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elf:1000 ─千年戦記─  作者: 世葉
第三章 聖地防衛作戦
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第六十一話 因果の元凶

 魔王城の兵たちの足音が、石床を震わせる。沈黙が支配していた魔王城が、慌ただしく動き出していた。

 ペルガメントは外へ出た。すると、その視界の先、研究塔の方角から、ゆらりと黒い煙が立ち昇っていた。

 つい先ほどまで、自分がいた場所、魔王ラーベンの居所。


 ──デブラの狙いは、ラーベン……なぜ?


 疑念が、胸の奥をざわつかせる。理由は分からない。だが、悠長に考えている暇もなかった。

 それを確かめるため、ペルガメントは塔へと向かった。


 だが、足を向けたその瞬間。二度目の轟音──

 一度目よりも凄まじい、地面を激しく揺らす振動に、ペルガメントは地に伏した。


 石と鉄が音を立ててひび割れ、その形が保てない。支えを失った塊が、理に従って更にそれらを押し潰す。

 彼の目の前で、目指すべき塔は崩れ落ちた。


 だが、最悪はここからだった。


 崩落の余波が、砂塵となって押し寄せる。

 それの到達よりいち早く、身を潜めたペルガメントは、その目に確かにそれを見た。


 散乱する瓦礫の下から、地を突き破るように、突如として新たな塔が突き上がっていた。

 いや──塔のように見えたそれは、巨大な腕だった。

 呼吸するように輪郭が揺れ、その表面は湿っている。間違いなく、それは命を持っていた。

 だが、それも違う……。


 塔を貫いた腕は広がり、城壁へ、門塔へと、無造作に伸びる。その力はすさまじく、触れたものは形を保てず、裂け、(ひしゃ)げる。

 それは──巨大な触手だった。


 瓦礫から生まれ、花弁のように埋め尽くす触手から、ペルガメントは間一髪のところで、逃れることしかできなかった。

 その彼を嘲笑うかのように、逃げ行く背中を見下ろして、魔王ラーベンが姿を現す。その足元、周囲を蹂躙する触手の中心から、さらに細長い触手が伸び上がった。


 まるで雄しべのように、天高く伸び上がるそれらが、ひとつ、またひとつと増える。その”雄しべ”は脈打ち、鞭のようにしなる。そして、まとめて一点に向かって撃ち降ろされた。


 天から地へ降ろす。ただそれだけの単純な動作が、空を裂く。

 それが大地に到達すればどうなるか──その光景を目にする誰しもが、それを容易に想像できた。


 そしてそれは、現実となる。

 巨大な”雄しべ”が地上を穿つ。烈風が唸りを上げ、衝撃が地を走る。

 だが──それを受け止めたのは大地ではなかった。

 蠢く巨腕の一撃は、ただ一点の黒い影が、受け止めていた。弾ける衝撃が、周囲の瓦礫を吹き飛はしながらも、黒い外殻を纏う影は、その中心で耐えていた。


「我ながら、体だけは頑丈に作ったものだ……」

 圧倒的大質量の一撃を止められ、呆れ気味にラーベンは呟いた。その言葉に呼応するように、触手は足元に引き戻される。


 だが、デブラは、動こうとはしなかった。いや、動けなかった。

 骨が歪み、肉が潰れる。魔法を拒むその装甲も、物理的な暴力に対しては、完全ではない。塔そのものを肉塊としたラーベンの攻撃は、まさにその限度を超えていた。


 だが、体の悲鳴に耐えながら、デブラはこの戦いを止めようとはしなかった。

 膝を折ることもなく、立ち続け、前を向く。ただ、純粋に魔王ラーベンに立ち向かう。

 まるでそれは勇者スノウルのように、その瞳は燃えていた。


 ペルガメントはただ、この戦いを見守るしかできなかった。

 圧倒的な力の行使に、割って入る余地など無い。巨大な触手がうねる戦場など、地獄以外の何物でもない。

 デブラは、手放すには惜しい駒──だったが、諦めざる負えない。それ以外の選択があるはずもなかった。


 動けぬデブラを見下ろし、ラーベンはさらなる一撃を用意する。

 立っていることすらままならないデブラ。対する魔王は、いまだ傷ひとつ負っていない。この戦いの結末は、誰の目にも明らかだった。

 この時点までは──


 神に逆らったものを断罪するべく、再び振り下ろされる鉄槌は、この戦いに終焉を下す。

 だが、その神罰に、ただ一人だけが逆らう。


 デブラを支えるもの──それは、その幼さ、その不完全さ故に持つ、純粋さ。

 それは、命令ではない。理屈でもない。正否でもなければ、善悪でもない。

 これまで戦った者たちの、遺志をすべて呑み込んで、ただ──前へ。


 ──すべての因果の元凶へ、足が一歩、動いた。


 巨大な触手が地面を抉る。その衝撃に城壁が砕け散る。崩落に紛れ、黒い影がラーベンへと忍び寄った。

 だが、ラーベンとて赦しはしない。触手をうならせ、飛散した瓦礫ごと、周囲すべてを消し飛ばす。


 回避の余地などないはずの軌道。触手同士が交錯する刹那の隙間。

 デブラはその瞬間を読み切り躱す。動物的な勘の良さで、鞭のような触手の動きを予見する。

 その視線の先にあるのは、ただ一つ──魔王ラーベン。


 言葉はない。叫びもない。そのどちらにも。ただ──

 

 ──創造主が創造物に負けるなど、あってはならない。

 

 神は、同じ地平に立つ者を赦さない。まして、それは失敗作と断じた(ゴミ)

 魔王の誇りは転じて、嫉妬となる。しかし、眼前に迫る敵には、なにも無い。


 その歪みは、手を鈍らせた。その一瞬が、すべてを決する。


 デブラの爪は、魔王を裂いた。その手応えに、デブラは確かに鳴いた。

 刹那、無数の触手が、重なる二つの影に降り注いだ。


 圧倒する衝撃は、大地の悲鳴となって響き渡る。

 衝撃は地を貫き、岩盤を砕き、支えを失った城は崩壊を始めた。

 土台が割れ、城壁が傾く。均衡を失った順に、大地の裂け目に落ちてゆく。


 その中心で。

 デブラとラーベンは、触手に呑まれたまま、ゆっくりと闇へ沈んでいった──。



 ペルガメントは、大崩壊の残骸に残された。

 他に生き残った者たちと、世界に置き去りにされたかのように、ただしばらく、目の前の光景を眺めることしかできなかった。


 次第に、それぞれの現実を思い出し、生き残りの捜索や、被害の確認に追われていく。

 戻る騒音の中で、ペルガメントはただ一人。すべてを呑み込んだ闇の(ほと)りに、足を向けていた。


 戦いが夢であったかのように、全てが無くなっていた。その残骸だけが無残に散らばる。


 ──望まぬ野心を叶えてくれたデブラに、手向けでも送ってやるか。

 その静寂に、彼は哀れみと、賛辞を送った。


 その時だった。闇の奥から、ガラン、と沈黙を破る音が鳴った。間を置いて、もう一つ。その音は徐々に数を増した。

 ペルガメントは警戒しつつ、その音が鳴る方へと近づく。

 

 そして、瓦礫の陰に、横たわる影を見つけた。血に(まみ)れ、呼吸は浅い。

 その姿は変わり果てようが、見誤りようがない。

「ペルガメント、か……」

 肺から絞り出すような声は弱々しく、威厳などどこにも無い。ただ、自分が未だ王であるという、痛々しい自負だけを纏う”魔王だったもの”の姿があった。


 ペルガメントはただ、誰にでもなく、こう言った。 「手向けはいらぬな──」


 誰も知らない。誰に語ることもない。すべては闇に葬られた。

 刃に滲んだ仇の血の色だけが、この真実を映していた。


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