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elf:1000 ─千年戦記─  作者: 世葉
第三章 聖地防衛作戦
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第五十五話 嘘吐きトルキ

「──確かに、受け取りました」

 トルキは、折れた聖剣を淡々と受け取った。

 その言葉にも所作にも、謝辞はなく、そして非難も乗せはしなかった。


 リンネは、その態度を一瞥し、わずかに間を置いた。

「……実は、これだけではありません。ぜひ、お渡ししたいものがもう一つあります」

 その言葉を受け、アルメリアが静かに立ち上がった。トルキとフィオレットの視線は、その動きに自然と向かう。

「さあどうぞ。あちらにいらしてください」

 アルメリアが向かった扉へと、リンネは二人を促した。


 そのまま、彼女の後に続いて外に出た二人には、すでに”渡したいもの”が用意されていた。


 並べられた二つの棺。それは、ウルバンとシュリンの物だった。また別の箱には、兵士たちの遺品が納められていた。

 二人がそれを確認するのを見届けて、リンネは声を掛けた。

「他の方々は、我々の手で埋葬させていただきました」


 たったそれだけの、簡潔なやり取り。だが、その中でトルキは、多くのことを読み取っていた。

 戦死者すべての遺体を持ち帰るなんて不可能。だからこそ、この二名だけを選び、こうして保管していた。その判断自体は、合理的だ。


 ──だけど、この対応は無駄が無さ過ぎる。ここまで丁重に扱う意味は何だろう。

 ──いや、違う。どうしてこの二人を選べた?


 トルキの背に、かすかな冷たさが走った。

 だが、決して表には出さず、平静を装い、リンネに向けて一つ願い出た。

「もしよろしければ、埋葬地にも行きたいのですが……」


 リンネは一つ、アルメリアへと視線を送る。それだけの無言のやり取り。の、あと──

「……ええ。少し遠くなりますが、付いて来てください」 と、断らなかった。


 案内された先は、深い谷の地形を利用した埋葬地だった。

 万を超える人間を埋葬するのだ。このような場所でもなければ、確かに間に合わなかったのだろう。しかし、粗雑に扱われてはいない。

 まだ整えられたばかりの盛られた土。手向けられた花。自然の中に築かれたその場所は、静謐な墓地だった。


 トルキとフィオレットは、その場に膝を折り、目の前に眠る者たちへ、祈りを捧げた。

 その背を、リンネとアルメリアは静かに見守っていた。


 やがて、祈りが終わる。立ち上がったトルキは、わずかな間を置き、リンネにもう一つ願い出た。

「……。よろしければ、エルフの戦士の埋葬地にも、行きたいのですが……」


 彼女は一つ、息をついた。そして──

「……ええ。こちらへ」 と、拒むこともできたはずだが、断らなかった。


 そうして、再び案内された先は、墓地を見下ろす高台だった。

 先ほどとは対照的な、光差す光景。谷の上からの見晴らしは、森の奥まで見渡せた。

 だがここには、墓標らしきものも、土を盛った痕すら存在しなかった。


 その違和感を、トルキたちが口にするより早く、リンネはゆるやかに言葉を添えた。

「我々は、体を土に埋めたりなどしません。遺灰をここから風に乗せて、森へ還すのです」

 そうして伸ばした指先は、どこまでも広がる森全体を指していた。


 この地に生き、そしてこの地へと還る。

 千年生きるエルフにとって、生きる場所と死ぬ場所は、同じなのだ。

 エルフの”死”への向き合い方は、自然と共にある”生”そのものだった。


「……そう、ですか」 トルキは、その在り様に、ただそれだけを口にした。

 それに触れることも、その場で祈ることもできなかった。


 未だ、何も分かっていないエルフの軍。

 墓標の数から、その一端を計ろうとしたトルキの企みは無駄に終わった。


 話し合いは、それで終わり。

 それ以上踏み込むこともできず、トルキたちは託されたものを馬車へと積み込み、帰路へと就こうとした。そのときだった──

「トルキさん──」 呼び止める声に、彼は振り返る。


「私はリンネ。今日は、どうもありがとう」 突然の名乗りと、感謝の言葉。

 トルキは一瞬、戸惑いながらも、小さく頷く。悪い気はしなかった。


 しかし、それも束の間。次の言葉に耳を疑った。

「親書には、定期的な連絡を約束するともありました。その連絡役は、ぜひ貴方にお任せしたい」

 わずかな間。 「……そう、貴方の主にお伝えください」


 その言葉は酷く、彼の気持ちを落ち込ませた──。



 ──「あ―……。あんなこと、言うんじゃなかった……」

 馬車に揺られながら、トルキは毎度毎度の愚痴を呟く。


 だが、そんな彼の横で手綱を握るフィオレットは、もうそれを鬱陶しいとは感じていなかった。

 むしろ、耳にすら入っていない。それほどまでに、帰路の彼女の内には余裕がなくなっていた。


 胸の奥で、燻り続けているのは後悔と、己の能力の無さへの自嘲だった。


 本来なら、エルフたちから情報を盗み取ることが任務だったはず。

 軍の戦力、目的、編成、思想、能力。話し合いという中で、些細な事から少しでも読み取ることを考えていた。

 でも──何一つ、掴めなかった。それどころか、隣で情けない声を上げている男に、助けられた。


 ──どうして、あなたたちは、勇者を殺したんですか?


 こんなことなら、あの時こう聞いてしまえばよかった。

 答えを得られなくても、相手を怒らせても、それだけで大きな意味があったのに。


「フィオレットさん。連絡役の話、僕と代わってくれませんか~~」

 気の抜けた声が、横から飛んでくる。


 ──できることなら、私だってそうしたい。自分の能力を証明したい。

 でも……選ばれたのは、彼。それは、彼の方が優秀だからだ。


 折れた聖剣の返還、ウルバンとシュリンの遺体。戦死者の遺品──。

 最初の交渉としては、十分すぎる成果。特別な褒賞が与えられてもおかしくない。

 だが、それが彼女の胸を締めつけていた。それのどれ一つ、自分の力で得たものではないのだから。


 馬車の軋む音が、やけに大きく響いた。握る手綱に、わずかに力がこもる。

 フィオレットは、視線を前へと戻す。横を向きたくはなかった。それほどの嫌悪があった。

 だが、来た時とは真逆の理由を、彼女は抱いていた。



 馬車を見送るリンネの隣で、もう声も届かない距離となった頃を見計らい、アルメリアが口を開いた。

「──どうして、女の方ではなく、男の方を選んだのですか」

 それは、彼女も分からなかった、連絡役にトルキを選んだ理由だった。


(うろ)の光によれば、女は正直者で、男は嘘吐き」

「扱いやすさで言えば、女の方が適していたように思えますが……」

 自らの判断と、リンネの選択が逆だったことを、率直に付け加えた。


 アルメリアが握る要人リストには、人魔の隔ては無い。円卓会議の四人はもちろん、王国秘書官ドゥーエ、商人ギルド副代表のロスリンの名まである。その中には、あの傭兵二人の名前すら。

 だが、その中には、今回の交渉人である二人の名は、含まれていなかった。だから、この正体不明の交渉人に、彼女は特段の警戒をしていた。

 そのアルメリアにしてみれば、リンネの判断に疑問を持つのは当然だった。


 そんな彼女の眼差しに、リンネは、わずかに口元を緩める。

「嘘に意味があるのではなく、どうしてその嘘をつくのか、に意味はあるものです、アルメリア」

 そして、柔らかな声音で続けた。

「今回の交渉では、どうしてそんな嘘吐きを寄越したのか──そこにこそ、本当の意味はある」

 リンネの視線は、すでに遠ざかった馬車の軌跡をなぞっていた。


「ええ……、楽しんでいるのです。親書の送り主は」

 その姿を想像するかのように、彼女には微かな笑みが滲む。


「可哀そうに、あの二人は駒でしかない」

「あの男の子の方なんて……ここに来るまで、殺されないかと怯えていたかもしれないですね」

 まるで見ていたかのように言い当てた言葉には、同情とも嘲りともつかぬ色が混じっている。


「ただそれならば、我々もいいように、彼を使わせてもらいましょう」

「彼を連絡役に選んだこと。それは、折れた聖剣と共に、親書の主に”メッセージ”として届くはず」


 リンネの真意を聞き、その深慮に、アルメリアは言葉を返さなかった。

 情報の分析だけではない、人間という種族の習性、思考、心の在り様まで捉えた理解の深さに息を呑んだ。

 それは、単なる知略を超えていた。


「これで、あの子が連絡役をやっている間は、むやみな手は打ってこない──」

 リンネは消えていく馬車から身を(ひるがえ)す。そして、ふと空を見上げた。


「あとは──シレネが上手くやってくれるかしら……」

 その空の向こうでは、既にまた別の作戦が動き出していた。


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