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elf:1000 ─千年戦記─  作者: 世葉
第二章 勇者暗殺作戦
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第三十二話 泉のエルフ

「ほっ、ほっ、ほっ。そんなに不思議かの」

 ドワーフは、相変わらずの笑顔で続けた。

「昔はな、多くの仲間と、この山を掘っておった。だが今は、儂ひとりになってしもうた。それだけじゃよ」


 ……それだけ。で済ませるには、結構重たそうな身の上に俺には聞こえる。

 けど、この顔で言われると、まあ、そういうもんなのかって気もしてくる。

 それが気になって、つい口が動いた。 「仲間は、どこ行ったんだ?」


「ほっ、ほっ、ほっ。ドワーフはな、少しばかり鼻が利く。枯れた鉱山を嗅ぎ分けるのじゃ」

 にこにことしたまま、そんなことを言う。

 ……ああ、なるほど。掘る価値がなくなったから、みんな出ていった、ってことか。

 ただそうなると、最初の疑問が頭をもたげる。


「じゃあどうして、あんたはそれで、ここで独りで何をしてるんだ?」


「ほっ、ほっ、ほっ。儂の鼻はな、ここはまだ枯れておらんと、そう言うておる。それだけじゃよ。そんなに不思議かの」

 なるほど、ようやく納得できた。疑問に思ったことが馬鹿々々しいぐらい、言ってることは単純だし、筋も通ってた。


 ――で。さて、どうするか。


 上の雪山に比べりゃ、ここの居心地は悪くない。寒くもなければ、風も吹かない。さらには上手い飯もある。

 けど、長々と居座るってのもな。流石に俺にも、そのぐらいの(わきま)えはある。


「……なあ、あんた。ここの出口を知らないか?」

 俺はそれとなく、この気のよさそうなドワーフから、外の出方を探ってみた。

「うん? 外に出たいのか……。うーむ……」

 すると、ドワーフからさっきまでの笑顔が、すっと引っ込んだ。


 ……あれ? なんか様子がおかしいな。

 まさか、出口がないなんてことは――いや、さすがにそれはないだろ。

 ちょっと頭を回して、言い方を変える。


「あー……その、さ。さっき飯も貰ったしさ。食った分くらいは働くよ。それで、外まで案内してくれないか?」

 軽く肩をすくめる。背に腹は代えられない、えーっと、確かそう、”得ようと思ったら、まず与えよ”ってやつだ。


 しかし、俺の一世一代の交渉に、ドワーフは相変わらず口ごもる。

「うーむ。おぬしが働いたところでな……」

 その素振りから察するに、俺からもっと、がめつく搾り取ることを考えている──という訳でもないようだ。

 なんかこう、話が噛み合ってない感じがする。なんでだ?


「何か問題があるのか?」

 俺はめんどくさくなって、単刀直入に聞いてみた。そうしたら、その答えは、意外とあっさり返ってきた。

「うむ。ここから出るとなると、片付けねばならないものが、細々(こまごま)と。中々、すぐにというわけには、いかんのう」


 ──ん? 何を言っている?

 俺が問い直すより先に、今度は向こうが聞いてきた。


「──ところでおぬしは、いったい何しに上に行くのじゃ?」


 そう言われて、ちょっと詰まる。その問いは、俺を考えさせた。

 いや、帰るつもりだったけど。でも俺は、そもそも登ってたよな。

 なんて答えたらいい──?


 口を開きかけて、やめる。うまくまとまらない。

 すると、そんな俺を見たドワーフは、勝手に納得したように、うんうんと頷いた。

「その身なりで、この山を登るとはな。よほどの覚悟があっての事よの。まこと、勇ましいことじゃ」

「よし、ますます気に入った。儂は、おぬしについて行くぞ。ちょっと待っとれ、今すぐ片付けるでの」


 ──は? いやいやいや。ちょっと待て。話が、おかしい方向に進んでいる。


「いやいや、遠慮することはない。儂もよくよく考えて頼んでおる」

 頼んでるのは、こっちのはずなんだが。

「どうかこの老いぼれを、お供にして下さりマシてそうろう」

 語尾もなんかおかしいし、内容もおかしい。というか、話全部がおかしい。


 俺はしばらく、その場で固まっていた。硬直する俺は、ドワーフにはどう見えているのだろうか。

 ……これから、どういうことになるんだ、これは……。

 そんな俺の心配をよそに、ドワーフはそそくさと荷物をまとめている。


 うーん、困った。……ん? あれ? でも、まてよ。

 困るか? むしろ、このドワーフと一緒なら、山登りはだいぶ楽にならないか?

 へばったときは、担いでくれるかもしれない。頼もしい風の防壁にもなりそうだ。

 よくよく考えたら、俺に悪いことは何一つなかった。うん、間違いない。


「よーし、こんなもんじゃろ。それでは行くとしようか、勇者殿」

 その呼び名に煽てられたわけじゃないが、俺は、すっかりその気になっていた。



 ドワーフに先導されて、地下の道をしばらく歩いた。

 その道は立派ってほどじゃないが、歩きやすく整っていた。ちゃんとドワーフたちが使ってた道だってのは、なんとなくわかる。

 そのまま進むと、水の音が聞こえてきた。

 やがて細い水路に出て、その流れに沿って歩いていくと、地下道は、そのまま外に抜けた。目の前には、水路とつながった湖が広がる。


 ……こんな場所、まったく見た覚えがない。ってことは、たぶん山の向かい側に出たってことか。

 俺は、知らず知らずのうちに山越えをしていたんだ。下からだけど。


 まあ、それはいいとして、実は大きな問題があった。――湖に、まったく見た覚えがないものが、もう一つあったんだ。


 湖のほとりで、女がひとりで沐浴をしていた。

 とても美しい女性だった。銀色の長い髪は、水を反射してキラキラと、美しい肌を引き立てる。

 とても綺麗だった。こんな美しい女性を、俺はこれまで見たことはなかった。


 俺はなんでかそのとき、あの時のことを思い出していた。

岩橇(いわぞり)で突き出た岩にぶつかったあの瞬間を──。


 ──ああそうだ。この最高の瞬間は、きっと、次の最悪の瞬間に繋がってる。

 俺が得た人生の教訓は、裏切ることなく、日も変わらないうちに実証された──。


 美女に見惚れていた俺の前の湖面が、不自然に盛り上がる。

 邪魔すんな! って文句を言う暇もなく、湖の中から巨大な蛇が立ち上がる。

 いや、そう見えただけで、それは蛇じゃなくて、ただの水の塊だった。でも、それは本物の蛇みたいに、体をくねらせてこっちに突っ込んできた。


 あ、終わったわ──避けるとか、防ぐとか、そういうのができる相手じゃない。

 成す術なく、水に呑まれた。しかも、呑まれた中で、蛇みたいに水が体を締め付ける。息なんて、できるわけがない。


 ……これは、今度は本当にヤバそうだ。

 ……ああ、そうか。神に祈らなかったから。まだ間に合うか──?

 俺は性懲りもなく、また神に祈った。

 ──どうか、苦しみなくあなたの御許にお召ください。 って。

 

 ──で、どういうわけだが、神は性懲りもなく、俺の願いを聞き入れて下さった。


 水が弾ける。さっきまで絡みついてた水の蛇は、ただの水に戻って、ばらばらに崩れる。

「っ、は……げほっ……!」 俺とドワーフは、思い切りその場でむせた。

 そりゃちょっとは苦しみはあったが、でも、思ってたほどじゃない。神様だって慌てたんだろう。


 その場でむせかえる俺たちのすぐそばに、いつの間にか、さっきの美女が立っていた。もちろん──服を着て。


 ……めちゃくちゃ怒ってる。それはわかる。うん、まあ当然だ。

 せめて謝罪と言い訳をしたかったが、水を飲みすぎて、それどころじゃない。

 そんな俺より、いち早く持ち直したドワーフが先に口を開いた。


「……お嬢さん、すまなんだ。悪気はなかったが、見てしまったことに変わりはない」

 ああ、そうそう。俺が言いたいことを、いい感じにまとめてくれてる。

「とはいえ、おぬしの怒りも収まらぬじゃろう。致し方ない。儂らふたり、潔くここで討たれよう」


 ──は? いやいやいや。ちょっと待て。話が、おかしい方向に進んでいる。


「ごほっ、げほっ、ごぼっ!」 思わず余計にむせる。止まらない。

「ああ、勇者殿。分かっておる。乙女を穢したのじゃ。万死をもって償わねば、ヴァルハラで笑われるのじゃろ」


 ──なんでそうなる。潔すぎるぞ。諦めんの早すぎだろ。

 ──こんなことで死んだら、ヴァルハラでも大爆笑とれるだろうよ。

 ──だめだ、このドワーフ。なんとかしないと。


 そう思うのに、まだ声が出ない。すると、女の方から近づいてきた。

 そして、俺の前で立ち止まる。 「……アンタが勇者?」


 その声に釣られて見上げた女の耳は、とても長く、尖っていた。


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