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elf:1000 ─千年戦記─  作者: 世葉
第三章 聖地防衛作戦
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第五十八話 本気で、ふざけんなよ

 ──その戦場の風は、ひどく嫌な匂いがした。

 そりゃぁ、ご機嫌な戦場なんて、一つとしてありゃしないさ。

 それでも今日は、何かが違う。首裏の上毛がいやに逆立つ。歯が、疼く。


 ──アタシは、何を恐れているんだ。


 問いは過るが、答えは出ない。……だけどな。だからといって、戦いは止められねぇ。

 デブラは──アイツはしょうがない。魔王からの厳命だ。使わない訳にはいかない。


 いつも通り。デブラに特攻させ、アタシらがその隙を突く。

 これが一番、正しいんだ。このやり方で積み上げた勝利と、生き延びた仲間の命がその証。

 だから、今日、それをやらない理由は、どこにもない。


「デブラッ! まかせたよ」 いつものように、合図を送る。

「──信じてるからな」 いつもと違う、言葉を足して。


 デブラに、アタシの言葉が届いているのか、分からねぇ。応える気があるのかも、分からねぇ。

 ──まぁ、それならそれで、かまやしない。


 この作戦が極上(イカ)してんのは──アイツがやられたら、アタシらはとっと逃げ出せばいい。

 そういうお手軽さが上等(ウケ)てんだ。だから──アイツがどうなろうが、知ったこっちゃねぇんだ……。


 ──それで、いいだろ……


 デブラは、敵陣を一直線に切り裂いていく。相も変わらず、いつもの戦場を馬鹿正直に。

 いつもの戦場、いつもの戦法、いつもの勝利。 ──ああ、信じてるぜ、デブラ。


 デブラは、いつも通り、敵陣深くへと切り込んでいった。

 それを確認して、アタシもいつもの合図を叫ぼうとした──その時だった。


 戦場の中心に、何かが落ちた。いや、落ちたように見えた。

 次の瞬間、ようやくその何かが、”光”なんだと理解した。敵陣のど真ん中に、巨大な光の柱が立ち上がっていた。


 地を貫き、空を裂き、そこだけが別の世界みてぇに白く灼けていた。

 目を焼くどころじゃない。見ているだけで、あっちの世界に連れ込まれそうな、強烈な光だった。


 だが、それも束の間。遅れて轟音と衝撃波が、こっちにまで襲いかかって来た。

 嵐みてぇな暴風に身体を揺らされる。だが、距離があったおかげで、アタシらに大した被害はない。


 ──ああ、でも……あの中心は。


 思考が、そこで止まる。何が起きたのか、分からねぇ。分かりたくもねぇ。だが、目は逸らせなかった。

 やがて光が、ゆっくりと収束していく。焼き尽くされた空間が、輪郭を取り戻す。


 その中心、光の中から姿を現したのは──ひと振りの剣だった。

 息が詰まる。初めて見るはずなのに、分かる。あれは──聖剣、グラム。

 そして、それを振るうことが許された唯一の存在。あれは──勇者だった。


 喉の奥が、ひりつく。凶兆を孕む異様な輝きに当てられて、身の毛がよだつ。


 ──最悪だ。


 こんな辺境に、勇者が来る理由なんて一つしかねぇ。快進撃を続けるアタシらを止めに来た。それも、最悪な方法を使って──

 勇者は、デブラを確実に仕留める為に、この一撃を放った。

 仲間を囮として、その仲間ごと巻き込むことなんざ、最初から承知の上で。あの密集地で、聖剣の力を解き放ちやがった。


「──ッ! ふざけんな……ッ」 噛み締めた唇の奥から、本音が湧き出る。

 ただでさえ、規格外の力を持つ勇者。そんな奴が、こんな戦い方をしてきやがった。

 いや、だからこそ、諦めがついちまった。 ──あんなの、勝てる訳がねぇ。


「おいッ! テメェら──!!」

 声を張り上げる。ここで全滅する意味はねぇ。あんなヤツと出くわして、デブラだけの犠牲で済むなら、安いもんだ。

 とっとと逃げる。バラけて逃げりゃ、勇者だって全員を追い切れねぇだろ。


 ──ああ、そうだ。逃げるが勝ちさ。


 続く言葉を吐き出そうとした、その時──視界の端に、影が映った。

 思考が、止まる。ゆっくりと、屍が転がる爆心地に視線を戻す。そうすると、アイツが立っている姿がはっきり分かった。


”──ッ! ……ふざけんな” 噛んだ唇から、本心が湧き出る。

 生きてやがった。聖剣の直撃をまともに受けて。あのヤロー……本気(マジ)で、ふざけんなよ。


 でも、動かない。反撃しない。構えもしない。それなら、攻撃しねぇなら、せめて……逃げろ。

 なのに。なのに、だ。なんなんだ、あいつは。まだ攻撃する気がねぇのか、勇者の攻撃を受けて動けねぇのか、どっちなんだ、分からねぇ。


 ──ああ、そうだ。何にしたって関係ねぇ。だけどな……

 ──あれじゃあ、まるでアタシらが、守られてるみたいじゃないか。…………ふざけんな。


”オオォーーーーン……!!” 戦場に一つの咆哮が響く。


 ただ、身体が先に動いた。考えていない。考えていたら、こんなことはしない。

 その合図に、クローネ隊の誰一人、遅れる者はいなかった。


 獣たちは吼えた。崩壊した敵陣へ、いつものように雪崩のように突撃した。

 その中心には、崩壊させた張本人──勇者が立っているというのに。


 それは、戦いですらなかった。

 振るわれた勇者の一閃が、空間に煌めく。聖剣の軌跡に触れたものは、為す術なく断たれ、消し飛ぶ。容赦もなく、躊躇もなく、獣魔たちは、次々と斬り払われた。

 誰一人、敵う者などいなかった。それはクローネすら、例外ではなかった。


 だが、そんなことは、分かりきっていた。分かった上での行動だった。

 最初から、勝つための突撃じゃない。では、なんのため──? それは、仲間を一人、救うためだった。

 どう考えても割に合わない危険を冒し、勇者の攻撃が他に向いた隙に乗じて、クローネは敵陣奥へと飛び込んだ。

 

 爆心地──強引に引き寄せる。そこにある肩に手を掛け、力の限り引っ張った。


 クローネが馬鹿力を出したのか、勇者の攻撃を受けたデブラが弱っていたのか、その体は簡単に動いた。

 言葉を発する余裕はない。そのまま今度は踵を返し、引きずるようにして、戦場の外へと駆け出す。


 だがしかし──勇者は、それほど甘くない。仕留め損なった獲物を、見逃すような真似はしない。

 振り返らなくても分かった。死が形を持って迫るのが、その気配が濃密に匂う。

 勇者の身体に力が満ちる。魔物を滅ぼす再びの聖光が、逃げる二人を狙い澄ます。


 ──コイツを連れてちゃ、間に合わない。


 逃げ切れない。腕の中の重みが、はっきりと告げている。

 デブラを連れていては、間に合わない。分かりきっていたことだ。


「……チッ」 ここまで来て、クローネはデブラからその手を離した。

 しょうがなかった。このままでは、二人とも勇者の餌食となるだけだった。──それだけの話だ。


 そう、だから──クローネは振り返る。


 逃げずに、死の元凶、勇者に向かって特攻した。

 その行動は、何の意味も無く、足止めにすらならないというのに……。


 衝撃が一つ、デブラを叩いた。その肩に、彼女の身体がぶつかった。外殻に、赤い血が塗られた。

 デブラは、それでも何も言わなかった。クローネは、もう何も言わなかった。


 付着した血が伝う。そして、地面に雫が落ちた──


”ヴオオォーーーーン──!!”  その瞬間、得体の知れない音が響き渡った。


 それは紛れもなく、デブラの叫びだった。


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