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elf:1000 ─千年戦記─  作者: 世葉
第三章 聖地防衛作戦
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第三十五話 円卓会議

 大陸は、人と魔が千年にわたり争い続ける戦場であった。

 人類を滅ぼす魔王──

 魔王を討つ勇者──

 この千年の戦いに名を残し、散っていった者は数知れない。

 だが、どれほどの英霊の名を連ねても、戦いが終わることはなかった。


 今その歴史に、エルフの千人の兵『千の葉(トゥーセンフリュド)』の名が刻まれた。

 魔王を殺し、そして勇者も殺したエルフたち。

 その目的は、歴史への挑戦か、それとも世界への報復か──未だ、誰にも分からない。

 

 しかし、この一事が残した爪痕は深い。

 残された者たちの誇りを引き裂き、ある者には屈辱を、ある者には憤怒を刻みつけた。

 その激情はやがて牙を剥き、確実に彼女たちへと迫るだろう。


 だが、歴史はまだ、その結末を知らない──



 白霧の谷の戦いから、ほどなく──

 勇者の死が、王国へともたらされると、王はただちに円卓会議の招集を命じた。


 王命を受け、会議の構成員たる各勢力の代表が王都へと集う。

 本日の議題はただ一つ。勇者を殺したエルフたちの処遇。


 この円卓会議を取り仕切るのは、王の代理人たる宰相クローペル。

 その右手には、神殿騎士団総長ショルテ。

 対して左手には、魔法評議会議長テュッテバル。

 そして向かいには、大陸商人ギルド代表ヒューベルが座す。


 この四名が一堂に会することは、極めて稀である。

 数年ぶりとなる再会を果たす者もあったが、それを喜ぶ者はいない。この招集が何を意味し、何をもたらすのか、みな理解しているのだ。


 円卓会議が開かれるとき──それはすなわち、(とき)を刻む世界の歯車を調律し、狂い始めた運命の歩度(ほど)を、正道へと回帰させるときである。

 その調律には、古くなり壊れた部品を、新たな鋼へと入れ替える、修繕作業を必要とする。


 重厚な扉が閉ざされる。

 それは外界からの封印のように、中を完全に遮断し、その気配を探ることすら許さない。

 扉が完全に閉じるまで、円卓の間には、静謐と呼ぶにはあまりにも重い沈黙が満ちる。


 宰相クローペルは、一人静かに立ち上がる。

 そして、円卓会議の開始を知らせる宣誓を詠み上げた。


「──ここに、王命のもとに集いし諸卿(しょきょう)に告げる。

我らは今より、円卓の議を開く。


この卓においては、身分の高低を離れ、ただ国のために言葉を尽くすべし。

虚言を退け、私情を捨て、真実と理にのみ従え。


この場にて交わされた言葉は、王の耳へ直接語ると思え。

君主を穢し、秩序を乱す者、その命と名において責を負うべし。


いま、王の名において、円卓会議の開議を宣す」


 胸に手を当て、クローペルは粛然と宣誓文を暗唱した。

 古式に則ったその文言は、一語の淀みもなく紡がれ、静まり返った円卓に溶ける。

 三名は席に着いたまま目を閉じ、その言葉に耳を傾けていた。


 やがて宣誓が終わる。最後の一句が静かに落ちると同時に、クローペルは何事もなかったかのように席へと戻った。

 同時に、三人はゆるやかに目を開く。


「――遠路、ご足労いただいた。諸卿」

 クローペルの声音は穏やかでありながら、感情の起伏を削ぎ落とした、冷ややかな均質さを帯びていた。

 礼を述べる言葉ではありながら、そこには感謝の意味はない。


「このような形で円卓会議を開かねばならぬこと、誠に遺憾である。だが……」

 わずかに言葉を区切り、場を測る。

「我々が置かれた状況は、看過し得ぬと認めざるを得ん。ゆえに本日は、この場をもってぜひ、諸卿の見解を尋ねたい」

 その視線が、ゆるやかに円卓を巡る。誰を指すでもなく、均等な重みを持って。


 最初に応じたのは、神殿騎士団総長ショルテであった。

「――まず、最初に申し上げる」 彼女の目は、誰を見るでもなく、まっすぐに前を見据える。


「我々は、一切揺らいでいない。たとえ勇者が討たれたようとも、それはたかが騎士一人の死に過ぎない」

 その言葉からは、大義のために命を投げ捨てる強固な意志が覗く。

「神殿騎士団に臆した者は、一人としていない。この報復は必ず果たす」

 同時に、神殿騎士団の結束の強さの宣誓だった。


 勇者の死。それは大陸史において、何度となく繰り返されてきた悲劇である。

 人類のため、魔王と戦い命を散らす。その英雄譚を謳う詩は、歴代の勇者の数だけ存在する。 

 しかし、エルフの手に掛かった勇者を謳う詩は未だ無い。


 神殿騎士団総長ショルテ──その地位からは想像もできない、誰もがうらやむほどの美貌をたたえた、うら若き乙女。

 しかしその内には、外見からは想像も出来ぬような、信仰と規律にすべてを捧げた絶対の意志を宿している。


 続いて、彼女の熱を呑み込むように、低く地を這う声が円卓に落ちた。

「──とはいえ、魔王に対し、いかなる策を講ずるおつもりかな?」

 視線はショルテを見据え、ただ言葉だけが滑るように差し込まれる。

「勇者を失ったのみならず、聖剣は折られ、奪われたと聞き及んでおる。もとより、あれは勇者以外に扱えぬ代物とはいえ……これでは、次なる勇者を立てることすら叶いますまい」


 魔法評議会議長テュッテバル。年相応の老いた声には、決して場に流されぬ理が満ちている。


 ショルテの瞳が、わずかに細まる。だが、間を置かず、即座に言葉を返す。

「であればこそ、我々は最優先に、エルフどもを殲滅をすべき、と進言する」

 決して感情的に言い返したのではない。そこには騎士団としての戦略があった。


「確かに、勇者は不覚を取った。だが、エルフが軍を成したところで、その数はたかが知れる寡兵(かへい)に過ぎん。こちらが数を揃え、森を焼けば、奴らには逃げ場もないはずだ」

 さらに、周囲に視線を流し捕捉する。

「それに、このエルフどもは白霧の谷において、銀色のソルヴを討ち果たしている。四魔将の一角が崩れた今の内であれば、魔王軍も軽々には動けないはずだ」


 彼女の言葉の隙を、テュッテバルは見逃さない。

「はずだ、はずだ。か……。いささか不確定に過ぎる気がいたすが、その仮定を補強する根拠はおありかな──?」


 このとき、初めてショルテは言い淀んだ。

 根拠がないのではない。だが、それは戦場を戦ってきた者だけが知る理、血と引き換えに手に入れた経験だ。

 それを知らぬものに、それを一から説明する口を、彼女は持っていなかった。


 その空白に、テュッテバルとは対照的な、軽やかで若々しい声が投げ込まれる。

「――皆様は、エルフについて、どれほどの知見をお持ちでしょうか?」

 その声は、この場の重苦しさには、あまりにもそぐわない。


 しかし、その声は一切の躊躇を持たず、他の構成員へと向かう。

「評議会議長のテュッテバル殿は如何です?」

「勇者に同行していた魔法使いを殺したのは、魔法評議会議創始者である三賢者の一人、始祖の魔女プルサチラであったと、そう聞きましたが──」

 わずかに間を置き、老賢の目を見て、言葉を重ねる。 「それは本当でございますか?」


 その問いに、今度はテュッテバルがわずかに言い淀む。

「……確かに、報告によればその通りだ。……だが、評議会の設立は七百年前のこと。その責を、まさか私に問うつもりではあるまいな」


 その返答に、若者は両手を広げて返す。 「いえいえ、滅相もございません」

「ただ、であるならば──」 手を戻しながら、円卓の上を視線が滑る。

「今回の事の経緯について、誰も実態を把握していない、そういうことでよろしいですか?」

 周囲を見渡すが、反応は返ってこない。


 沈黙に若者は言葉を続ける。

「──実は私も、いくつか伝手を辿って、事前に探りを入れてみましたが、エルフが軍隊を組織していた形跡など、何一つ掴めませんでした」

 先ほどを繰り返すように、両手を広げてみせる。


「成果は得られませんでしたが……私の網に何一つ引っかからない──それ自体が意味するところは、単純明快です」

 手を戻しながら、その視線は鋭さを帯びる。

「今回のエルフの行動は、ずっと以前から計画され、徹底的に隠蔽されていた――」


 しかし次の瞬間、若者はそれが我慢できぬというように、すぐに口元を歪める。

「それこそ、私が生まれるよりも前から……」 そして、冗談めかしてこう付け加えた。

「あるいは、私たちがこうして顔を突き合わせていることすら、エルフの計画の内かもしれません」


 ほくそ笑む若者は、大陸商人ギルド代表ヒューベル。軽薄に見せる言葉の裏で、常に盤面を読み、価値を測り、利益を積み上げる男。

 この中でショルテに次ぐ若さでありながら、己の才覚のみでその座に就いた傑物である。


 ──円卓の上に、再び沈黙が落ちる。

 クローペルは、自ら口を出すことなく、ただ黙して議論に耳を傾ける。

 彼が見定めているのは、三者の均衡。誰を味方することもなく、また敵対することもなく、ただ安定を図る。

 その物言わぬ彼の手にこそ、唯一、三者を動かす執行権が与えられている。


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