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elf:1000 ─千年戦記─  作者: 世葉
第二章 勇者暗殺作戦
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第二十八話 究極の魔法

 エルフの目には、精霊が見えている。それは他の種族は持ち得ない、特異な感覚だった。だが、見えることと、従わせることは、等価ではない。

 蛇を食む牡鹿(オルメテール・ヨルト)は、エルフの魔法兵の中でもプルサチラにしか扱えない。


 その力は、精霊との一体化。いや──違う。精霊と一体化できる者だけが、この杖を手にする資格を持つ。


ᛋᛏᚢᚱᛘᛦ(ストルムル)(嵐よ)”


 次の瞬間、プルサチラの声に風が応えた。杖から凄まじい嵐が巻き起こる。

 この杖は、本来必要とされる威力に応じた魔力の対価と、詠唱を要求しない。その力は、人間の魔法の術理から逸脱する。

 プルサチラは風と共にあり、風はプルサチラと共にある──ただそれだけを、普遍の術理として実現していた。


 二つは激突する。リラが生み出した爆風と、プルサチラの嵐が、真正面からぶつかり合う。

 轟々と、低い唸り声が地面を揺らす。ぶつかり合う渦が、砕けた氷塊をさらに引き裂き、細かく砕く。

 その威力はすさまじく、目に見えぬ粒となった氷塊は、白霧の谷の新たな霧となって舞い上がった。

 二つの力は拮抗し、互いに一歩も譲らぬまま、両者の境を分けていた──。


 しかし、その均衡も永遠には続かなかった。

 常識外れのプルサチラの嵐が、徐々にリラの爆風を飲み込み出す。

 じわじわと、ゆっくり押し込まれる境界は、一線を越えた途端、あとは雪崩のように押し流された。


 拮抗が崩れ、嵐はリラへと迫る。

 彼女が作ったいくつもの氷塊を砕き、すべてを呑み込み、濁流となって襲いかかった。


 だが──残された氷塊の向こうには、彼女の姿はどこにもなかった。


”──Lancea(ランケア) telluris(テルリス)(土槍)”


 その声は、嵐が過ぎた土中から響いた。

 プルサチラの目の前の地面が隆起する。土槍が地を裂いて突き上がった。

 しかし、彼女は動ずることなく、ひらりと身をひねり、それを紙一重で躱す。


 だが、その躱した先を、土の中から影が飛びついた。

 土中にまみれ、息を潜め、ただこの一瞬のためだけに潜んでいた影が──。


 彼女は最初から、石礫(いしつぶて)なんかでプルサチラを仕留められるとは思ってなかった。

 すべては、この為──プルサチラの精霊魔法を掻い潜り、その懐まで身を隠して近づくため。

 泥まみれの彼女の執念は、その腕に、蛇を食む牡鹿を掴ませた。


 ──常識外れの精霊魔法。でも、だからこそ絶対に、精霊との意思疎通は、完璧でなければ成り立たない。

 ──なら、私がこの杖に魔力を流せば、妨害するのは簡単なこと。


 それは間違っていなかった。

 リラがほんの少しの魔力を流しただけで、風は乱れ、流れは歪み、嵐は音も無く霧散していく。

 プルサチラの周囲から風は途絶え、精霊の気配が消えた。彼女の精霊魔法は、完全に封じられた──。


 間髪入れず、リラは止めを刺すべく動いた。

 手を伸ばせば届く距離。すぐそばに立つプルサチラは、もはや抵抗を諦めたかのように、静かに佇む。


 ──できる、私なら。左手で杖に魔力を流し込み、その制御を乱しながら、右手で攻撃魔法の同時詠唱。

 ──勝てるよ、ヴィート。

 勝利の確信とともに、リラは最後の魔力を杖へと込めた。


 その瞬間──プルサチラは、蛇を食む牡鹿を手放した。

 あまりにもあっさりと。抵抗するでもなく、奪い返そうとするでもなく、リラに渡した。


 リラの思考が、ほんの一瞬だけ遅れる。 ”なぜ──?”

 その僅かな問いが形になるよりも早く、プルサチラは、空いた両手を静かに合わせた。

 そして、一つの呪文を紡ぐ。


ᚠᛁᛘᛒᚢᛚᚢᛁᛏᚱ(フィンブルヴェトル)(終焉の冬)──”


 ──それは、プルサチラが編み出した究極魔法。彼女が千年の研鑽の末辿り着いた、精霊魔法の終着点だった。


 その一音が落ちた瞬間、世界がわずかに軋む。

 風は止んでいる。精霊の気配は消えたまま、何も彼女を守っていない。むしろ、その彼女を世界から断ち切るように、光が走る。

 それは輝きというより、世界を削り取る刃だった。触れたものが何であろうがお構いなく、赦しはなく、ただ貪るように呑み込みながら、一直線に空間そのものを侵食する。


 完成された自然への干渉力は、世界そのものを侵食する終焉の刃。

 精霊すらも殺してしまうこの魔法は、使うべきではない、究極の破壊魔法──


 ──リラは、右手から杖を手放した。カラカラと、それは地に落ち転がった。

 身体は糸が切れたように崩れ、プルサチラに倒れかかった。

 そのまま、その身と蛇を食む牡鹿を受け止める。


 戦場には、何も残っていなかった。その代わり、あらゆる感情が支配していた。

 プルサチラは、リラの頬に顔を寄せ、そして、最後に一つの言葉を紡いだ。

「おやすみなさい、リラ──」


 ──戦いが終わった戦場に、振り返ることもなく、プルサチラは背を向ける。

 その後ろ姿を、残された戦士はどうすることもできず、ただ見送った。


 まるでここで起きたことをすべてを覆い隠すように、ゆっくりと、白霧の谷に再び霧が降りてくる。

 何事もなかったように静まり返る谷底に、戦士の無念の咆哮が一つ、響き渡った──。


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