第四十話 超獣同盟
──「相変わらず、騒がしいことだ」 突如として、声が軋んだ。
この玉座の間に、他の者の気配など一切ないはずだった。四姉妹にとって、それは疑う余地などなかった。
だが――声だけが確かに響く。
その刹那、四姉妹の視線は一斉に、その一点へと収束する。気配も、匂いすらしないその場所へ、獣魔の脚を跳ね上げる。
唯一の手掛かりであるその声の発生源を、一瞬で四姉妹は無言のうちに取り囲んだ。
「騒ぎを起こす気はないのだがな」 柱の陰が揺らぐ。
その声と共に、沈んでいた闇が、ぬるりと剥がれるように輪郭を得た。それは黒は黒のまま、しかし黒い影として、そこに立ち上がる。
――侵入を許した。四姉妹にとって、その事実だけで十分だった。何者であろうと関係ない。この玉座を守る者として、明らかな失態。
それを償うため、四姉妹に静かな緊張が走る。
四方向から逃げ場を断たれてもなお、影は身揺るぎもしない。
呼吸すらしていないかのように完全に停止したまま、四人の殺気が重なる中心点に、ただ佇んでいる。
その姿に、焦れているのは四姉妹の方だった。
四人に囲まれ、警戒も、逃走もしない獲物などこれまでいなかった。その未知の姿に、警戒せざる負えないのは、彼女たちの方だった。
緊張と共に、吐く息が止まる。姉妹の爪が、かすかに怪しい光を帯びた。
その光が臨界する一歩手前―― 「待て──」 ジレンの声が響いた。
たったそれだけの命令に、四姉妹は一切の逡巡なく動きを止める。殺気を収め、だが、侵入者は見据えたまま、一歩引いた。
一斉に静かに控える一連の動きに、乱れはない。
「なるほど。躾はなっているようだ」 影は、淡々と呟いた。声色からは称賛とも、皮肉ともつかない。
「ノーリュース。何をしに来た」
歓迎などない。この無礼極まりない乱入を咎めるでもない。
ただ、このような真似を、意味もなくする男ではない。ただそれだけの既知をもって、ジレンは問うた。
「──余計な挨拶など、時間の無駄でしかない。用件を、単刀直入に言おう」
ノーリュースもまた、それ以外の無駄を嫌った。
「金色のジレンよ。私と手を組むつもりはないか──?」
その提案はあまりにも唐突で、予想だにしないものだった。
控える四姉妹たちの表情が歪む。露骨ではないとはいえ、拒絶と警戒が、無言のままに滲む。
「なぜだ?」 ジレンの問いは短い。
それらすべての疑念と関心を、すべてを一語に押し込めていた。
「私はただ、生き延びたいのだよ。この、魔王のいない世界でも──」
間を置かず返ってきたのは、それだけだった。
あまりにも単純で、あまりにも要点を削ぎ落し過ぎた理由。
ジレンは、わずかに目を細める。 ”そのために俺と組む、か……”
数瞬の思考を巡らせる。だが、ノーリュースの理屈は読めなかった。
ゆえに、問う。 「なぜ、俺なのだ?」 再び。
影が、かすかに揺れた。笑ったのかどうかすら判然としない、曖昧な気配。
「ふふ。簡単なことだよ。お前は、人間とエルフ、戦うならどちらを選ぶ?」
逆に、問いが投げられる。それは無駄を嫌うノーリュースとは思えぬ、くだらぬ問いかけだった。
だがしかし、それはジレンに沈黙を招いた。
今、叩くべきはどちらか──それは単純な選択ではない。
魔王も勇者も死んだ今こそが、混乱に乗じて人間側に攻め入る絶好の好機──そう考えることはできる。
だが、もしエルフの狙いが、人間と魔族を互いに争わせ、消耗させることにあるのなら……。
──思考が巡る。問いは軽い。だが中身は、重い。どちらを選んでも、どちらに背を向けることになる。
そのわずかな沈黙に、口を開いたのはノーリュースの方だった。
「……だからだよ。どちらと戦うか迷うから、お前と組むのだ」
「信頼──などというもので測るなら、ペルガメントも挙がるだろう。だが、あれはダークエルフだ。この問いに迷いはしない」
そう続けて、断じる。 「──それでは、意味がない」
そこまでの言い分はジレンも理解するところだった。だが、まだ核心には至らない。しかし、それもすぐに氷解する。
「私は生き残りたいのだ。そのためには、その時々で“必要な選択”ができなければならない。それができぬ者は、いかに裏切らずとも、枷にしかならん」
ようやく、すべてが繋がった。 ”……なるほどな”
道理が繋がれば単純だった。固定化された信念などいらず、状況に応じて最適を選ぶ──ただそれだけの理屈に、無駄を嫌う奴らしいと、ジレンは一笑する。
「ふん……お前はもっと、個人主義に凝り固まった奴だと思っていたがな」
皮肉半分のその言葉に、ノーリュースは一切を包み隠さず、本音で返した。
「できることなら、そうしておりたいよ。他者との同調など、吐き気を催す」
自分からの提案に、嫌悪を隠さぬその態度。その潔さに、ジレンは目を細める。
”……だが、滅びるよりはまし──か”
その真意は徹底的な打算──だが、その打算が成立する間は裏切らぬ、という証になる。
ノーリュースの提案は、ジレンにとっても悪い話ではなかった。
魔族の勢力が四つに割れたままでは、各々の戦力は脆い。人間側に魔王の死が知れ渡れば、四魔将の各個撃破に動き出すことは十分に考えられる。
そうなってから慌てていては、遅い。
だが、二つの勢力が同調して動くのなら、窮地を逆手に取り、敵の背後を取ることも出来る。
魔族同士で、そのようなことが本当にできるのならば──だが。
「では、同盟を結んだとして――お前は俺に何を望む?」 ジレンは、最後に一つ問う。
ノーリュースは即答する。 「何も」
「こちらから動いて、同盟を誇示する必要などない」
「敵が手を伸ばした、その時に――上と下から挟み込み、その腕を根元から喰い千切ってやればいい」
それだけで足りる、と。計画も、宣誓も必要ない。その内に、同じ打算があれば成立する──か。
ジレンは、しばし無言でその言葉を受け止めた。
そして── 「……わかった」 ただそれだけ告げた。
もし四魔将が完全に同調して動けるのであれば、勇者なき今こそ、人間側へ攻め入る好機といえるだろう。
だが――あの女がわからぬ以上、その行動は自らの首を絞めかねない。
この同盟は、二人で組んで魔王の座を狙う、という盟約ではない。
ただ、今この時を、生き延びるための最善策。それだけだ。
”ノーリュース。己の野心すら削ぎ落した、現実主義の男か……”
内心で呟き、ジレンはわずかに口元を歪める。
そのときだった。
ぬるり、と。影が、現れた時と同じように、輪郭を曖昧にしていく。
すでに目的は果たされ、他は何もいらぬと、別れの言葉も残さずに、影は消えた。ただ、後に沈黙だけを残して。
四姉妹は、ノーリュースが居たはずの場所に歩み寄る。
それが無駄だと分かっていても、何も無い虚空を、その爪で切り裂いた。
ジレンは玉座に腰を下ろし、ゆっくりと息を吐く。同盟は結ばれた。誓約も、証も、何一つないままに。
その視線は先を見据える。それを必要としない、この超獣同盟の脆さと、そして強さを──。




