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elf:1000 ─千年戦記─  作者: 世葉
第二章 勇者暗殺作戦
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第十二話 三本の槍

 ──”そは、人を斬るには非ず、魔を斬るにも非ず”──


 決戦前夜、エルフの軍千の葉(トゥーセンフリュド)の分隊された陣営の一つに、ドリアスはいた。

 天幕の隙間から差し込む月光が、彼女の目の前にある祭壇を照らす。その祭壇の中央には鞘に入った一振りの剣が安置されていた。


 彼女はその前に立ち、じっとその剣を見つめる。

 刃はすべて飾り気のない鞘に収められ、むき出しの金属はどこにも見えない。備えは、小ぶりな黒鉄の(つば)に、燻革(ふすべがわ)の鼠色の柄。その柄頭には、桐と竜胆の紋が浮かぶ。

 無駄な装飾はほとんどなく、なんとも地味な見た目だが、その姿には不思議な緊張感があった。


 祭壇の刃は直線ではなく、細く、なめらかに弧を描く。わずかに反りを持つ曲線は、どこか生き物の背骨のような柔らかさを思わせる。

 刀身は鞘に収まって、刃が見えないからこそ、その内側に秘められた鋭さを想像させた。


「──剣兵長様も、勇者相手には、ちびっちまうか?」

 音も無く近づいた、瞑想を邪魔する聞きなれた声に、彼女はため息をつく。

 誰にも言っていないはずの居場所を当てた声の主は、その目的も分かっているはずなのに、がさつに距離を詰めてきた。


 いつからだろう──彼女が自分を対等に扱うようになったのは。

 ドリアスは、声の主の過去の姿を思い返すが、何一つ、いい返しになるようなことは思いつかなかった。


 目を閉じたまま、自分の前でだけ見せる声の主(魔法兵長)の姿を想像し、彼女は口元を自然と緩ませた。

 ドリアスが己の未熟さを自覚できるのは、そうしたプルサチラの無遠慮な愛情が、いつも傍にあるからだった──。



 勇者会談が終わって、黄金のトリネコ(ギルデン・アスク)(うろ)には、その場にいた三人と、ヒースとリンネが集まっていた。

 巨木の内側をくり抜いた空間には、魔法石の淡い光が揺れる。その中心で、勇者たち四人の資料を皆の前に広げたアルメリアが静かに口を開いた。


「──勇者は、プルサチラの同行を拒みました。よって、勇者一行を内部から分断させる計画は頓挫しました」

 そこから始まった短い報告は、誰を驚かせるようなものでもない、ただの事実確認だった。わずかな沈黙の後、彼女は続ける。

「代替案として、我々が目的を達成するには、不意打ちによる奇襲以外に現実的な手段はありません」

「──と、考えますが、他に妙案がおありでしょうか?」 視線を巡らせる。


 その重い空気を破ったのは、ドリアスだった。

「不意打ち、ねぇ……。あいつら相手に、そんな隙が本当に作れるのか?」

 半ば呆れたような口調だったが、それは恐れではなかった。勇者を間近で観察し、純粋な戦士としての感想が口をついた。


 そのドリアスの疑問に、すかさずプルサチラが応じる。

「ええ。だからこそ、銀色のソルヴの討伐を提示したのよ」 彼女は肩をすくめて言った。

「勇者の信頼を得る意味もあるけれど……それ以上に、四魔将との決戦を前にすれば、嫌でも意識を向けざる負えないでしょう」

 その声音には迷いがなかった。自分がソルヴに敗れる可能性など、最初から考慮に入っていないかのようだった。


 ドリアスが、小さく息を吐きながら言葉を漏らす。 「……随分な自信だな、おい」

 奇襲を実行する方はいうまでもなく、そのためのきっかけを作ることすら命懸け。本命の奇襲を成功させるために、前座に過ぎないソルヴの討伐に、本隊の戦力を割く訳にはいかない。

 この作戦が示す意味に、プルサチラは微笑むだけで答えた。


「──了解しました」 二人のやり取りを引き継ぐように、リンネが一歩前へ出る。

「ソルヴ討伐の段取りは、私に任せてください。カシオペ隊、シレネ隊と連携し、決戦の舞台をこちらが望む形に作り上げてみせます」

 冷静な声だった。

 四魔将の討伐が容易でないことは、この場の誰もが理解している。それでも彼女の口調には、すでに計画が進んでいるような余裕があった。


 それを受け、アルメリアは視線を走らせ、会議を先へ進めた。

「──それでは次に、奇襲作戦の詳細を詰めたいと思います」

 その言葉に、洞の空気がわずかに張り詰める。


「勇者たちへの奇襲が成功した──それを前提として、では、狙うべき最初の標的は誰か……」

 そこまで言って、彼女は言葉を止め、間を空けた。

 それは迷いではなく、この場に集う者たちへ考えを整理させる時間だった。それぞれが戦場を頭の中で再構築していく。


 やがてアルメリアが、静かに口を開く。

「私がこの場で確認した、勇者たち四人の絆は、本物でした」 それに、誰も異を唱えない。

「彼らの言葉どおり、幾度も戦場で命を預けてきた積み重ねが、互いの信頼という強い絆を作り上げている」

 アルメリアは、その場にいた者たちの考えを代弁するように言葉を並べる。そして、その目で見た事実から、導いた結論を述べた。


「──だからこそ、勇者を第一目標とした場合、奇襲は失敗に終わる可能性が極めて高いと判断します」


 その言葉に、皆の視線は鋭くなる。それを受けつつも、アルメリアは続けた。

「戦士グレン。神殿騎士団より勇者護衛の任を与えられた男です。彼は考えるよりも先に、肉体で勇者を守る。命と引き換えにでも、必ず前へ出るでしょう」

「神官ローザ。勇者の身に危機が迫った瞬間、彼女の防護魔法が展開されます。奇襲であっても、この二つの壁の突破は、極めて困難です」

「そして、魔法使いリラ。その鉄壁の安全圏から、彼女の魔法が刺客を完全に焼き尽くす──」

 その冷酷な分析を、淡々と話しながら、アルメリアは核心へと導く。


「勇者たち四人の連携は、勇者という最大戦力に依存したものではありません」

「むしろ、その勇者を守ることで完成する、防御特化の陣形。それが、彼らの絆の正体です」

 彼女の声は、無意識にわずかに低くなる。


「ですから、勇者を直接狙ったとしても、その刃は勇者の喉元に届くことは──決してありません」


 洞の中に、重い沈黙が落ちた。

 しかし、それは敗北を予感したものではなかった。アルメリアは、沈黙に沈む中で、なおも話を続けた。

「──まず、我々はこの鉄壁の陣形から崩さなければなりません。そのために、最初に狙うべきは誰か」

 広げられた資料の上へ、彼女の指先がゆっくりと滑る。

「……それは、彼女です」 その指の止まった先が示していたのは──ローザだった。


「理由は二つあります。一つ目は単純です。ヴィートやグレンと異なり、防護魔法が展開されていない状態の彼女は、肉体的には常人と大差ありません。完全な不意打ちであれば、容易く討ち取ることができるでしょう」

 淡々とした分析だったが、アルメリアの提案の本質は、そこではなかった。

「もう一つ。こちらが決定的な理由です。彼女が奇襲によって倒れれば──」

 アルメリアの指が、ローザの資料の横に移る。 「確実に、グレンに迷いが生じます」


 一瞬の空白。彼女の提案に、誰より早く、ヒースが疑問を呈した。 「──それは、本当に確実かしら」


 その疑念を前に、アルメリアは一度、静かに息を整える。

「……この場での会談を見なければ、断言はできなかったでしょう。ですが今なら、自信をもって言えます」

 そう前置きし、はっきりと言い切る。

「ローザが傷ついた時、グレンは必ず迷います。勇者を守るべきか、彼女を救うべきか──その一瞬の判断の迷いが、確実に行動を遅らせる」


 彼女の瞳は、真っ直ぐヒースを射抜いていた。

 それは推測ではなかった。勇者たちの言葉の端々、無意識の仕草、互いを見る視線、そして洞を流れる光が映した心の内──そのすべてを観察した者の結論だった。


「──彼らの絆は、本物です」 アルメリアは静かに結ぶ。

「だからこそ、わずかな歪みが生じただけで狂いが生じ、脆く崩れ去る」

 その声には感情がない。参謀として結末を予言しているようだった。


「ローザを奇襲の第一目標とすることで、勇者を守る二枚の壁は、同時に機能を失います」

 そして最後に告げる。 「その瞬間──初めて、刃は勇者の喉元に届くのです」


 参謀アルメリアの提案は、その場にいた者たちから言葉を奪った。

 異論は出ない。出せる者はいなかった。そこには確かに、勝利へ導く筋道が示されていた。

 そして同時に、どれほど危うい綱渡りであるかも、誰もが理解していたからだ。


 張り詰めた沈黙を破ったのは、リンネだった。

「……この奇襲作戦を成立させるには、『三本の槍』を揃えなければなりません」

 静かな声だったが、その言葉は洞の空気を引き締める。


「一本目は、ソルヴを討つ魔法槍──」

「二本目は、鉄壁の守りを貫く長槍──」

「そして、最後の三本目は、勇者を討ち取る鉾槍です」


 その意味を、誰もが理解した。

 たとえ奇襲が狙い通り成功したとしても、最後に待ち受ける勇者との対決は避けられない。

 それまでの段取りはあくまで、その一騎打ちを成立させるためのものでしかないのだ。


「勝負は、一瞬で決まるでしょう。いえ、一瞬で決めなければ……我々に勝機はありません」

 リンネはそこまで語ると、ゆっくりと視線を巡らせ、ただ一人へと定めた。


「その最後の鉾槍を担える者は、ただ一人。それは、貴女しかいない──ドリアス」

 リンネの視線をなぞるように、皆の視線が注がれる。

 その先の当の本人は、小さく息を吐いて、照れ笑いの様な薄い笑みを浮かべた。


「へっ……大役じゃねぇか」 だが、その瞳の奥に揺らぎはない。

 勇者に勝てる自信があるわけではない。ただ、覚悟はとうに持っていた。

 死地に向かいながらも、ドリアスの瞳に輝きが宿るのは、ただ、共に歩む者(プルサチラ)がいるからだった。


 リンネは静かに息を吐き、ヒースへ確認する。

 ヒースは了承し、迷いなく答えた。 「ええ、我々は、勇者ヴィートを背中から刺す──」


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