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elf:1000 ─千年戦記─  作者: 世葉
第二章 勇者暗殺作戦
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第二十一話 通告書

 かつて、人間は魔法を扱うことができなかった。

 その力は、人ならざる者たちの奇跡であり、畏れの対象ですらあった。

 だが、エルテ、ヨールバル、プルサチラ――この三人が成し遂げた偉業によって、人はついにその手に魔法を掴んだ。

 その力を広めるため、王国は『魔法評議会』を設立し、多くの魔法使いを世に送り出した。


 すべては、迫りくる魔族の脅威に抗うためだった。

 長らくその矢面に立ち続けてきた神殿騎士団と、力を得た魔法使いたちは協力し、人間たちは幾度となく魔族の侵攻を退けた。


 けれど、戦いの終わりを告げる福音は、誰の元にも届くことはなかった。

 魔族もまた、人間が手にした新たな力に対抗すべく進化し、さらなる脅威となって立ちはだかった。

 こうして人魔戦争は、ただひたすらに、血と怨嗟だけを積み重ね、底のない泥沼の争いへと沈んでいった──。


 勝者なき争いの中で、疲弊していったのは戦場の戦士だけではない。

 盤石に思われた人間たちの協力体制にもまた、少しずつ、綻びが生まれ始めていた。


 その綻びは、ある日届けられた一通の書状によって、明確な亀裂となって現れる。

 差出人は『神殿騎士団』。宛先は『魔法評議会』。それは、彼らの運命を狂わせる幕開けとなった──


”通告書


魔法評議会 議長 ヨールバル


神殿騎士団は長きにわたり、人類の守護者として魔族と戦い続けてきた。

その誉れは、全人類が認め、その歴史は、何人も覆せぬ。その使命は、神の御名のもとにあり、我らは人の世を守るための剣であり続ける。

しかしながら、我らが得た確証は、その大義を根底から揺るがすものであった。

貴評議会の創設者の一人であり、現評議員のエルテなる者は、本来の人ではない。かの者はかつて魔族の手に落ち、その身を穢され、魔族の術によって作り替えられた存在である。

そしてあろうことか、人間が魔法を扱いうるに至ったのは、まさにその穢れた血によるものであると、我らは把握した。

魔族と戦い、その脅威を退けることを宿命としてきた神殿騎士団にとって、この事実は看過し得ぬ。魔族の手によって生み出された力を、人の守護の名のもとに受け入れることは、我らの信義に反する。

とはいえ、すでに魔法は広く人の世に浸透しており、魔法使いのすべてを断罪するなど、王国と人類そのものに深き混乱を招くであろう。

神は慈悲深く、赦しを与える。我らもまた、そのような事態を望むものではない。

ゆえに神殿騎士団は、事態の収拾のため、以下を要求する。


評議員エルテの身柄を、明後日までに神殿騎士団に引き渡すこと。


かの者こそ、この穢れの源であり、我らの信義と秩序を守るために裁かれねばならぬ存在である。

この要求が速やかに受け入れられるならば、神殿騎士団は本件をもって魔法評議会の罪を問うことはない。

しかしながら、この通告が拒絶される場合、魔法評議会を人類の秩序に対する重大な脅威と見なすほかない。

その時は、神の御名のもとに、神殿騎士団は人の世を守る剣となるだろう。


神殿騎士団総長 メルク”


 ……──「それで、どうするつもりなの?」

 この通告書に目を通し終えたプルサチラは、静かに顔を上げ、ヨールバルを問い詰めた。


「────」 しかし、返事は返らず、二人きりの議長室に、重い沈黙だけが落ちた。


 プルサチラは書状を机に置いたまま、彼を見据える。その表情は穏やかだったが、胸の奥では確かに怒りの炎が燃えていた。

 それは、ヨールバルも同じだった。


 やがて、沈黙に耐えかねたようにヨールバルが口を開く。

「……あなたは、どうするべきだと思われますか?」

 ようやく零れた言葉は、彼女を余計に苛立たせた。


「こんな馬鹿げた話に、従う理由があるの? 返事を迷うことすら馬鹿馬鹿しい」

 普段は温厚なプルサチラの声に、隠そうともしない嫌悪が噴き出る。この通告書の内容は、彼女にとって明らかに忍耐の限界を越えていた。

 だが──それは、ヨールバルも同じだった。


「エルテは絶対に渡さない。そんなことできる訳がない。貴方もそうでしょう? 違うの?」

 再度、プルサチラはヨールバルを問い詰める。しかしその瞳には、先ほどのように逃げることを許さない鋭さが宿っている。


「……人間というものは、不思議な生き物でして──この評議会の設立にあたり、私は王国の方々とも何度も折衝を重ねましたが、その時、つくづく思い知りました」

 ヨールバルは、彼女の怒気をはぐらかすように、関係がないような前置きを語り出した。

 それに対し、プルサチラが声を荒げるより早く、彼は言葉を繋ぐ。

「もし──彼らがエルテに対し、この文面通りの憤りを抱いているのなら、この様な書状を送り届けて来る前に、この場所に踏み込んでくることでしょう」


 ヨールバルは目を逸らし、卑屈に笑みを浮かべる。

「人間にとって何より重要なのは『面子』です。信じ難いことですが、彼らにとって面子は命より重い。自らの権威を穢す者は、たとえ身内であっても許さない」

 しかし、その笑みはすぐに消えた。

「神殿騎士団にとって、エルテの存在は到底許されるものではないのでしょう。ですが、我々がそれに反抗し、仮にエルテを守り抜いたとしても──それでは、彼らの面子を潰すことになる」

 そして最後に、プルサチラを見つめた。 「それは残念ながら、問題の解決にはならないのです」


 しかし、その返答は、プルサチラの怒りを鎮めることなど到底できなかった。

「下らない。そんな下らない理由で、エルテを引き渡すというの?」

 その言葉には、怒気を塗り替え、殺気すら滲む。


 ヨールバルは、再び目を逸らし、書状に目を向ける。そして、意を決したように言葉を紡いだ。

「……彼らが尊ぶのは面子です。これはもう、人間の性、習性なのです。事の正否でもなければ、善悪でもない。我々はそういう生き物として、人間を理解する必要がある」

 そう言って、彼は再び笑みを浮かべた。しかし、そこに卑屈さは消えていた。

「彼らは、彼らの面子を尊ぶのなら、相手の面子も重んじる。だから、このような書状を送って来たのです。我らと、王国の面子を立てるために」


「────」 二人きりの議長室に、重い沈黙だけが落ちた。


 プルサチラは机の書状に目を向ける。胸の奥では確かに怒りの炎が燃えていたが、その表情は穏やかだった。

 やがて、沈黙に耐えかねたように口を開いた。


「……エルテには、もう見せたの?」

「いえ、そのつもりはありません。どちらの選択も、あの子には残酷でしょうから」

 ヨールバルは即答した。その答えは、エルテのことを第一に考えていた。

 それは、プルサチラも同じだった。


「────」 三度目の沈黙。それは短い静寂だったが、二人にとっては最も長い沈黙だった。


「……あのエルフの森から始まった三人の旅は、楽しかった、ですね」

「ええ、そうね」

「あれから、随分と遠くに来たものです」

「ええ……、そうね」

「最近、ふと思うのです。自分の行いは本当に正しかったのか、と」

「……間違っていたわけないじゃない」

「はい。私もそう信じたい。ですので、その証明に協力してくれませんか?」


 ヨールバルはそう言うと、ゆっくりと立ち上がり、部屋の隅に置かれていた小人族(ハルグリム)である彼の背丈ほどの大きな木箱に手を伸ばした。

 その木箱を机に置き、蓋を開けると、中には一振りの杖が納められていた。

 樹皮を残したままの木の柄は、螺旋状のねじりが刻まれている。杖の頭部には四叉に分かれた牡鹿の角が、外へ向かうように突き合わされ、その根元には、ちょうど鹿の目であるかのように、八つの宝石がはめ込まれていた。

 それは杖というより、むしろ槍に近い姿をしていた。


「一本のトネリコの枝に、四匹の牡鹿の角。そして八つの曹灰長石(ラブラドライト)をはめ込んで仕上げた杖です」

 ヨールバルは杖を見つめながら、両手を広げ続けた。

「銘は、『蛇を食む牡鹿(オルメテール・ヨルト)』。……私の最高傑作です」

 その言葉には、隠しようのない誇りが滲んでいた。


 だが、プルサチラは戸惑った。

 なぜ彼は今、このようなものを見せるのか──その意図が分からなかった。


 ヨールバルは、そんな彼女に姿勢を正し向き直る。

「貴女から、これをエルテに渡していただけませんか?」


 その言葉は、プルサチラにとても重く響く。同時に、戸惑いを解きほぐし、一つの決意に導いた。

 ──なぜ、私に頼むのか。 ──なぜ、エルテに渡すのか。 ──なぜ、彼自身が渡さないのか。

 プルサチラは何も言わなかった。ただ静かに、ヨールバルの依頼を受け入れた。


 その日──プルサチラとエルテは、魔法評議会から姿を消した。


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