第四話 四魔将招集
時を同じくして──漆黒の夜に浮かぶ魔王城には、主を失った報せを受けた四魔将たちが、次々と集結しつつあった。
兵が去り、まるで時間から切り離されたかのような静寂に沈んでいた玉座の間に、突如、荒々しい声が落ちる。
「どういうことだっ!! 魔王スヴァルトが、エルフごときに討たれたとはっ!」
エルフの魔法攻撃を受け、破壊されたままの玉座を前に、怒号が響く。その声を響かせたのは、褐色の肌を持つ若いダークエルフの女だった。
その視線は、四魔将の『金色のジレン』へと、真っ直ぐに突き刺さっている。
「どうもこうもない。見事にやられた。それだけの話だ」
ジレンは肩を竦めるように答え、食ってかかるダークエルフを軽くあしらいつつ、怒りを露わにする彼女を一瞥した。
「それとも何か? 俺様がしくじったせいだとでも言いたいのか?」
口元を歪ませながら吐く軽い言葉には、獣の気配が滲む。
「……ライレ。おやめなさい。ジレン様に、そのような物言いは失礼ですよ」
ジレンの殺気を読み取り、そのダークエルフを窘めたのは、落ち着いた雰囲気を纏った、同族の女性だった。
「止めるな、ヴィスネ!」 だが、ライレは即座に言い返す。
「よりによってエルフに後れを取るなんて……っ。こんな屈辱、許せるわけがない!」
吐き捨てるような言葉は、理性よりも感情が先走っているのが明らかだった。
その怒りが、ジレンに向けられているのか。それとも、仇敵であるエルフに向けられているのか──ライレ自身が、その矛先を惑わせていた。
だが、次の瞬間──ライレの目前に、男の手が差し込まれた。
彼女の行動を制止するために伸ばされたその手は、言葉もなく、ただそこに留まり微動だにしない。
反射的に踏み出しかけていた足が止まり、ライレは視線を、その鍛え抜かれた褐色の腕の先へと向けた。
男は、ようやく口を開く。 「……ジレン殿。御無礼致しました」
低く、抑えられた声音だった。 「部下の教育が至らず、申し訳ありません」
彼はライレには一切目を向けず、ただ金色のジレンに正対すると、そのまま深く頭を下げた。
急所を無防備に曝け出すその所作を前に、ジレンの気もそがれ、その爪は影に潜む。
その気配を確かめてから、男はゆっくりと顔を上げた。その眼差しは、鋭く、だが激情はなく、凍てついた湖面のように静まり返っていた。
「ペルガメント様……」 男の名を呼び、ライレは続く言葉を呑み込んだ。
怒りは消えていない。ただ、それを表に出すべきではないと、身体がそれを理解した。
「フン……」 しおしくなったライレを、ジレンは楽し気に口の端を歪め一笑する。
そしてそのまま視線を外すと、残る四魔将の到着を待つため、ダークエルフたちから離れた。
ペルガメントは、ジレンが去ってようやく、ライレに視線を向けた。だが、責めるでもなく、ましてや褒めるでもなく、差し出した手でそのまま彼女の肩を軽く叩いた。その手が離れた感触は、ライレのわだかまりを胸の奥へと押し込めた。
空の玉座を、静寂が支配する。張り詰めた空気は、解けることなく、むしろ形を変えて場に残っていた。
だが、その静寂は、一陣の風と共にすぐに破られた──。
「あらあら、皆さんごきげんよう」
軽やかな声と共に、割れた天井から風が吹き降ろす。旋回とともに、白銀の翼が軌跡を描き、『銀色のソルヴ』が降り立った。
「お待たせしたかしら? ……それとも、まだ誰か?」
場の視線が、一斉に彼女へと集まる。ソルヴはそれを意にも介さず、優雅に翼を畳んだ。
「はい──まだ、ノーリュース殿が参られていません」
ペルガメントが、ソルヴの質問に簡潔に答える。
「あらそう。私を待たせるなんて、罪な男ね」 ソルヴは続けてペルガメントへと視線を移す。
「それに比べて……貴方は相変わらず、いい男。どう? まだ、私のものになるつもりはないの?」
艶を帯びた声音と共に、ソルヴはゆっくりと手を伸ばす。白い指先が顔先にまで迫っても、ペルガメントは微動だにしない。ただその目には、感情を感じさせない冷たい視線だけが宿る。
妖魔将軍『褐色のペルガメント』──亜人種の魔族を束ねるダークエルフの長の瞳は、ただ暗く冷たかった。
だが、彼の視線とは裏腹に、両脇に控えるヴィスネとライレは、彼女の手に刃のように研ぎ澄まされた殺意を向けた。
「おお、怖い」 ソルヴは即座にそれを察し、悪戯めいた笑みを浮かべて手を引っ込めた。
「──フフッ。鋭い棘は、いい男にも生えているものなのね」 そう言って、可笑しく笑った。
「……まあ、いいわ。では、ノーリュースが来るまで待つとしましょう」
「その必要はない──」 澄んだ声に、低く乾いた声が被せられる。
一同は、その声に導かれるように、崩れた玉座の方を振り向いた。
「私なら、最初からここにいる」
その声は、確かに玉座の背後から聞こえた。そこに気配などまるで無かった。誰一人として彼の存在に、気付いてなどいなかった。
だが、誰もいるはずのない玉座の陰から、黒衣の男がゆるりと歩み出た。
「……趣味が悪い男ね」 ソルヴは一瞬だけ目を細め、呆れたように付け加えた。
「待ち伏せんて、遅刻より質が悪いじゃない」
「好きに解釈すればいい」 ノーリュースは、ただそれだけ呟いた。
異形の魔族を束ねる、超魔将軍『虹のノーリュース』。黒衣に包まれたその顔を、見た者は誰もいない。
「では──」 その二人のやり取りを無視するように、ペルガメントが一歩前に出る。
「今後の魔族の統治について、話し合いを始めたいのですが、皆さん、よろしいでしょうか?」
静かな口調の中に、有無を言わさぬ凄みが混じる。それは、この場を仕切る資格があることを、皆に認めさせていた。
四魔将が集まった理由──それは、魔王なき世界で、誰が覇を唱えるのかを決めるためである。
誰も即座には答えなかった。それぞれが、空の玉座を横目に、他者の出方を量っていた。
本来なら、その答えは明白なはずだった。血をもって力を示し、勝ち残った者が玉座に座る。それが、魔族の理だった。
だが、今回に限っては、その魔族の理が通じない。
なぜなら、この玉座の簒奪者が、四魔将の誰でもなく、エルフの軍団だったからに他ならない。
力の序列がつけられない以上、今ここで殺し合い、それを証明するか、あるいは──和を以て貴しと為すか。
誰もがその二択を考えた。だが、口に出す者はいない。沈黙と引き換えに、視線が交錯する。争いを恐れているのではない。誰の胸にも野心は息づき、内なる刃を研いでいる。
彼らには枷があった。まず魔王を倒したエルフども。そして、差し迫る脅威として勇者の一行。
この枷を打ち砕かぬ限り、玉座を手にしたところで、スヴァルトの二の舞となるのは明らかだった。
だからこそ、この平和的な話し合いが必要だった。
平穏を演じながら、他者を蹴落とし、玉座を奪い合う舞台の幕は、既に上がっている。
彼らにとってこの会合は、自分たちの命運を決定づけるほどの意味を秘めていた──。




