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elf:1000 ─千年戦記─  作者: 世葉
第三章 聖地防衛作戦
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第六十話 あれは失敗作

 発端は、ただの偶然だった。

 ダークエルフの斥候が、誰より早く”アレ”を発見した。焼け焦げた大地の中心に、ただ独り立ち尽くす異形を。

 そして、その足元に転がる──勇者の亡骸を。


 他の作戦で通り過ぎるだけだった斥候たちは、顔を見合わせた。

 そして誰となく合図をし、これが任務より優先する価値があるものだと判断した。


 その報は、デブラの身柄と共に、即座に届けられた。しかし、その届け先は、魔王ラーベンのもとではなかった。

 運ばれたのは、広大な白い砂漠の中に、孤独に立つダークエルフの城。その存在すら巧妙に隠された、辿り着くことすら困難な、天然の要害だった。


 密かに回収されたデブラは従順で、一切逆らう素振りも見せなかった。

 砂と乾いた風の匂いが、石造りの謁見室に満ちている。周囲を囲むダークエルフたちは、一様にデブラを見据えるとともに、主人を守るように備えていた。


「これが、ラーベンの作り上げた完成形か……」

 薄暗い帳の中から、城の主はデブラを見下ろしていた。


 側近の一人が、主の耳元に顔を寄せる。

「勇者を仕留めたのは、間違いなくこやつかと」 確信を持った声だった。

「……して、如何いたしましょう。ペルガメント様」


 その問いかけに、薄笑いを浮かべ、言い放つ。

「如何も何も。フフ……ラーベンに落とし物を届けてやるさ。精々、高い駄賃と引き換えにな」

 もう一度、デブラを見定める。


「お前には、言葉が届いているのかな──勇者を殺せるほどの力を持ちながら、何故ラーベンに従うのか、ぜひ聞きたいものだが……」

 しかし、返る答えはなかった。ただ、砂漠の風だけが、低く鳴いていた。


 ラーベンに引き渡す前、彼らはデブラを調査した。

 だが、不用意に刺激すれば何が起こるか分からない。それは恐る恐ると、距離を保ったまま行われた。

 そうして、彼らは意外にも簡単に辿り着く。勇者を殺した力の正体に。


 ──「魔法を弾く鎧、か。聖剣の力すら跳ねのける……」

 調査結果を受け、ペルガメントはわずかに目を細めた。その力に惹きつけられ、長い耳がゆっくりと上下する。

「……どうしてくれようか。駄賃だけでは、返すのは惜しくなってしまったよ」

 ラーベンへの叛逆。そうとられかねない言葉を、小さく笑って呟いた。


「それで、この力の使い方は──?」 それも束の間、視線を側近に向ける。

 誰も、口を開かない。彼の問いに、答えられる者はいなかった。

 だが、ペルガメントはそれを気にもしなかった。


「……そうか。では、しかたない。作った本人に尋ねるとしよう」

 その沈黙を返答とし、ペルガメントは立ち上がる。決断は速やかに、その足取りは軽やかだった。


「主の赴くままに──」 側近は後を追う。彼の秘めた野心に、従順に。


 ──日を置かず、デブラを連れたダークエルフの一行は、魔王城に到着した。

 黒い城壁から降りる空気に、ある者は思わず口元を押さえる。別の者は、顔をそむける。それほどに、ここは忌むべき場所だった。

 ペルガメントすら、その褐色の肌が粟立つのを感じつつ、何事もないように歩を進め、城門を潜り抜けた。


 だが、ラーベンは玉座の間にはいなかった。

 当てが外れたが、近衛に居場所を問いただすまでもなく、その見当はついた。

 あの悪趣味な研究塔──恐らくは、そこでまた何かの実験に勤しんでいるに違いなかった。


「ここで待て──」 ペルガメントは背後を一瞥し、返事を待たず独り向かった。


 頂上へと続く階段を、ゆっくりと一段ずつ踏みしめる。

 石の感触が足に伝わるたびに、過去の記憶が徐々に呼び戻される。

 苦痛。悲鳴。怨嗟。この塔に眠るすべては過去のもの。


 元はエルフであったこの身が、魔王の手によって、魔族のダークエルフへと堕とされたことさえも。


 それは、この歩を止める理由にはならない。

 たとえ一度たりとも、すべてを奪ったラーベンを赦したことなど無い、としても──


 扉の前で、足を止める。その気配を察知し、わずかに、口元が歪んだ。

「……ラーベン様。ペルガメントでございます」

 背を向けたままの魔王を背に、ペルガメントは跪く。

「本日は、落とし物を届けに上がりました」


 返事は、すぐには来なかった。

 塔の装置を前に思案し、手を動かす魔王は、気付いてすらいないのかと思わせた。

 だが、しばしの沈黙のあと、振り向きもせずに声だけが落ちる。


「──捨て置いてよいものを……あれは失敗作よ」


 ペルガメントは、頭を垂れたまま息を呑んだ。 ──あれが失敗作……。

 想像だにしなかった言葉が、胸の奥で静かに弾ける。 ──だが、そうであったとしても。

 彼の野心は、その力を求めた。


「であるのなら、私めにその失敗作。お貸しいただけませんか」

 心の動揺を微塵も感じさせぬ落ち着いた口調で、彼は申し出る。


 魔王は、思案の寸暇すら惜しむように即答した。 「構わぬ。今は忙しい、好きに扱え……」


「──御意に」 下賜(かし)を得たペルガメントは、ほくそ笑んだ。

 それは、眠っていたもう一つの野心に、再び炎が灯った瞬間だった。


 独り、来た道をなぞり、塔を降りる。

 階段を踏みしめる足元からは、魔族となってから歩んだ道が蘇る。


 ──私を拒絶し、不毛の砂漠へと追放したエルフども。あの日の痛みを、忘れたことはない。


 その一歩、一歩が、彼の燻ぶっていた復讐心に火をくべていた。デブラの力を使えば、もう遠くはない。すぐそこに手が届く。

 そう思った矢先だった。(たかぶ)る心を(なだ)め、玉座の間へ戻った時、足が止まった。


 静まり返った空気。そして、血の匂い。高揚して見逃がした異様な気配が、彼に遅れて襲いかかった。

 そして、その正体が床に転がる。それは、彼の部下たちだった。


 石床に伏し、その体は赤く染まる。握られた武器は、まだ手を離れていない。

 視線を巡らせる。近衛もまた、同じように倒れていた。

 一瞬、つまらんいざこざでも起こしたか、とも考えたが、それは違った。


 やられ方が尋常ではない、これは、一方的な破壊だ。

 そして何より、ここにいたはずの者──デブラの姿が消えていた。


 ペルガメントの姿に、かすかな息が、床の向こうで応じた。歩み寄ると、血に濡れた手が、彼の裾を掴んだ。

「……突然、デ……デブラが……暴れ……我々では……止められず……」 途切れ途切れの声。

 言葉は短い。だが、それで十分だった。最悪の事態。胸の奥で、昂りが冷えていく。


 ──失敗作、とはこういうことか……。


 つい先ほどのラーベンの言葉が、ほんの僅かに遅れて意味を持った。

「デブラに、何かしたのか?」

 部下は、血を吐きながら首を振る。

「……誓って、な、なにも……しておりません」 (かす)れた声が続く。

「ただ……勇者スノウル……の、死を……あの者が……嗤いました。その時、です……」

 もはや動かなくなった近衛を指さすと、声が途切れた。


 ペルガメントは、ゆっくりと視線を上げた。

 分からない。何一つ定かではない。だが、勇者の名に意味があるとするならば……。


 その時だった──轟音と同時に、玉座が震える。

 それは、破滅の淵で始まった、ペルガメントの野心を焦がす終焉の咆哮だった。


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