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elf:1000 ─千年戦記─  作者: 世葉
第三章 聖地防衛作戦
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第四十三話 時間との勝負

 ……「人間たちは、この黄金のトリネコ(ギルデン・アスク)の森を切り開いて進軍してきます」

 ……「そう、彼らは自ら道を作り、この森に入ってくるのです」

 ……「ええ、ならばぜひ、やらせて差し上げましょう。その道は、彼らの葬列となるのですから……」


 今や、(くさび)型陣形の隊列は、限界まで引き伸ばされていた。

 本来、先頭の突破力と後方の厚みがあってこそ成立する陣形である。だがこの進軍は、その連動を大きく崩れさせてしまっていた。

 その原因は明白だった。大軍が前進に注力し過ぎたために起こった弊害だった。


 大軍が移動する際、先頭での加速は、後方になるほど遅れて伝わる。わずかな速度の差は、列の後ろへ行くほど増幅され、やがて目に見える歪みとなって隊列に隙間を作る。

 どれほど訓練された軍であろうと、それを完全に矯正することは難しい。ましてや、このような常軌を逸した強行軍であれば、なおさらだった。


 魔法兵団へ指示を飛ばすシュリンは、不味い方向に向かっていることを肌で感じていた。

 ウルバンの進軍速度は、魔法兵たちの回復速度を超える要求をしていたのだ。


”嫌な流れだねぇ……” いつものように溜息が漏れるのを、ぐっと堪える。

 進軍する中で全体を捉えながら、このままでは、敵と対峙する前に、こちらが消耗しきる事態を予感すらしていた。


 その状況の中で、彼女は最悪を避けるため、苦渋の決断をする。


「……アンタんとこの前線組を下げて、温存しな」 信頼する部下数名に、囁くように告げる。

 ここまでやってきた魔法兵たちを順番に入れ替えるのを止め、戦闘に長けた隊を休ませ、魔力を温存させたのだ。

 それは全体を守るため。全員の魔力が尽き、共倒れとならないようにするためだった。

 だが当然、そのしわ寄せは他の者へとのしかかる。戦場で魔力の尽きた魔法兵がどうなるかなど、言うまでもないことだった。


 指示はすぐに伝わり、隊列の中で小さな再編が始まる。

 だが、それでも全体の歪みは消えない。いや──むしろ、その点で言えば、シュリンのやったことは逆効果だった。


 隊列の後方。そこには、前線から取り残された者たちが、次第に集まり始めていた。

 本隊から距離の開いた兵士。そして、魔力をほとんど使い果たした魔法兵。まとまりきらないまま、緩く滞留するその塊は、隊列の背後に生じた、歪な空白だった。

 そして、その空白こそが、致命的な隙となりつつあった──。


 ……「私たちは、黄金のトリネコに防衛線を構築します」

 ……「剣兵、魔法兵の大半はこの地で、敵勢力を迎え撃ちます」

 ……「万の軍勢に対し、千の葉(トゥーセンフリュド)の約半数での防衛戦……」

 ……「この戦いは、時間との勝負となります」


 その異変に気付いたのは、最後列の部隊だった。


 地響きが聞こえる──最初は、前線がさらに勢いを増したのかと思った。

 だが、次に聞こえてきた声が、それを間違いだと気付かせた。

 その声は、雄叫びには違いなかったが、明らかに人間のものではなかったのだ。


「……なんだ?」 その声に、思わず振り返った。

 視線の先──自分たちが切り開いた森の入り口は、切り倒された木々が捨て置かれ、あちこちから煙が上がっている。

 その木々の向こう、煙に紛れ、黒い塊のようなものが揺れている。


「……おい、あれ」 隣の奴に声を掛ける。

 目を凝らしてみる。見間違いじゃない。その黒い塊は動いていた。いや──こちらに押し寄せてきている。


「おい……! おい! おいっ!」

 俺よりも、隣の奴の方が慌て出す。援軍、であるはずがない。そんな接近の仕方じゃない。エルフとも違う、奴らはあんなにデカくない。

 それは明らかに、未知の迫り来る敵だった。


「おいっ! 周囲の兵士と、魔法兵にも声を掛けて集めろっ! ここに防御陣を作る。背後の敵を迎え撃つぞっ!」

「…………」 呆ける仲間に、声を荒げる。 「──早くしろっ!」


 やるしかなかった。王国軍の一般兵でしかない俺は、指揮できるほど階級が高い訳じゃなかったが、ここにいる者たちで戦うしかなかった。

 できることなら、逃げ出したかった。だが、逃げ場はない。皮肉なことに、自分たちが切り開いた道が、敵の通り道になっていた。


 仲間と陣形を組む。兵士が盾を構え、後方に魔法兵を揃え、敵の襲撃に備える。

 地響きは増々大きくなる。それにつれて、敵の影も大きくなる。そして、この眼に敵の正体が飛び込んだ。


 その足元では、俺たちが切り倒した木が、簡単にへし折れた。太い幹が、まるで枝のように弾け飛ぶ。

 人間を遥かに超える巨躯。隆起する筋肉、土に生える苔色の肌。牙を剥き、目を血走らせ迫る、化け物。


「オ、オーク……!」 誰かが声を震わせた。

 皆、いや、俺も体が震えていた。その敵の姿に、そしてその敵の数に。


 でも、やるしかなかった。だが……戦いにすらならなかった。


 迫り来るオークに、魔法兵が攻撃魔法を放つ。しかし、まったくものともしない。魔力の尽きかけた攻撃などでは、奴らの進軍は止まらない。

 オークの軍団に対し、俺たちの防御陣など紙切れのようなものだった。

 オークの突進を、盾で止めることなどできず、それどころか、剣を交わすことすら叶わず、奴らは俺たちを、踏み潰していった──


 ……「ええ。この戦いは、人間が黄金のトリネコまで辿り着くのが早いか──」

 ……「オークが人間たちに追いつくのが早いかどうかの、時間との勝負です」


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