第十四話 クナト
男は、この地の守護を任されている父親に、ドリアスを引き合わせたいと言い出した。
突然の申し出に、警戒しない理由はない。だが、この土地の事情も分からぬまま逆らったところで、状況が好転するとも思えなかった。
結局、ドリアスは成り行きに身を任せることにした。
──「いやぁ、本当に、“森の仙人”をこの目で見られる日が来るとは、夢にも思いませんでした」
男は馬を兵に預け、ドリアスと共に歩きながら、子供のように声を弾ませた。
「西国には様々な種族がいると、父上から聞いたことがあります。手先が器用で鼻の長い小人族や、土竜のように地下に棲み、鉄を食べる種族もいるとか……本当なのですか?」
「私もいつか、外の国を見て回る旅をしてみたいと思っておるのですが、家の務めで手いっぱいで、なかなかそうもいかんのです。はっ、はっ、はっ……」
道中、男はよく喋った。
聞かれてもいないことまで、思いつくままにペラペラと喋り続けた。その口ぶりには、異国から来たばかりのドリアスを、まるで警戒などしていなかった。
それによれば、ここは王国より東に離れた「東方三国」と呼ばれる国の一つ、クナトという名の国だった。
国境を走る険しい山脈が天然の要害となり、この国は魔族の侵攻をほとんど受けていなかった。三国はいずれも王国ほどの国力は持たないものの、独自の文化を育み、協力して繁栄してきたのだという。
やがて緩やかな坂を登りきると、視界が開けた。
「どうですか、このクナトは。なかなか良い所でしょう──?」
小高い丘から見下ろすと、その先には茅葺き屋根が幾重にも連なり、白い煙が穏やかに立ちのぼる村の姿が広がっていた。
その向こうには、整えられた田畑が段々に連なり、風に揺れる木々の間を細い道が縫うように走っている。
それは、魔族との戦いなどからは完全に切り離された、戦とは無縁の静かな営みの光景だった。
男はその景色を、まるで自分の宝物でも見せるかのように、柔らかな笑みで眺めていた。
故郷の森とはまるで違う眺め。それでもどこか、遠い森の風を思い出させる匂いを、ドリアスは感じた。
──「若殿! 今年は雨に恵まれ、よい米ができますぞ」
村を通り抜ける途中、男は行き交う村人たちから、次々と声を掛けられた。
畑仕事の手を止めて頭を下げる者、道端から手を振る子ども、荷を背負った老人までもが、親しげに言葉を投げかけてくる。
「ああ、それは楽しみだ。今年も祭りが賑やかになりそうだな」
男はその誰に対しても分け隔てなく笑顔を返した。
「しかし……今日は、変わった形の異国人を連れておりますな」
そして決まって二言目には、隣を歩くドリアスの奇異な姿を口にした。それには、男が最初に向けてきたのと同じ、純粋な好奇の視線が混ぜられていた。
「ああ、この御方は遠き国より参られた貴人だ。父上の客人であるから、皆、くれぐれも粗相のないように」
男が村人の言葉に穏やかにそう返すと、村人たちははっとしたように姿勢を正し、慌てて頭を下げた。
その反応を横目に、ドリアスは分からぬほど小さく息を吐いた。
やがて人影が途切れると、男は肩をすくめて笑った。
「ああでも言っておかねば、皆も困るでしょう。多分、あなたも」
異質なものを喜んで受け入れる人間は少ない。それは、ドリアスが戦場で何度も見てきたものだった。
この時彼女は、男の言葉の意味を、その程度にしか思っていなかった。
村の道はやがて緩やかな坂へと変わる。
「──さあ、この山を登った先です」
男が指差した先、小高い山の頂には、木と石で組まれた山城が静かに佇んでいる。本丸から伸びる櫓は陽光を受け、村全体を見守るように空から顔を出していた。
山道を登るにつれ、道の様相は次第に険しさを増していった。
尾根を断ち切る深い溝が進路を遮り、斜面には逃げ場を奪うような縦の裂け目が走る。その備えは、ここが侵入者を阻む要塞だと気付かせる。
男は、求められてもいない、それら堀切や竪堀の造りを、ドリアスに丁寧に説明した。
そして、その隙間を走る細く絞られた通路を縫うように進んで行くと、やがて門番たちが姿を現した。
「晴具である! 道を開けよ!」
男が声を張り上げ、ドリアスには馴染みのない響きの名前を叫ぶ。
その一声を受け、門番たちは櫓の番衆たちへと合図を送る。その合図はさらに上へ、上へと伝えられていった。
──晴具。あれほど道中で、よくしゃべっていた言葉の中には無かった男の名を、ドリアスはこの時になって初めて知った。
門を超えて、さらに足を踏み入れて行くと、次第に外から見た印象は確信へと改められた。
高低差を巧みに利用した曲輪の配置。視界を遮るもののない開けた見張り台。城の各所からは周囲の山野が一望でき、監視と防衛の機能は隙がない。
仮に敵が門前まで迫ったとしても、土塁と狭路によって動きを封じ、上方から常に優位を取れる前線拠点として、理想的な備えをしていた。
だが、その完成された備えが、逆にドリアスの胸に違和を生んだ。
──なぜ私は、ここへ招かれた? 村の様子では、戦時というわけでもないだろう。
──戦う相手もいないのに、なぜ城主はここに籠る?
──この晴具という男の言うことは、真か。あるいは、嘘か。
しばらく山道を登り、ようやく本丸まで辿り着いた。
当の晴具は、そんなドリアスの内心など露ほども気にした様子はなく、ちょうど本丸の中央に立ち、父親を待っている。
あのよくしゃべる口を空けたまま、空を見上げる表情からは、策を弄じているようには見えない。
ドリアスは何も言わず、その横顔を視界の端に捉えたまま、利き手は剣の柄へと添えていた。
彼女に戦うつもりはない。
だが──必ずしも、相手も同じだとは限らない。




