表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
elf:1000 ─千年戦記─  作者: 世葉
第三章 聖地防衛作戦
PR
50/72

第四十九話 騎士の脅迫

 黄金のトリネコ(ギルデン・アスク)防衛戦から数日後──


 この戦の結末のみが、紋章官より宰相クローペルのもとへと伝えられた。

 大将ウルバンの戦死──だけでは済まない。「エルフ討伐軍、全滅せり」の報は、執務室の空気を凍りつかせた。


 クローペルは、その紋章官の言葉が尽きるまで、一言も発することなく、ただ黙していた。

 やがて訪れた重苦しい静寂の中、彼は一つ、深い息を吐くと、窓辺へ歩み寄り背を向けて外を眺めた。


 その背中から、秘書官はすべてを察した。

 彼女はただそれだけで、自身を含め、執務室から全ての人間を下がらせた。



 ──「全滅……。ですか」

 宰相より遣わされた秘書官の口より、戦の結末を聞いたヒューベルは、ただそれだけを呟き、言葉を失った。


 紋章官の報告は、半日と経たぬうちに円卓会議の構成員へと届けられた。三名は一様に、その内容に耳を疑った。

 敗戦したにしても、あれほどの軍勢が全滅するなど、通常であれば有り得ない。

 後退すら許されない。ウルバンの軍がエルフを相手に、そのような状況に追い込まれたのであれば、敵戦力の見積もりは根本から見直す必要がある。それこそ、魔王に比肩する敵、と考えねばならぬほどに──。


 ヒューベルはしばらく沈黙し、額に手を当てたまま思考を巡らせる。

 その傍らでは、ロスリンが静かに、そんな彼の様子を見据えていた。


 やがてヒューベルは、小さく息を吐いた。

「秘書官であるドゥーエ殿が、私の元へ来られた。──ということは、そういうことなのでしょうね……」

 まだ肝心な用件を語らぬ秘書官に、ヒューベルは独り納得し、独白するように語りかける。

 秘書官は、悲壮感を漂わせる彼の語り口に、なんとも言えないような表情を浮かべた。


「……宰相殿から、何か言伝は?」

 ようやく用件を問うヒューベルの声には、どこか諦めにも似た響きがあった。


「いえ。すべて貴方に任せる、と。ぜひ、その手腕をお見せ願う、と」

 その一言に、ヒューベルは再び目を伏せ、深く頭を抱えてみせた。


 するとそのとき、応接室を揺らさんばかりの野太い男の声が、外から響いた。

「ヒューベル殿は御出でかっ! 神殿騎士団ゴーテと申す。御目通りを願いたい!」

 扉越しからでも耳を打つその大音量は、形式上は整えてありながら、あまりにも無骨で遠慮がなかった。


 そして、その無遠慮さは行動でも示された。

「ちょっ……! お待ちください、今はどなたもお通しできないと──」

「なに、構わん。すぐに済む話だ」

 制止の声に聞く耳を持たず、半ば押し切るようにして扉が開かれた。

 その体に、止めに入った者を張り付けたまま、男は室内へと踏み込んでくる。


「これはこれは、ヒューベル殿。お初にお目にかかる。私は、神殿騎士団上級騎士ゴーテと申す!」

 今度は遮るものなく、その声は室内に轟いた。場の空気など顧みぬ、あまりにも場違いなまでの威勢。


 だがヒューベルは、そんな男を前にしても、眉一つ動かさない。

「それはそれは、ゴーテ殿。わざわざの御足労、痛み入ります。出迎えもせず、失礼いたしました」

 不愉快さなど微塵も見せず、穏やかな声音は崩れず、先ほどまでの憂鬱すら覆い隠してみせている。

 その横では、ゴーテを止めようとして一緒に連れ込まれた男が、ロスリンに助け出されていた。


「いやいや、それには及ばぬ」 ゴーテは、ヒューベルの社交辞令を、手で払う。

「本日参ったのは他でもない。貴殿に一つ、頼み事がありましてな」

 そう言うと、巨躯の上に乗る大きな頭を、ためらいもなく深々と下げた。


「どうか、このゴーテを、交渉団の一員として加えて頂きたい」


 その請願は、まだ正式には受諾していない王命を、先取りするものだった。

 ヒューベルは苦笑しつつ、その申し出を熟慮しているふりをし、間を置いた。そして──

「……。残念ですが、ゴーテ殿。その申し出を、お受けすることはできません」

 頭を下げる武骨な男の頼みを、にべもなく断った。


 男の誇りを容赦なく切り捨てるが如きその返答に、それでもゴーテは頭を下げたまま、今一度申し出る。

「上級騎士ゴーテの下げた頭の価値を、ギルドの長である貴殿は、分かっておられるか?」

 大きいだけでなく、地鳴りのような重低音が、凄みを増す。

「神殿騎士団を退()ける意味。それらを敵とする覚悟はおありか?」

 それはもはや強要、いや、脅迫だった。


「貴方こそ、覚悟はお持ちですか?」 しかし、ヒューベルは一歩も引かず、即座に切り返した。

「私に下された王命への差し出口。しかも、宰相閣下より遣わされた秘書官殿の御前で。その意味を、理解なさっての振る舞いでしょうか?」

 わずかに視線を秘書官へと流し、再びゴーテへと戻す。

 その声は対照的に緩やかでありながら、刃のように研ぎ澄まされていた。

 

 二人の間の空気が軋む。

 ゴーテは動かない。覚悟の通り、頭を垂れたまま、その場に根を張るように微動だにしない。

 対するヒューベルもまた、引く意思を一切見せない。相手の覚悟を測り、その上でなお拒絶している。

 どちらも意思を曲げぬまま、張り詰めた静寂だけが、この応接室を支配した。


 その沈黙を破り、二人を救ったのは秘書官のドゥーエだった。

「──上級騎士ゴーテ殿。貴方が、ウルバンとは旧知の仲であったこと、存じております」

 ひりつく二人の間を、涼やかな風のような声が通り抜ける。


「さぞ、ご無念でございましょう」 わずかに間を置き、言葉を重ねる。

「……ですが、それは貴方だけではありません。一万五千の英霊には、同じ数の母があり、そして家族があった」

 穏やかで、柔らかな声音。だがその内に宿る重みは、誰にも否定のしようがない真実を告げる。


 まるで野獣でもなだめるかのように、彼女は敬意をもって語り続けた。

「──王は、決してこのままで良いなどとは、お考えにならぬはず。であれば……貴方にもいずれ、その無念を晴らす時が与えられましょう」

 そして、言葉を結ぶように、秘書官は頭を垂れる。

「その時にはぜひ、神殿騎士団上級騎士ゴーテ殿のお力、お貸しくださいませ」


 その所作には、命じるでもない、媚びるでもない、信頼を託す意思が込められていた。

 そしてそれは、ゴーテを動かした。


「……このゴーテ、女に恥をかかす下衆にはなれぬ」

 ゆっくりと顔を上げ、まっすぐにドゥーエを捉える。

「しかと引き受けた。その時は必ずや、仇敵を討って御覧にいれる」

 その言葉からは威圧は消え失せ、揺るぎない誓いの響きを宿していた。


 ゴーテは踵を返す。もはや振り返ることはなく、そのまま応接室を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ