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elf:1000 ─千年戦記─  作者: 世葉
第二章 勇者暗殺作戦
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第三話 リンネの提案

 この勇者と翼魔族の戦いを、遠方から監視していた者たちがいた。

 山稜の陰、並ぶ高木に身を隠しながら、音も匂いも届かぬほどの距離。そこに潜むいくつもの影によって、勇者の戦いのすべては余すことなく捉えられていた。


「……彼らは、気付いたでしょうか?」 その影の一人、リンネが沈黙を破り呟く。

「あの銀色のソルヴが、偽物だったということに」

 戦いの決着を見届けた彼女の問いは、他の二人に向けられていた。


「他はともかく、勇者は……どうかしらね」 リンネのすぐ隣で、同じく戦場を眺めていたカシオペが肩をすくめる。

「剣を通じた手応えに、違和感を覚えたかもしれないわ」

 そして、視線を下に向ける。 「ねえ、シレネ。あなたはどう思う?」


「……私だったら、もっと簡単に倒せた」

 シレネは彼女たちの足元に腰を下ろし、膝を抱えたまま、退屈そうに何も無い空を見上げていた。

 それは、興味がないというよりも、すでに彼女の視線はこの戦場から離れ、次の局面を見据えているようでもあった。

 噛み合わない返答に、カシオペは小さく笑ったが、リンネは表情一つ変えなかった。


「──いいでしょう」 リンネはそう言って、思考を切り替える。

「貴重な情報が得られたことに変わりはありません。各自、部隊を撤収。直ちに本隊へ合流してください」

 リンネは二人の返答を受け取ると、副官として命を下した。


 彼女たちは、エルフの軍隊『千の葉(トゥーセンフリュド)』の別動隊として、情報収集を目的に派遣された監視部隊である。魔王討伐後、すぐさま勇者の動向を探るべく、密かに勇者たちの行軍を追っていた。


 この戦いは、銀色のソルヴが、勇者たちを探るために仕掛けた前哨戦だった。

 リンネたちはそれを有効活用し、これまで蓄積してきた勇者たちの情報をさらに一段高くした。

 勇者の戦力、判断の速さ、仲間との連携──本来であれば、危険を冒さねば手に入らない貴重な実戦の戦闘データを、彼女たちは労することなく手に入れたのだった。


 やがて、リンネたちは音もなくその場を離れた。勇者たちの背を、確かに見届けながら。

 千の葉の次なる作戦──『勇者暗殺作戦』は、未だ知られることのないまま、粛々と進行していた。


 千の葉は、魔王スヴァルト討伐を完了したのち、ヒースの指揮のもと直ちに本隊を分割。各部隊は各地の森の深奥へと散開し、潜伏していた。

 これには、主戦力の所在を秘匿するための隠蔽措置、ならびに偽陣地の設営などの欺瞞工作が含まれていた。


 地上からも、空からですら、その存在を掴ませない森の奥──月明かりだけが冷たく差し込む天幕に、リンネたちは帰還した。

「勇者監視部隊、ただいま戻りました」

 簡潔な報告とともに、リンネはヒースの隣へと控える。すでにその場には、各部隊を率いる隊長たちが集まっていた。


「ええ、ご苦労様。戻って早々で悪いのだけれど……」

 皆が揃ったところで、ヒースは穏やかな声で促す。 「見てきたことを、ありのまま教えて頂戴」


 リンネたちは頷くと、勇者と銀色のソルヴの“影”との戦いを、細部に至るまで詳細に報告した。

 戦場での判断、仲間への指示、魔法の運用、そして空中戦での駆け引き。翼魔族およそ三千二百に対し、勇者たち四人のみで臨んだ戦闘の経過が語られるにつれ、その尋常ならざる内容に、エルフたちの視線が自然とリンネへと集まる。

 その一言一句から、彼女たちは勇者の力を、できる限り正確に推し量ろうとしていた。


 暫くして、彼女の報告が終わっても、誰もすぐには口を開かなかった。燭火(しょっか)の囁きが聞こえるような沈黙の中、ヒースはゆっくりと一言尋ねた。 「──それで、貴女の感想は?」

 それは、リンネが勇者をどう感じたかを尋ねる質問だった。その客観性を欠く問いは、彼女への深い信頼の証でもあった。


 リンネは一拍置き、言葉を選ぶ。

「……勇者ヴィート。恐るべし、と認めざるを得ないでしょう」

 彼女はいつもの通り、無表情の中に確かな重みを込めて続ける。

「力だけではありません。その判断力と精神力は、あの若さで戦士として完成していると言えます」

 それは、敵に与え得る最大級の評価だった。


「ただ──」 そのリンネの声が、わずかに低くなる。

「我々にとって最大の障害は、勇者の三人の仲間の存在です。彼らがいる限り、魔王のように勇者を孤立させることは、まず不可能でしょう」


 一瞬の間を置き、彼女は結論を口にした。 「もし、四人を同時に相手にしたなら──我々に、勝ち目はありません」


 リンネの口から洩れたのは、明確な敗北宣言だった。にもかかわらず、彼女の表情は一切曇っていなかった。

 その言葉に、場の空気が張り詰める。だが、その静寂を破ったのも、また彼女だった。

「……私から一つ提案があります」

 彼女は顔を上げ、皆を見渡してこう言った。


「彼らを、我々の地に招いてみてはどうでしょう」


 その提案に、場はざわめいた。彼女たちを照らす蝋燭の火が、ともに揺れる。

 それは、それだけに留まらず、沈黙に沈むヒースの胸の奥を波立たせていた。

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