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elf:1000 ─千年戦記─  作者: 世葉
第三章 聖地防衛作戦
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第四十四話 欠けたピース

 ここを守ると決めた日──

 仲間たちが集う会議の場で、アルメリアは緩やかに口を開いた。

「私たちは黄金のトリネコ(ギルデン・アスク)にて、敵勢力を迎え撃ちます。剣兵、魔法兵の大半はここで防衛線を構築します」

 卓上の地図に指を置き示す。しかし、その説明には明らかに欠けたピースがあった。


「それじゃ、私たちが背後に回るのかしら──?」 カシオペが、その”欠け”を問う。

 自分たちの役回りを考えれば、それは当然と言える分担だった。だが──


「いえ──千の葉(トゥーセンフリュド)を半分に割って、一万の兵に挟撃を仕掛けたところで焼け石に水……瞬く間に押し潰されてしまうでしょう」

 アルメリアは、即座に否定した。数の差は、戦術で覆せる範疇を超えている。その言葉には、冷静な重みがあった。


「斥候と弓兵は、森に潜んで頂きます。敵が進軍して来ようと、決して手を出すことなく、ただひたすらに、黙して気配を断って」

 彼女の指先は黄金のトリネコから離れ、その周囲へと滑る。

 しかし、その説明は欠けたピースを埋めるものではなかった。


「……話が見えねぇな」 ドリアスが肩をすくめる。

「俺らだけで戦え──なーんて、言わねぇよな?」 茶化しつつ、その真意を聞いた。


「ええ。言いません」 アルメリアは、わずかに口元を緩める。そして――

「人間の兵一万に対し、迎え撃つのは──魔族の兵です」


 その予想だにしない最後のピースは、この場の誰もの言葉を奪い取った。


 場は凍りつく。誰も、すぐには言葉を返せない。

「……いや、いや、いや! そんな、馬鹿な。魔族が都合よく……無理だろ?」

 誰より早く、ドリアスは失った言葉を取り戻すように、この作戦の荒唐無稽さを捲し立てた。


 口には出さなかったが、ヒースやシレネですら同じ意見だった。

 なぜ魔族が動くのか──。どうやって、そんなことを実現するのか──。

 最後に埋められたピースは、余りに現実味がなかった。


 その中で唯一、アルメリアは落ち着き払って、皆の視線を受け止めていた。

「……皆さんの言いたいことは分かります。ですが、どうか最後まで、私の作戦を聞いて下さい」

 穏やかな声でそう前置きし、真っすぐな瞳で見渡す彼女に、異を挟む者はいなかった。


 視線が集まるのを確認して、アルメリアは言葉を継ぐ。 「それでは、改めて――」

「一概に魔族といっても、その種族や生態、習性などは様々です。その中で、今作戦に求める条件を絞ります」


 すっと、三本の指を順に立てる。

「一つ目。人間の軍を前にしても、臆することなく戦うこと。

二つ目。一万の軍勢と正面から渡り合える戦力を有する種族であること。

三つ目。こちらの仕掛けた策に乗り、この森に誘い出されること」

 簡潔で、無駄のない提示。アルメリアの説明は、こうなることを想定して、事前に整えられていた。


 そして、彼女は自信をもって告げた。 「この三つの条件を満たす種族がいます」

「それは――オークです」 それは淡々と、しかし確信をもって告げられた。


「彼らは獰猛で、数も多く、その巨躯を駆使した肉弾戦を得意とする。一つ目と二つ目の条件は問題ありません」

 よく知られるオークの種族特性。アルメリアの言うことに、間違いはなかった。

「そして、最も重要な三つ目についても、オークの習性を利用すれば実現可能です」

 すでに彼女の作戦への疑念は消え、皆の注目は、彼女の次の話に向けられている。


「オークは獰猛ではありますが、集団で行動し、コミュニティにはルールもあります。そのルールとは主に、群れで行動する上で必要となる規律と制裁。序列であったり、狩猟方法などの合理的な取り決めです」

 それは、オークについて、よく調べ上げていることを証明する流暢な喋り口だった。


「そして、その中に一つ、他の種族にはない特異な性質があります」 人差し指を一本立てる。

 場の空気がわずかに変わり、視線が引き寄せられる。


「彼らは、宝物――特に『(きん)』に対して、異様な執着を示します」

 その言葉に、何人かがわずかに眉をひそめた。

「ええ、人間にもその習性はありますが、オークの執着はその比ではありません。人間にとって金は、富の引換券に過ぎませんが、オークは金そのものに魅入られています」

 そう断言し、アルメリアはさらに言葉を紡ぐ。


「彼らは、一度手に入れた金を、決して手放さない。そう──たとえ、死んでもです」

 その一言に、わずかな沈黙が落ちた。


「……金の魅力で釣る。つまり、オークを傭兵として雇う――ということかしら?」

 呼吸を整えるような短い間に、プルサチラから問いが差し込まれた。


「いえ──」 アルメリアは、即座に首を横に振った。

「そのような契約は、オーク相手には成立しません。それに――その必要もありません」

 静かに目を伏せる。ほんの一瞬だけ。そして、再び顔を上げた。


「人間たちが攻め込んでくる前に、私たちはオークを襲撃し、彼らが持つ金を奪い取るのです」


 場の空気が固まる。その大胆な作戦に、誰もすぐには反応できなかった。

 その中で、アルメリアは構わず続ける。

「彼らは、奪われた金を決して諦めません。よく利く鼻を使い、どこまでも追いかける──」


 一拍。そして最後に、この作戦の核心を示す。

「では、人間たちが森を切り開きながら進軍している最中に、オークたちが私たちを追って同じ森に入り込んだら──さて、どうなるでしょうか?」

 アルメリアは周囲を見渡し、問いを投げかけた。 


 その答えは聞くまでもなく、当然の帰結が予測できた。であったからこそ、誰もすぐには答えなかった。

「……まっ」 皆が沈黙する中、ドリアスが口を開く。

「みんな仲良く森でピクニック……なーんてことには、ならねぇよな」

 彼女のいつもの軽口は、この作戦の意図を理解した返答でもあった。


 アルメリアは、こう締めくくる。

「この作戦の要は、『敵はこの状況を想定し得ない』という一点に尽きます」

 彼女の口調は、これだけ大胆な作戦を考案していながら淡々としていた。

「エルフの森に攻め込んで、背後からオークに襲われるなど、誰が想像できましょうか」

 その続きを、もはや誰も否定しない。


「戦場は混沌(カオス)に呑まれ、状況把握すら困難となり、敵兵は混乱に陥る」

 彼女はその戦場が見えているように話す。そして──

「私たちは、その一瞬を刈り取ればいい」

 否。アルメリアの目には、既に勝利が見えていた。


 皆、アルメリアの作戦の骨子は、理解できた。だがしかし、事はそれほど単純ではない。

「……アルメリア」 ヒースは名を呼ぶ。

「あなたの作戦は分かりました。けれど、オークがどこに宝を隠しているのか、把握しているの?」

 彼女を認めつつ、しかしまだ、この作戦を実行に移すには十分ではなかった。

 成立する前提が一つでも崩れれば、この策は破綻する。そうなれば、机上の空論に過ぎない。


 だが。 「はい──」 アルメリアは迷いなく即答した。

「オークの生息域、支配している部族の規模、その長に至るまで、すべて調査済みです。それらの情報から、財宝の集積地点と防衛戦力は、すでに割り出してあります」

 ヒースの質問への完璧な返答だった。しかも、さらに続きがあった。


「加えて、現在の状況は、この作戦を後押ししています」

「魔王が排されたことで、魔族全体の命令系統は、四魔将の下へと分割されています。それは、獣魔族のように、もともと結束の強い種族であれば問題にはなりません。ですが――オークのような亜人族は違います」

「彼らは種族ごとに強い習性を持ち、元来、画一的な統制を嫌います。魔王という絶対的な強制力を失った今、その結束は明らかに弱体化しています」

「オークが暴走したとしても、予め予見でもしていない限り、四魔将では止めることは出来ないでしょう」


 冷静で綿密な分析。決して思いつきの作戦ではない。それを証明するだけの裏付けを、アルメリアは用意していた。


 ヒースは、ゆっくりと息を吐く。この作戦に対して、否を唱える余地はなくなった。

「……分かりました」 小さく頷く。

「直ちに、オーク襲撃部隊を編成しましょう」

 その言葉を合図に、天幕の空気が一変した。各々が動き出し、ざわめきが広がる。アルメリアの作戦は動き出した。


 その喧騒の中で、リンネはアルメリアの傍らへと歩み寄る。

「アルメリア。こんな作戦をよく思いつきましたね。私とヒースも、いくつか案を考えてはいたのですが、どれも大きな被害を出すことが前提のものでした。でも……貴女の策ならば──」

 アルメリアの参謀としての能力を、率直に褒めた。そして、それだけでは終わらない。

「この作戦は、人間とオークの両軍の行動が、正確に噛み合わなければ成功しない。どちらが早すぎても、遅すぎてもいけない」

 副官として、この作戦を共に背負う者として、その目をまっすぐアルメリアへ向けた。


「何としても成功させるためには、出来る限り精密な予測が必要です。――協力をお願いします」

 その覚悟に、アルメリアは頷く。 「はい──。喜んで」 そこには、一切の迷いはなかった。


 アルメリアの策は、可能性から現実の実体を得る。それは、ここが始まりだった──。


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