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elf:1000 ─千年戦記─  作者: 世葉
第三章 聖地防衛作戦
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第五十四話 勇者殺しの暴露

 黄金のトリネコ(ギルデン・アスク)の扉を開けた瞬間、トルキの視界に飛び込んできたのは、外界とはまた異なった神秘に満ちた光景だった。

 天井には、澄んだ青の輝きを放つ魔法石。その光を受けて、瑞々しい(うろ)の内壁が、柔らかな光沢を返す。そして零れ落ちた光は、粒となって足元に集い、弾けて消える。

 大樹の内で巡る魔力は、その流れる姿だけで二人を魅了した。


 その光景に見とれた彼が、二人のエルフに気付いたのは、数瞬遅れてのことだった。

「──ようこそ、エルフの森へ。招かれざる人間よ」

 その一言で空気は張り詰める。言葉に射抜かれたように、トルキは背筋を正し、深く一礼した。


「たっ、大変失礼しました。私は大陸商人ギルドのトルキ。隣は、同じくフィオレットです」

 硬さが滲む名乗り。それでも顔を上げ、言葉を続けた。

「私たちは、あなた方と話し合いをするために参りました」

 それ以上の余計な言葉は挟まない簡潔な挨拶。これを拒否されたら、何も始まらない。そういう提案だった。


 その様子を、リンネとアルメリアは、ただ穏やかな表情で見つめる。そこには、拒絶でも、歓迎でもどちらでもない意思が浮かぶ。

「──ええ。話し合いは、私たちも望んでいることです」 リンネは、提案を受け入れた。

「どうぞ。良い話し合いにいたしましょう」

 普段の彼女とは違う、とても柔らかな言葉とともに、二人へ席に着くよう勧めた。

 その仕草には一片の乱れもない。促されるまま、トルキとフィオレットは、彼女たちと同じように根の盛り上がりに腰を下ろした。


 自分たちの文化とは違う生活様式は、どうも落ち着かない。だが、そこに妙な安らぎも感じる。

 それは同時に、ここが彼女たちの領域であることを、疑いようもなく示していた。

 ──交渉は、すでに始まっている。


「さて──ではまず、何から話し合いましょうか」

 リンネの穏やかな声に、トルキは即座に応じる。

「まずはこちらを。我ら大陸商人ギルド代表、ヒューベルよりの親書でございます」

 取り出した封印付きの書簡を、彼は両手で差し出した。

 リンネはそれを受け取ると、ためらいなく封を解き、内容を追い始めた。


 沈黙が落ちる。彼女の指のわずかな音だけが、かすかに響く。

 その静寂の中、まだ一言も発していないフィオレットは、思考を巡らせていた。

 ──もし、この親書の内容で、相手を怒らせるようなことがあれば……。

 そんな最悪の事態を考えつつ、それを避けるために、言われた事を思い出す。


 ……「──なぜって、武骨な戦士が交渉の舞台に立っても、余計拗れてしまうだけですからね」

 ……「あ、安心してください。お二人に、”エルフとの和平を成立させて来い”、などとは言いません」

 ……「私の親書を届ける。簡単な”おつかい”だと思って下さい」

 

 送り出される直前のヒューベルの言葉。だがフィオレットは、それを額面通りには受け取っていなかった。

 エルフから情報を引き出すこと。可能であれば、こちらに有利な条件を飲ませること。

 それが自分に課された役割だと理解していた。


 やがてリンネは、親書から視線を上げた。そして、何も言わず、それをアルメリアへと手渡した。

 だが、彼女が読み終えるのを待たず、口を開いた。

「……この内容自体は、概ね受け入れられるものです」 ここで、言葉は区切られる。

「ですが──いくつか、腑に落ちない点があります」 続く言葉に、トルキの表情がわずかに強張った。


「失礼ですが、この親書の主はギルドの代表。つまりは、商人のはず──」

「にもかかわらず、この親書には、その権限を超えている内容が含まれている」

 リンネの視線が、静かにトルキを射抜く。 「これは、どういうことなのでしょうか?」


 声音は穏やかなまま、冷徹な鋭さがあった。トルキは一瞬、言葉を失う。

 彼らは、親書の中身について、その文言一句まで詳しく知らされていない。

 彼女の言葉から、内容の一端は推察できたが、迂闊なことを言うわけにもいかなかった。


 トルキが息を整え、慎重に言葉を選ぼうとした、その瞬間だった。

 横から、フィオレットが口を挟む。

「ヒューベル代表は、王命を受け、この度の交渉を任されております」

「ゆえに、その内容に彼個人の権限を超えるものが含まれていたとしても、なんら不思議ではありません」


 そこに嘘はなかった。だが、エルフ側がそれをどう解釈するか、その点が欠けていた。


 その返答に対し、リンネは復唱するように確認する。

「……では、この親書は、貴女の主であるヒューベルではなく、王自身の言葉──」

「そう理解してよろしいのかしら?」

 彼女の念押しと共に、親書を見終わったアルメリアとの二人の視線が、フィオレットに注がれた。


「──はい」 気圧されながらも、彼女は肯定する。

 それを受け、リンネはわずかに視線を落とした。

「……それならば、この親書には、あるべきものが欠けている──」 その一言で、空気が変わる。


「この度の戦の発端──我らが勇者を殺したことについて、どうして、一言の言及もないのかしら」


 リンネが放った暴露に、フィオレットは言葉を失った。

 今初めて知ったその事実は、彼女には重く、想定していた問答の範疇を超えていた。それこそ、それに答えて良い権限を、彼女は有していなかった。

 ――答えられるはずがない。

 激しい動揺に、心はかき乱されていた。それが相手の狙い──交渉を有利に進めるための”揺さぶり”、ということにも気づけぬほどに。


 しかし、その彼女が生んだ空白を、庇うようにトルキが埋めた。

「ヒューベルは王の下僕(しもべ)ではありますが、奴隷ではありません」

「彼は王の真意を汲み取り、そのうえで、あえてその一文を削ったのでございます」


 それは、はっきりとした断言だった。

 ここに来るまでとはまるで違うその物言いに、驚いたのはむしろ隣のフィオレットだった。

 トルキの立場は、彼女と何ら変わらない。親書の内実も、エルフの勇者殺害も、知らされてはいない。

 つまり、この言葉には、何ら一切の真実性は何処にもない。

 

 リンネの視線が、わずかに細まる。

「つまり、勇者殺しについては、その咎を問うまでもないことだと──?」 二度目の念押し。

 それに対し、躊躇いのない返答を返す。 「──はい」

 明らかに権限を超えた返答を、トルキは平然と行った。


「そういうことでしたら、よろしいでしょう」

 その返答を受け、リンネの纏う気配がわずかに和らいだ。

「ですが──この親書への返答には、いささかお時間を頂かねばなりません。よろしいかしら」

「はい」 それに対しても、トルキは同じように即答した。


 その迷いのなさに、リンネは小さく微笑む。

「では──その誠意あるご返答に応じて、私たちからも誠意をお示ししましょう」

 言葉は柔らかい。だが、その言葉の一つひとつが、この場の支配者であるような響きを帯びている。


「アルメリア。例のものを──」

 促され、アルメリアは予め用意していた包みを、二人の前へと差し出した。


 卓上の「それ」を、彼女は静かに、丁寧な所作で広げていく。

 幾重にも巻かれた布が解かれ、その核心が露わになるにつれ、場を息を呑むような空気が沈んだ。


 そして──その中から現れたのは、折れた聖剣、グラム。


 かつて天の光を宿した刃は今や、濁った鉄の色に沈んでいた。だが、その残骸には、滅びてなお消えぬ圧倒的な気配が、残響のように漂っている。それはまるで、志半ばで散っていった勇者の記憶を、代弁しているかのようだった。


 リンネの声が、その静かな光に重ねられる。

「どうぞ。我々からの、友好の証です」

 穏やかな言葉だった。だが、その実、これ以上ないほどの意味を孕んでいる。


 確かに、これは友好の証。だが同時に──勇者を殺した紛れもない証だった。


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