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elf:1000 ─千年戦記─  作者: 世葉
第三章 聖地防衛作戦
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第四十話 超獣同盟

 ──「相変わらず、騒がしいことだ」 突如として、声が軋んだ。


 この玉座の間に、他の者の気配など一切ないはずだった。四姉妹にとって、それは疑う余地などなかった。

 だが――声だけが確かに響く。

 その刹那、四姉妹の視線は一斉に、その一点へと収束する。気配も、匂いすらしないその場所へ、獣魔の脚を跳ね上げる。

 唯一の手掛かりであるその声の発生源を、一瞬で四姉妹は無言のうちに取り囲んだ。


「騒ぎを起こす気はないのだがな」 柱の陰が揺らぐ。

 その声と共に、沈んでいた闇が、ぬるりと剥がれるように輪郭を得た。それは黒は黒のまま、しかし黒い影として、そこに立ち上がる。


 ――侵入を許した。四姉妹にとって、その事実だけで十分だった。何者であろうと関係ない。この玉座を守る者として、明らかな失態。

 それを償うため、四姉妹に静かな緊張が走る。


 四方向から逃げ場を断たれてもなお、影は身揺るぎもしない。

 呼吸すらしていないかのように完全に停止したまま、四人の殺気が重なる中心点に、ただ佇んでいる。


 その姿に、焦れているのは四姉妹の方だった。

 四人に囲まれ、警戒も、逃走もしない獲物などこれまでいなかった。その未知の姿に、警戒せざる負えないのは、彼女たちの方だった。

 緊張と共に、吐く息が止まる。姉妹の爪が、かすかに怪しい光を帯びた。


 その光が臨界する一歩手前―― 「待て──」 ジレンの声が響いた。


 たったそれだけの命令に、四姉妹は一切の逡巡なく動きを止める。殺気を収め、だが、侵入者は見据えたまま、一歩引いた。

 一斉に静かに控える一連の動きに、乱れはない。


「なるほど。躾はなっているようだ」 影は、淡々と呟いた。声色からは称賛とも、皮肉ともつかない。


「ノーリュース。何をしに来た」

 歓迎などない。この無礼極まりない乱入を咎めるでもない。

 ただ、このような真似を、意味もなくする男ではない。ただそれだけの既知をもって、ジレンは問うた。


「──余計な挨拶など、時間の無駄でしかない。用件を、単刀直入に言おう」

 ノーリュースもまた、それ以外の無駄を嫌った。

「金色のジレンよ。私と手を組むつもりはないか──?」

 その提案はあまりにも唐突で、予想だにしないものだった。


 控える四姉妹たちの表情が歪む。露骨ではないとはいえ、拒絶と警戒が、無言のままに滲む。

「なぜだ?」 ジレンの問いは短い。

 それらすべての疑念と関心を、すべてを一語に押し込めていた。


「私はただ、生き延びたいのだよ。この、魔王のいない世界でも──」

 間を置かず返ってきたのは、それだけだった。

 あまりにも単純で、あまりにも要点を削ぎ落し過ぎた理由。


 ジレンは、わずかに目を細める。 ”そのために俺と組む、か……”

 数瞬の思考を巡らせる。だが、ノーリュースの理屈は読めなかった。


 ゆえに、問う。 「なぜ、俺なのだ?」 再び。


 影が、かすかに揺れた。笑ったのかどうかすら判然としない、曖昧な気配。

「ふふ。簡単なことだよ。お前は、人間とエルフ、戦うならどちらを選ぶ?」

 逆に、問いが投げられる。それは無駄を嫌うノーリュースとは思えぬ、くだらぬ問いかけだった。


 だがしかし、それはジレンに沈黙を招いた。

 今、叩くべきはどちらか──それは単純な選択ではない。

 魔王も勇者も死んだ今こそが、混乱に乗じて人間側に攻め入る絶好の好機──そう考えることはできる。

 だが、もしエルフの狙いが、人間と魔族を互いに争わせ、消耗させることにあるのなら……。


 ──思考が巡る。問いは軽い。だが中身は、重い。どちらを選んでも、どちらに背を向けることになる。


 そのわずかな沈黙に、口を開いたのはノーリュースの方だった。

「……だからだよ。どちらと戦うか迷うから、お前と組むのだ」

「信頼──などというもので測るなら、ペルガメントも挙がるだろう。だが、あれはダークエルフだ。この問いに迷いはしない」

 そう続けて、断じる。 「──それでは、意味がない」


 そこまでの言い分はジレンも理解するところだった。だが、まだ核心には至らない。しかし、それもすぐに氷解する。

「私は生き残りたいのだ。そのためには、その時々で“必要な選択”ができなければならない。それができぬ者は、いかに裏切らずとも、枷にしかならん」


 ようやく、すべてが繋がった。 ”……なるほどな”

 道理が繋がれば単純だった。固定化された信念などいらず、状況に応じて最適を選ぶ──ただそれだけの理屈に、無駄を嫌う奴らしいと、ジレンは一笑する。


「ふん……お前はもっと、個人主義に凝り固まった奴だと思っていたがな」

 皮肉半分のその言葉に、ノーリュースは一切を包み隠さず、本音で返した。

「できることなら、そうしておりたいよ。他者との同調など、吐き気を催す」


 自分からの提案に、嫌悪を隠さぬその態度。その潔さに、ジレンは目を細める。

”……だが、滅びるよりはまし──か”

 その真意は徹底的な打算──だが、その打算が成立する間は裏切らぬ、という証になる。


 ノーリュースの提案は、ジレンにとっても悪い話ではなかった。

 魔族の勢力が四つに割れたままでは、各々の戦力は脆い。人間側に魔王の死が知れ渡れば、四魔将の各個撃破に動き出すことは十分に考えられる。

 そうなってから慌てていては、遅い。

 だが、二つの勢力が同調して動くのなら、窮地を逆手に取り、敵の背後を取ることも出来る。


 魔族同士で、そのようなことが本当にできるのならば──だが。


「では、同盟を結んだとして――お前は俺に何を望む?」 ジレンは、最後に一つ問う。


 ノーリュースは即答する。 「何も」

「こちらから動いて、同盟を誇示する必要などない」

「敵が手を伸ばした、その時に――上と下から挟み込み、その腕を根元から喰い千切ってやればいい」


 それだけで足りる、と。計画も、宣誓も必要ない。その内に、同じ打算があれば成立する──か。

 ジレンは、しばし無言でその言葉を受け止めた。

 そして── 「……わかった」 ただそれだけ告げた。


 もし四魔将が完全に同調して動けるのであれば、勇者なき今こそ、人間側へ攻め入る好機といえるだろう。

 だが――あの女(ソルヴ)がわからぬ以上、その行動は自らの首を絞めかねない。


 この同盟は、二人で組んで魔王の座を狙う、という盟約ではない。

 ただ、今この時を、生き延びるための最善策。それだけだ。


”ノーリュース。己の野心すら削ぎ落した、現実主義の男か……”

 内心で呟き、ジレンはわずかに口元を歪める。


 そのときだった。

 ぬるり、と。影が、現れた時と同じように、輪郭を曖昧にしていく。

 すでに目的は果たされ、他は何もいらぬと、別れの言葉も残さずに、影は消えた。ただ、後に沈黙だけを残して。


 四姉妹は、ノーリュースが居たはずの場所に歩み寄る。

 それが無駄だと分かっていても、何も無い虚空を、その爪で切り裂いた。


 ジレンは玉座に腰を下ろし、ゆっくりと息を吐く。同盟は結ばれた。誓約も、証も、何一つないままに。

 その視線は先を見据える。それを必要としない、この超獣同盟の脆さと、そして強さを──。


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