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elf:1000 ─千年戦記─  作者: 世葉
第三章 聖地防衛作戦
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第五十話 大陸商人ギルド

 嵐のような時間が過ぎ去り、ヒューベルの応接室には、静かな余韻だけが残った。


「──いやいや、助かりました」

 ヒューベルは、この場を収めた秘書官ドゥーエに、率直に礼を述べる。

「あれほどの騎士殿を引き下がらせるご高説……大変、勉強になりました」


 そして、穏やかな口調のまま、わずかに肩をすくめる。

「とはいえ、男の私が真似をしたところで、同じ結果になるとは思えませんが……」

 軽い言葉で包みながらも、彼女の手際を正しく見抜いた評価が込められていた。

「ドゥーエ殿には、いずれまた改めて、お礼を差し上げませんと──」


 その最後に付け足した、半ば社交辞令の一言に、意外な反応が返ってくる。

「いずれ──ではなく、今、頂戴してもよろしいでしょうか」

 その思いもよらぬドゥーエの不意打ちに、彼は目を細めた。


「エルフ相手の交渉策。どのようにお考えか、今、ここでお聞かせ下さい」

 それは、秘書官としての職務に忠実な、彼女の優秀さを証明するものだった。

 あるいはそれは、ゴーテよりもやっかいな相手。加えて最悪なのは、助け舟はもうないことだった。


「流石は秘書官殿。私とそれほど年も変わらぬのに……なかなか、意地の悪いことを仰る」

 ヒューベルは額に手を当て、小さく息を吐き、諦めたように呟いた。


 そして── 「では、こういたしましょう」

 と、おもむろに彼は金貨を取り出し、机上に並べると、さらに意外な言葉を続けた。

「貴女に、今回のお礼として……私からこの100万Kr(クルーナ)を差し上げます。それで、宰相殿にはうまく取り繕っていただけませんか?」


 それは、あまりにも露骨過ぎる言葉だった。その破廉恥な提案に、ドゥーエは目を細める。

 しかし、ヒューベルは構わず続けた。

「さらにそれだけでなく、貴女にはその100万Kr(クルーナ)で、当選確率3%、当選金が1億Kr(クルーナ)のくじを、買う権利も差し上げます」


 そして最後に、問う。 「さて、ドゥーエ殿は、どちらを好まれますか?」


 ヒューベルの申し出は、聡明なドゥーエであっても理解に苦しんだ。

 その提案が単なる買収でないことは、すぐに理解できた。しかし、ただのお遊びとしては、悪戯に過ぎる。


 その違和感を抱きつつ、彼女は淡々と回答した。

「期待値だけを考えれば、くじの方が3倍です。ですが、一度きりの再現性を考えれば、3%では信頼性に欠けます」

 そして言い切る。 「私であれば、100万Kr(クルーナ)を選びます」


 で、それが何か──。と、までは言わず、彼女は本題に進むために、この質問に答えた。


 質問者のヒューベルは、小さく頷く。

「ええ、そうでしょう。優秀な方は皆、そう仰る」

 その言葉とともに浮かべられた微笑には、ただこれだけで、彼女を見極めたようでもあった。


 次の瞬間──ヒューベルの笑みが、ふっと消える。

「私なら迷うことなく、くじを引きます」 その一言は、すべてを覆すものだった。


 ドゥーエの表情に、わずかな歪みが走る。だが、問い返すよりも早く、彼は再び笑みを浮かべた。

「ただそれは──私だけでなく、当ギルドの商人1000人が、ですがね。ハハハ……」

 肩をすくめて笑いながら、彼はとても流暢に理由を説明した。

「1000人がくじを引くならば、そのうち10回以上当たる確率は約99.9994%。これはそのまま元本保証の確率です。となれば、期待値が3倍であるくじを、引かない理由はありません」

 軽やかでありながら、自信に満ちた説明を終え、彼女を見やる。


「ええ……仰りたいことは分かります。まあ、意地悪だったのは、お返し。ということでご容赦を……これが、私の誠意ある返礼なのですから」

 しかしそれは、ドゥーエの表情を晴らすことはなかった。人を小ばかにするような物言いに、彼女ですら少なからず不快を抱いた。


 だが、それすら見透かすように、ヒューベルはさらに言葉を連ねる。

「この二択を迫る質問は、条件から答えを導くのではなく、与えられた条件に、更にどういう条件を加えれば、確実に勝てる状況を作り出せるか、を問うているのです」

「優秀な方ほど、前者の方法で答えを得ようとする。当然のことです。その答えに辿り着けるだけの能力を、お持ちなのですから」

 その真意を語る彼の言葉に、ドゥーエは吸い寄せられるように聞き入っていた。


 ヒューベルは、彼女の視線を受け止める。

「ですが、我々『大陸商人ギルド』の強さとは、この後者にこそある」

 その一言は、彼のギルドの本質を端的に示していた。


 そこからの彼の言葉には、先ほどまでの軽さは消えた。

「この確実に勝てる条件、を満たすための1000人は、ただ数を揃えればよい、という話ではないですよ」

「当たりを引いた者が嘘をつき、当選金を持ち逃げする──そのような事態は、いくらでも起こり得る。そうなれば、たちまちこの計画は頓挫してしまう」

 自ら始めた他愛無い架空話を、現実認識として落とし込む彼の想像力は、極めて冷徹だった。


 凄みさえうかがわせ、ヒューベルはその最後に、こう言い切った。

「決して裏切らない、そういう1000人でなければ、条件は成立しません。そして、その1000人を揃えられるのは──我々大陸商人ギルドだけです。ええ、それは、神殿騎士団でも、魔法評議会でも、宰相殿ですら不可能です」

 それは、権威の誇示ではなく、ただ事実を述べる者の確信だった。


 ドゥーエは彼に気圧されつつも、一言返した。 「……随分と、自信がおありなのですね」


 それを受け、ヒューベルはふっと肩の力を抜いた。

「ええ。簡単な事です。我らの繋がりには、それ以上の利がある」


 ドゥーエは、そこでようやく、ヒューベルという男を明確に理解した。

 ──味方にしても扱いに困る。だがそれ以上に、敵に回すのは避けたい男。

 それは、有用性と危険性を同時に孕む劇薬だった。


 そして同時に、宰相クローペルが、エルフとの交渉をこの男に一任した真意を理解した──。


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