた挑発を始めた。


 空気がまた一段と重くなる。だが、遅々として進まぬ議論に、ペルガメントは短く息を吐いた。

 勇者という危機を前にしても、己の野心を無条件で手放すなどありはしない。それは、彼であっても同じだった。

 だが、いつまでも平行線では、ここに集まった意味はない。

 

 彼が再び論点を戻そうとした、その時──

「貴様らは知らんだろうが──」 いち早く、ジレンが口を開いた。


「あのスヴァルトを倒したエルフどもは、その直後に、”勇者も殺す”と宣言した」

 ジレンの声は低く、深く響く。

「にわかには信じられん。だが……魔王を討った直後、奴らは確かにそう口にしたのだ」

 その牙を剥き出しにして、その言葉を苦々しく噛み潰す。


 だがそれとは裏腹に、その目は鋭く研ぎ澄まされる。

「……奴らに乗る──という手もあるのではないか?」

 その言葉が落ちた瞬間、場の空気がわずかに変質した。先程までの嘲笑も、皮肉も、即座には返ってこない。


「……正気とは思えんな」 ノーリュースが、ようやく吐き捨てるように呟いた。


「エルフと手を組むなんてありえない……っ」

 それを呼び水に、ライレが言葉を挟む。この場での発言権を持たない彼女を、ヴィスネがすぐに押さえるが、その体は怒りに震えていた。

 沈黙の中で、ペルガメントはゆっくりと思考を巡らせていた。

 答えは決まっていた。それは、ライレが代弁していた。だが、彼の問題はそこではなかった。


 しかしそんな中、その空気を換えるように、湿った声が掻き混ぜる。

「殺りたいなら、殺らせてあげればいいんじゃないかしら──」

 唯一、ソルヴだけはその提案に前向きだった。


「エルフたちは、私たちに助力を求めてはいないのでしょう?」

「だったら……手を貸す必要も、邪魔をする必要もないじゃない」

 気だるげな口調とは裏腹に、その言葉は冷徹で、そして魅力的だった。


「魔王を倒したエルフと、勇者が潰し合えば、どちらもただでは済まない。戦いの後、生き残った方の寝首を欠いてやればいいのよ」


 重ねたソルヴの修正案は、ノーリュースから反対する理由を奪った。

 実際にエルフと刃を交えたジレンは、他の者たちと違い、エルフの意志を疑っていない。だが、それは信頼にはほど遠い、戦士としての確信──果たすべき宿敵として刻まれたものだった。


 そして、この結論は、ペルガメントにとっても容認できる妥協点だった。

 彼は、ゆっくりと空位の玉座へ視線を向け、目を閉じる。崩れてもなお、魔界の頂点であるその座に盟う。


「──この方針に、異論はございませんか?」 重たい声が、通った。

 沈黙による返答を受け、さらに続ける。

「では、今よりエルフと勇者の戦いに決着を見るまで、魔王の座は空位のまま、互いの勢力に手を出すことを禁じます」

 その宣言を、ジレンは腕を組み、ソルヴは薄く笑みを浮かべながら、ノーリュースはまったく動かず聞いていた。


「エルフの動向の監視は、我々にお任せください」

「彼らが戦いを始めたなら、その情報は平等に共有することをお約束します。

ただし──その後の獲物は、早い者勝ちということで……」

 彼の提案に、異論を唱える者はいなかった。この条件は、誰にとっても拒む理由がない形で差し出されていたからだ。

 もし、これが他の誰かの口から発せられていたなら、再び相互不信の火種となっていただろう。だが、そうはならなかったのは、(ひとえ)にペルガメントが裏切りとは縁遠い男であったからだった。


 ──こうして、会議は幕を閉じた。

 四魔将はそれぞれに結論を抱き、玉座の間を去って行く。同じ決断に頷きながら、見据える未来は誰一人として同じではない。

 誰が、誰を出し抜くのか。誰が、最後に玉座へ手を伸ばすのか。互いに胸の内までは分からない。

 この結末は、同盟と呼ぶにはほど遠い。野心と利害が辛うじて噛み合った、疑心暗鬼の妥協点に過ぎなかった。

 それでも──この一夜の選択が、確かに彼らの運命を定めたのだった。


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