第三十六話 処刑の作法
「――貴殿は、そのエルフの計画に、いかなる手を講ずるおつもりか」
沈黙を破り、クローペルはヒューベルに問う。
それは議論のためではなく、考えを曝け出させるためのものだ。
数瞬の思索。ヒューベルは、わずかに目を伏せる。
「……手、と呼べるほどのものはございません」 その声音は揺らぐことなく、軽い。
「ただ──彼らの目的も分からぬままでは、折角講じた手も無駄になりかねません。であれば──」
視線はクローペルから円卓に滑る。 「まずは話し合いをしてみては?」
その瞬間、空気が鋭く裂けた。 「……話し合い、だと?」
それに応じたのは、クローペルではなく、ショルテだった。
彼女の視線が、まっすぐにヒューベルを射抜く。
「貴様は、我らが流した血を穢すつもりか……」
低く押し殺した声。だが、その奥にあるものは隠しきれない。
「同胞の血は、仇敵の血によってのみ贖える」
まるで敵を前にしたような、剥き出しの敵意が向けられる。
「どうしても話し合いを望むというのなら、我らが首級を奪ってこよう。それとでも語らうがいい」
一言一言が、断罪するかのように重く落ちる。ショルテは信仰にかけ、一切退く気はない。
彼女から殺意の刃を喉元に突き付けられながらも、ヒューベルは一切動じなかった。
むしろその言葉は、ますます羽のように軽くなる。肩をすくめ、軽く頷き、口元を緩める。
「どうせ奪って来られるのなら、首級ではなく、ぜひ生け捕りにして欲しいものです。エルフの女性は皆、見目麗しいと聞き及びますので──」
そして、最後に一言添える。 「まあ……。貴女ほどでは、ないかもしれませんが」
最後の余計な一言は、明らかに一線を超えていた。
空気が軋む。騎士の誇りを皮肉で返され、場は一瞬で凍りつく。
「勇者殺しは、周到な準備によって為されたものである──」
その緊迫した二人の間を、意にも介さぬように、ゆるりと低い声が通り過ぎる。
「であるなら、その後の展開も計画された内にある」
テュッテバルの視線が、ヒューベルへと向けられた。
「ふん……その演繹は、確かに筋が通っておるようにもみえる」
顎に手を置き、思案するように目を細め、声がほんの僅かに沈む。
「だが──未来とは常に不確定である。この真理に立つならば、その理屈は強弁に過ぎるのではないか?」
横から入った彼の探求の一手に、結果的に救われたヒューベルは、その問いに真摯に応える。
「……ええ、その通りでございます」
姿勢を正し、素直に認める。だが、退かない。
「ですからこそ――その“不確定”を埋めるために、話し合いという手段を提案しているのです」
先ほどまでの軽口とは違い、声音は落ち着いている。
だが、テュッテバルの探求は、そこで止まらない。
「ふむ……」 息をつくと、視線がわずかに鋭さを帯びる。
「であれば、何も“話し合い”に拘る必要はあるまい。むしろ、軍を差し向けた方が、証明はよほど容易であろう」
「――そうは思わんかね?」
その言葉は、感情を必要としていない。ただ、手段の合理性のみが置かれている、静かな問いかけだった。
ヒューベルは、初めてわずかに言葉を詰まらせた。
「……そう、言えるかもしれません」
認めつつ、しかし、そのまま飲み込まれることはない。
「ですが――私は御三方と違い、“軍隊”と呼べるものを持ち合わせておりませんので、その場合は、事が済んでからお声かけください」
小さく肩をすくめる仕草には、口元にいつもの軽い笑みが戻ってきていた。
このような暴挙に出たエルフの運命は、すでに定まっている。その点において、この場の四名に意見の相違はない。
故に、この円卓会議の論点は、ただ一つ──話し合いをしてから殺すか、殺してから話し合うか。
いかなる手順で遂行するか、その作法を協議をしているに過ぎない。
やがて、場の落ち着きを見計らい、クローペルが口を開いた。
「諸卿の見解は分かった」 短い言明。に対し、一拍挟む。
「……だが依然として、エルフの軍の所在は掴めておらぬ。とはいえ、手当たり次第に森を焼き払うわけにもいかぬ」
声音は淡々と、しかしそこにある懸念は、払拭し難い。
「諸卿に、打開の策はあるか――?」
その問いに、間を置かず応じたのはテュッテバルである。
「勇者一行の生き残りが、興味深い証言を残しておる」
指を組み、わずかに視線を落とし、低い声をより低くして語り出す。
「襲撃を受ける前に、自分たちはプルサチラの住居へと招かれた、と」
「無論、それが真に住居であったかは、今となれば疑わしい。だが、その地は濃密な神秘に溢れた森であったらしい」
「エルフが危険を冒し接触を図ったのは、勇者の弱点を探るためであろう。であるならば、用意したその場は、勇者から信頼を得るものでなければならん」
ゆるやかに顔を上げる。
「──それを合わせて考えれば、その森はエルフにとって、特別な意味を持つ聖地であると推察できよう」
クローペルは、その進言を受け、一度静かに目を伏せる。
思案のためのしばらくの沈黙。そして、ゆるやかに目を開いた。
「――よろしい。では、ここに王名をもって、諸卿に告げる」
そのたった一言は、場の空気を変える。
「王国は、此度のエルフの蛮行を決して赦さぬ」 声音は硬く引き締まる。
「よって国軍、並びに神殿騎士団、魔法評議会師団の軍勢をもって、エルフの森への進軍を命ずる」
ここに、王の代理人として、秩序の番人として、クローペルは執行権を行使する。
誰一人、これを拒否する道理も、権利も有していない。




