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elf:1000 ─千年戦記─  作者: 世葉
第三章 聖地防衛作戦
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第五十一話 裁定取引

 一方その頃──

 黄金のトリネコ(ギルデン・アスク)の森では、エルフたちが戦後の後処理に追われていた。


「敵の大将『戦斧のウルバン』、および『大杖のシュリン』。この二名の遺体は丁重に保存を。他の者は装飾品のみを回収し、共同墓地へ埋葬しなさい」

 勝利の余韻に浸る暇など、どこにもなかった。怪我を癒した彼女たちに待っていたのは、勝利の美酒ではなく、山と積まれた屍だった。

 副官のリンネの指示の下、その陰鬱な作業は、滞りなく進められていた。


「オークたちから奪った金は、速やかに返還しなさい。ただし、一切、謝罪などはしないこと。ただ、”勇猛な戦士であった”、そう伝えるだけでいい」

 オークに謝罪などをすれば、それは侮辱と受け取られ、復讐の炎に薪をくべることとなる。この対応ならば、死んだオークの戦士たちは、金を奪い返した英霊として讃えられる。

 リンネの指示は、冷徹さだけではなく、オークという種族を深く理解した対応だった。


 それらのすべては、アルメリアの収集した情報に基づいている。

 彼女はオークに関してだけでなく、今回の人間の軍を指揮したウルバン、魔法評議会のシュリン、彼ら実力者たちの情報は逃さず掴んでいた。


 人間に対する対応もまた、その延長線上にあった。

 今後、人間たちがどのような手を打ってくるか──今回以上の大軍で攻めてくる。あるいは、和平交渉の使者を送ってくる。

 いずれにせよ、一万五千もの遺体を持ち帰ることなど、現実的ではない。

 となれば、このエルフたちの対応は、敵であるはずの人間に対しては寛大な、礼節を尽くしたものであると言えた。


 そして──ヒースの中ではもう、次の戦いが始まっていた。

 誰もいない司令部で、仲間と共に作った聖地防衛の作戦図を、独り眺める。


 この戦いは必然だった──。魔王を殺し、勇者を殺せば、必ず逆襲の牙は我が身を襲う。

 だから、一切の容赦などしなかった。その牙を、二度と向けさせない為にも。


 それでもまだ、ヒースは止まる訳にはいかない。死者に手向ける花は、まだ無い。障害となるものは、まだ多く、これだけの死闘を潜り抜けてもなお、まだ求める地はほど遠い。


 次の障害が、人間であるにしろ、魔族であるにしろ、彼女は絶対に止まらない──



 ──「あ―……。あんなこと、言うんじゃなかった……」

 馬車に揺られながら、男はもう何度目かも分からない同じ愚痴を、懲りもせず繰り返していた。

 

 その隣で手綱を握る女は、とっくに聞き飽きた言葉に、露骨にうんざりした顔で呆れていた。

「はい、はい。そうですね。でも、お仕事なんですから、その分はきっちり働いてくださいね」


 そんな彼女の、心のこもっていない何度目かの慰めに、自分の仕事を悲観して、男はますます顔を曇らせる。

「そうは言いますけどね、フィオレットさん。僕たちがどこに向かっているか知ってます?」

 わざとらしくため息をつきながら、ちらりと前方を見やる。

「一万五千の兵隊を皆殺しにしたエルフたちの森ですよ? そんなところに行って、無事に帰ってこられると思います?」


 そんな彼の、呪いの言葉を軽く払い除けるように、とても明るく、あっさりと言ってのける。

「ええ、知っていますよ、トルキさん。ですからヒューベル代表は、とびきりの傭兵を二人も付けてくださったんじゃないですか」


 しかし、その程度でトルキの不安が消えるはずもない。

「はあ……」 深々とため息をつき、肩を落とす。

 そのまましばらく、ぐったりと項垂(うなだ)れていたが──突然、勢いよく顔を上げた。


「ああ、そうだ!」 何かを思いついたように、ぱっと表情が明るくなる。

「途中で帰っちゃいません? ほら、会ってもらえず追い返されたことにして」 生き生きとした声だった。


「そうだ、それがいい! 命あっての商売ですし!」

 そして、その思い付きを、馬車の荷台に座る傭兵にも振る。

「お二人も! どうせ報酬は出るんですし。ここはひとつ、そういうことにしませんか!」

 この調子のトルキに、二人の傭兵は顔を見合わせ苦笑した。


 その醜態を、同じギルドに属する者として、フィオレットは内心で恥じていた。

(こんな人に任せるなんて、ヒューベル代表は一体、何をお考えなのでしょう)

 そんな考えが、彼女の胸の奥にいつまでも引っかかっていた。



 それは、秘書官ドゥーエとヒューベルの会話の中でのことだった──


「──さて、とはいえ、今回の交渉役には、相応の人物を用意しなければなりませんね」

 王命とはいえ、ヒューベル本人がエルフの森へ、今の段階で直接赴くことはあり得ない。だが、その代わりに派遣する以上、彼と遜色ない交渉力を持つ者でなければならなかった。


「ロスリンさん。適任者を何人か、選び出していただけますか」

 傍らに控える彼女へと、簡潔に指示を飛ばす。

「はい──ただちに」 ロスリンは余計な言葉を挟まず、彼の意向に沿う人材選びを始めた。


 ヒューベルが再び視線を戻そうとした、その時。

 立ち尽くしたままの、先ほどゴーテと一緒に連れ込まれた男が、ふと目に留まった。


「そこの君──名は何と?」 ヒューベルは追い出すでもなく、それとなく名を尋ねた。

 突然の問いに、男は一瞬言葉を詰まらせる。

「……トルキ、と申します」 彼を前にして、その男はやや緊張した面持ちで答えた。


 ヒューベルは、その特徴もない男を見据えた。そして──

「トルキ君。君ならば、先ほどのくじの問題、どうしますか?」

 それは試すでもなく、本当にただ何気なく、口をついて出た問いだった。


 突然の問いに、トルキは一瞬だけ視線を揺らす。だが、すぐに口を開いた。

「……僕なら、そのくじを引く権利を、他の誰かに250万Kr(クルーナ)で売ります」


 簡潔かつ、思いもよらぬ答えに、一拍の沈黙が置かれる。そして、次の瞬間。


「──フッ! クク……いや、失礼」 ヒューベルは思わず吹き出しかけ、口元を押さえる。

「なるほど……。そうきましたか。それは、実に面白い」

 その答えが意味するところを、彼は即座に理解し、隠しようのないほどの笑顔を浮かべた。


 ヒューベルは、しばしトルキを見つめる。このわずかな時間で変わる訳もない、凡庸な外見。控えめな物腰。

 そして、しばらくの沈黙を挟み、トルキにある提案をした。


「……。トルキ君。君に、一つ仕事を依頼したいのですが──」



 ──「あ―……。あんなこと、言うんじゃなかった……」

 馬車に揺られながら、トルキはもう何度目かも分からない同じ愚痴を、懲りもせず繰り返していた。


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