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elf:1000 ─千年戦記─  作者: 世葉
第三章 聖地防衛作戦
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第四十一話 神殿騎士団

 王命によって下された『エルフ殲滅作戦』は、速やかに実行に移された。

 王国軍、神殿騎士団、そして魔法評議会――それぞれより、エルフを討伐するため集結した兵は、総数一万五千。大軍は王都を発し、エルフの森を目指した。


 それから数日後、国境付近に到着した討伐軍は、これよりの戦いを前に、陣営を設け英気を養う。

 張り巡らされた天幕、絶え間なく行き交う兵、焚き火の煙と、抑えきれない緊張の臭い。

 その様は、すでに一つの都市のような様相を呈していた。


 その一角で――

「……姐さん。今度の敵は、相当ヤバいって聞きやしたが……」

 焚き火を囲む集団の中、男が一人、やけに大きな杖に身を預ける女魔法使いに声を掛けた。


「……そうだねぇ。始祖の魔女プルサチラ。齢七百を越える大魔女様、って話さぁ……」

 杖にもたれかかったまま、視線すら上げずに、気だるげな口調。

「へぇ……そりゃ大仕事だ。これだけの数を揃えるわけだ」

 男は周囲へと目を向け、広大な陣営に張られた天幕の数に呆れる。


「まったくねぇ……」 女は大きなため息をつく。

「どれだけ腕の立つ魔法使いだって、何十人にも囲まれりゃ、ひと溜りもないってのにねぇ……」

 間もなく始まる戦いを前に、女からは一切覇気というものは感じられない。

 だが、その声音には恐れや諦めよりも、戦場を知り尽くした冷淡さが漂っていた。


「シュリンの姐さんの相手なんざ……あっしは、味方が百人いても御免被りたいです」

 男は苦笑混じりに言う。だが、それは偽りのない本音だった。その発言を囲む者たちが一斉に笑った。

 男たちが向ける彼女への信頼は、女の態度からは想像もできないものだった。


 魔法評議会に属する魔法使いは、その役割を大きく二つに分けられる。

 一つは、議長のテュッテバルを筆頭とする文官たち。彼らは、魔法の理論研究、機能発展などを司る。

 対して、ここに集結しているシュリンを隊長とする武官たちは、戦うための魔法の実戦部隊であった。


 彼女らには知らされていない。エルフが勇者を殺した事実も。この戦いが起こった理由も。

 与えられたのは、”エルフを殲滅せよ”という命令と、敵戦力の情報のみ。

 だが、シュリンたちにはそれで十分だった。

 理由など、彼女の大杖の前では、あまりに軽く、視界にすら入らない程度のことだった──。


 そして、この広い陣営の中にあって、唯一、この戦いの“理由”を知る者たちがいる。

 彼らは、ひと際大きく設えられた天幕の中で、その理由を果たすための作戦会議を開いていた。


「──まずは、エルフの森を切り開き、進路の確保をせねばなりません」

 落ち着き払った声音で、卓に並ぶ騎士たちを前に、一人の従士が口を開く。


「作業兵が木を切り倒している間、その周囲を重装歩兵が盾を並べて包囲し、飛来する矢からこれを守ります。時間は掛かりますが、最も確実で、安全な方法です」

 指し棒が卓上に広げられた地図をなぞり、森の外縁部を指し示した。


「……火を放てば、より簡単ではないか?」

 理路整然とした説明に対し、一人の王国騎士が疑問を呈した。

「火魔法や火矢で森ごと焼き払えば、手間もかからぬ」


 それは確かに、一見合理的ではあった。だがその言葉には、戦いを知らぬ者の軽さがあった。

 従士はわずかに目を伏せる。身分の違いを前に、どういう言葉で伝えるかを思案し、間が空いた。


「……この森の生木は、そう容易く燃え広がるものではありません」

「仮に燃え上がったとしても、その炎を我々の都合よく制御することは不可能です。風向き一つで戦場は一変し、最悪の場合、その炎は敵に利することとなりましょう」

 そして、姿勢を整え、最後に一言添える。 「……その案は、極めて危険であると判断いたします」


 明確に断じた進言に、会議の空気がわずかに引き締まる。そして、一拍の間のあと、従士はさらに言葉を継ぐ。

「今回の敵はエルフです。彼らの精霊魔法、そして弓術は確かに脅威となります」

 従士の視線が、卓を囲む騎士たちを順に見渡した。

「――ですが、それがいかに優れていようと、圧倒的な数の差を覆すことはできません」

 そこには、戦いを知る者の揺るぎない確信がある。


「我々は慌てる必要はありません。森という、彼らが絶対の優位を誇る環境を、少しずつ切り崩してやればいいのです」

 指し棒が森の外縁から、ゆっくりとその最奥へと流れる。

「視界を開き、逃げ場を奪い、数で圧すれば、ただそれだけで、エルフたちは正面の敵に抗う術がなくなります」


 そして、最後に再び姿勢を正してこう言った。 「戦わずして、エルフは白旗を上げることでしょう」


 結びの言葉に、誰も異を唱えなかった。騎士たちは皆、それぞれに納得した様子で頷き合う。

「──ウルバン殿」 一人の男が、卓の奥に座す大将へと身を寄せ、低く囁いた。


「……うむ」 その声に、重々しく顔を上げる。

「エルフの兵など、どう見積もっても三千にも満たぬ数という。ならばその作戦、合理的で隙が無いといえよう」

 上級騎士ウルバンは重い口を開き、その作戦内容を認めた。だが、その視線は、刃のように鋭く従士を射抜いていた。


「だが──貴殿は一つ、思い違いをしているな」 その重く、冷たい声音が場を凍らせる。


 従士は息を呑む。そして、一瞬の思案を挟み、ウルバンは口を開いた。

「……よかろう、従士殿に一つ、教えてやろう」

 そう言うと、彼は懐より文を取り出し、従士の前に置いた。それは小さく、幾重もの折り目の入ったもので、ただこう書かれていた。


”かの森にて待つ。勇者ヴィートと同じ運命をくれてやる”


 それに従士が目を通すと同時に、ウルバンは言い放つ。 「──奴らが勇者を殺したのだ」 

 その言葉に、従士は固まる。その優秀さ故に、本来自分が知るべきではない事実に言葉を失った。


 だが、そんな従士の心情になど、ウルバンは構わなかった。むしろ、その沈黙を当然のものとして、言い聞かせるように話す。

「我らの名誉に泥を塗ったのだ。あのエルフどもは……。そのような輩の白旗など、断じて認めんよ。これから行うのは戦いですらない、一方的な蹂躙、虐殺だ──」


 その声は、冷徹さよりも重く黒い色が滲んでいた。

 怒りとも、侮蔑とも違う感情の、息苦しい熱を発し、誰も、何も言えなかった。

 合理も、戦術も、ウルバンは意味を見出さない。勝利が目的ではないのだから。

 たとえ一人となっても、彼は戦い続けるだろう。神の名の下に、断罪するために。


 これこそが正に、神殿騎士団の本来の姿である──。


 ──重苦しい沈黙が満ちる天幕の外側で、焚き火の炎を瞳に映しながら、シュリンは呟く。

「始祖の魔女プルサチラか……。アタシも、損な役回りを引き受けたもんだ……」

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