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elf:1000 ─千年戦記─  作者: 世葉
第三章 聖地防衛作戦
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第四十六話 それがどうした

 その時――ウルバンの背後で、轟音が轟いた。


 音だけではない、大地を揺るがすような衝撃。空気を押し潰すような振動が、森の枝葉を激しく揺らす。

 兵たちは、そのただならぬ事態に思わず足を止め、背後へと振り返る。


 だが、大将ウルバンだけは違った。

「前を向けェ!!」 怒声が、空気を切り裂く。

「進軍速度を落とすなッ!! 進めェ!!」

 その命令は、兵たちを力ずくで前へと向かせる。動揺をねじ伏せて、再び森を切り開くため斧を取らせた。


 ウルバンは振り返らない。

 彼は決して、前に進むことを止めなかった。断じて、背後を見ようともしなかった。


 誰に言われずとも、分かっている。彼とて、何も察するところがないわけではない。

 ここは敵地――エルフの森。その地を侵攻する我らに、罠が仕掛けられないはずがないのだ。


 ──だが、それがどうした?


 何かが仕掛けられていることなど、初めから織り込み済み。罠があろうと、伏兵がいようと、なんら関係ない。

 神殿騎士団の名の下に、この地を蹂躙すると定めたのだ。ならば、我が両刃の戦斧にかけて、使命を貫き通すのみ。


 背を向けるなど、決して赦されない。赦されるのは、すべてを蹂躙し尽くしたのちの、凱旋のみ。

 それこそが、戦い──それこそが、勝利──それこそが、神殿騎士団──。

 故に、ウルバンは振り返らない。


 そしてついに、彼の進軍は、黄金のトリネコ(ギルデン・アスク)に辿り着こうとしていた──。


 この戦場のいずれの陣営にも、すべてを思い通りに操っている者はいない。そこに、如何なる例外もいない。

 どれほど緻密に編まれた戦略であろうと、現実では必ずどこかに歪みが生まれる。

 一致しない原因と結果。流動的な人の感情。計画との乖離が、戦の帰趨(きすう)を定めるのである。


 人間とオークの共倒れ――それが、アルメリアの描いた理想図だった。

 もし、その通りに事が運んでいたならば、エルフたちにとって、これほど楽な戦いはなかっただろう。


 では、もしウルバンが軍を翻し、背後のオークに対し攻勢をかけていたなら、どうなっていただろうか。

 もし、その選択を取っていたなら、あるいは、シュリンを助けられたかもしれない。

 だが、その行動は同時に、黄金のトリネコに布陣するエルフたちに、背を晒すことを意味する。

 となれば、問題はその後──敵に背を向けた状態で、果たして彼らは、助けた命諸共、生き残れただろうか。


 ──戦場では、救いは、別の破滅を呼び込む。

 唯一、後方を顧みないウルバンの突進だけが、その未来から逃れていたのだ。


 死にゆく敗北者を顧みず、ただ前進するだけの彼の軍が、多くの犠牲を払ってもなお、それでもまだこの戦いで、優位を保つ。

 数で勝るウルバンの軍は、黄金のトリネコを守るエルフたちを、確かに追い詰めていた。


 ──その最後の一本が、鈍い音を立てて倒れた。

 視界を遮っていた木々が消え、ウルバンの眼前に、ついにそれは姿を現す。黄金のトリネコ(ギルデン・アスク)

 だが、その輝きは彼の目には映らない。その目が捉えているのは、待ち構えるエルフの兵。逃げも隠れもせず、その根元に、静かに布陣する。


 この時、ウルバンの軍は初めて動きを止めた。だが、それも斧を剣へと持ち替えるだけの間。次の瞬間──

「突撃ィッ!!」 号令と共に、戦端は開かれた。


 (くさび)型の隊列は、雄叫びを上げ突進する。地面を揺らす鉄の波が、一気に前へと雪崩れ込む。

 重装兵のその先手に対するは、プルサチラ率いる魔法兵。一切動じることなく、彼女の指揮の下、静かに杖を掲げる。

 そして放たれたその後手は、一切情け容赦のない、最大火力の一撃だった。


 光が軋む。連なる閃光は、隊列を呑み込み白に塗り潰す。その圧倒的な破壊力は、彼らの全身鎧など紙切れのように貫いた。

 あの魔王スヴァルトを仕留めた、究極の破壊魔法の一斉射。それが今、この地で再現されていた。


 鉄を貫き、肉を焼き、命を消し飛ばす。誰一人として生き残らない。

 光が消えたあと、立っている者などいなかった。


 だが──止まらない。崩れ落ちた屍を踏み越えて、間髪入れず、次なる兵が楔となって突き進む。

 しかし、それに対する受けにも隙は無い。魔法兵は素早く隊列を入れ替わり、第二射が放たれる。


 何も結果は変わらない。繰り返される死の閃光。盾も、鎧も、意味を成さない。誰もその死神からは逃れられない。


 だが──止まらない。それでも。それでもなお、次なる一歩のために。

 その先に待つ勝利のために、恐怖も、狂気も押し潰し、ウルバンの軍は前進していた。


 第三射。まだ──遠い。兵たちは、何もできないまま死んでいく。

 だが──止まらない。命を消費し、死と引き換えに、間合いを詰める。


 そして、その時は訪れた。

 この愚直な前進が、それこそが、ついに戦場の均衡を打ち破る。

 第四射は、放たれなかった。否、撃てなかった。プルサチラは手を変えざる負えなかった。


 この究極魔法は、その破壊力と引き換えに、法外な魔力を要求する。

 エルフたちは、集団で魔力を共有することで、ようやくこれを使いこなせていた。

 たとえ、魔法に秀でたエルフ381名による交代詠唱であっても、これ以上の消耗は限界だった。


 魔法兵が一歩、退く。入れ替わり、ドリアスを先頭とする剣兵隊が前へ出る。

 だがその数は、彼女を含めても百名にも満たない。千の葉(トゥーセンフリュド)の剣兵は、目の前の敵に対し、あまりに少な過ぎた。


 それは必然でもあった。エルフに、剣士の特性を持つ者が少ないためだ。

 膂力(りょりょく)で劣るエルフが、近接戦闘で敵種族と渡り合うのは難しい。それができぬ者を、運用上の数合わせで増やしたところで意味などないのだ。


 故に、ここに立つのは、剣を取ることを許された者のみ。その腕を認められ、選ばれた者だけが、剣士となる。

 その選りすぐりの剣士たちは、守るためには戦わない。

 その切っ先は、たった一つの覚悟を貫くために、向けられる。


 奇しくも、ドリアスたちは敵と同じく、楔型の陣形を取り、前進を始めた。

 その剣の矛先は、敵の心臓──ウルバンだった。


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