第三十三話 三分の一
俺は、勇者なんかじゃない。……たぶん。
でも、ここを乗り切るには、そういうことにしておいた方がいい気がした。
「けほっ。……そうだよ」 多少の罪悪感が、語尾を掠れさせる。
「ふーん。なるほどね」 女は、値踏みするように俺をじっと見る。
「確かに、力を感じるわ。私じゃなければ見逃がしちゃうくらい、とっても小さいけど……」
あれ──? なんか、予想外の反応が……。言ってみるもんだな。
「それで──その勇者様たちが、ここで何をしていたの?」
あ、やっぱり。なかったことには、してくれないのか。まあ……そうだよな。
それとこれとは、話は別──って言わんばかりに、尋問を続ける気満々だ。
どう答えようか俺が迷っていると、ドワーフが先に口を開いた。
「儂らは、この山に登るため、あの地下道から出てきたのじゃ。そうしたら、偶然おぬしの裸が目に入っての」
ああ、そうそう。事の経緯を、いい感じにまとめてくれてる。
「珍しいこともあるもんじゃと、思わず二人で、じっくり凝視してしまったんじゃ」
いや、だから。頼むから、余計なことは言わないでくれ……。
「ふーん。なるほどね……」
女は、真偽を確かめるように俺を見る。その目は、さっきより鋭い気がする。
「あの山を登るつもりなのは、本当みたいね……」
しばらく考えるようにしてから、女は口を開いた。
「ねぇ、私も連れてってよ。そうしたら、今回の件は不問にしてあげる」
意外な提案。なんだか、ずいぶんと都合のいい話で、逆に怪しい。
と、思うより早く、ドワーフが前に出た。
「おお、それは有難い。エルフのお嬢さん。この老いぼれをお赦し下さり、まことしやかにアリがたき」
俺の返事を待たずに、話がまとまりかけている。……まあ、いいか。
どうせ、語尾がおかしくなったドワーフには、何を言っても無駄なんだ。
ただ―― ……ん? 今、なんて言った。エルフ?
改めて、女の顔を見上げる。
整いすぎた顔立ちに、やけに長く尖った耳。輝く銀色の髪は、確かに人間の物とは思えない。
――ああ、なるほど。そりゃ、あんなこともできるわけだ。
さっきの水蛇は、エルフの魔法か。……恐ろしい。ここはもう、逆らわない方がいい。
「ああ、わかった。一緒に行こう」 何でもない風を装って、俺はそう言った。
「決まりね。準備するから、ちょっと待ってて」
そう言って、エルフはくるりと背を向ける。その横顔は、心なしか笑っているみたいだった。
……気のせいか?
「――あ、そうそう。忘れてた」 背を向けたエルフは、ぱっ、とこっちを振り向き直す。
振り向きざまの勢いそのまま、パンッ! パンッ! と乾いた音が、二つ鳴った。
……ああ。気のせいだったみたいだ。
じん、とした痛みが広がる。俺とドワーフは、頬を赤く腫らして待つことになった。
不問とは──? 一瞬そんな考えも浮かんだけど、まあいい。あれだけのことをしたんだ。これくらいで済むなら、むしろお釣りがくる。
痛みがあるのはしょうがない。だって、それは今回、神には頼まなかった。
しばらくして、エルフは身なりを整えて戻って来た。
ああ言っておいてなんだが……正直、ちょっと意外だった。
あのまますっぽかされて、待ちぼうけ。なんてオチの方が、しっくりくる。けど、ちゃんと戻ってきた。
――なんでだ。なんでこいつは、俺たちなんかと一緒に行こうとしてるんだ?
そんな疑問が浮かんだが、戻ってきた彼女を見たら、そんな言葉は引っ込んだ。
……まあ、いいか。どうせ、なるようにしかならない。
◆
……──あーー……やっぱり、やめときゃよかった……。
俺は内心、そう呟きながら山を登っていた。二人の手前、口には出さないが。
行けるとこまで行って、後は二人に助けてもらおう──最初は、そんな蜂蜜みたいな甘い考えでいた。
……いたんだが。山の現実は、そんなに甘いもんじゃなかった──。
「おーい。少し、待ってくれんかの」
後ろから、何度目かの“待った”が飛んでくる。
振り返ると、またドワーフが岩場の途中で止まっていた。
骨格のせいか、重さのせいか、この瓦礫の足場はすごく歩きにくいらしい。
歩きやすそうなところを選んで、迂回して、また止まる。一歩一歩やたら慎重に、時間がかかってしょうがない。
「ちょっと! 待ちなさいよ!」
今度は前から、エルフがしゃがみ込んで、こっちを睨んでいる。
「あーもー……。ブーツの紐が切れた。ねぇ、直して」
こっちはこっちで、何度目かの”呼び出し”だ。
造りのしっかりしたエルフの靴は、俺のよりよっぽど上等に見えるのに、紐が見事に切れていた。仕方なく、しゃがんで、結び直す。
さっきから、エルフはそういう細々とした用事を、俺に何度も吹っ掛けてくる。
それで──俺は気付いたんだ。一人で登った方が断然早いって……。
そりゃな、三人で登ったって、登る長さは三等分されないんだから、三倍早くなることはないよ。
でもさ……まさか三人で登ったら、登る早さが三分の一になるなんて、思わないじゃん!
ドワーフと、エルフか……。はぁ……。
どうやら、この二つの種族は、登山が上手いってわけでもないようだ。いや──後世に残すなら、もっと正確に記録しよう。
この二つの種族は、登山が壊滅的に下手糞だ。




