外伝 泥の祈り、十年の巡礼【風鈴編】
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雪乃という「天災」が去った後の漢遼迩は、鉄錆と焦げた膠の臭いに満ちていた。
数万体の「身代わり」が、ある者は窓辺で読書をする姿勢のまま、ある者は通りで談笑するポーズのまま、バラバラの肉塊となって転がっている。
赤い染料を混ぜた粘土の肉は、雪乃を欺くためだけに、生々しい傷口を晒して「死」を演じていた。
その死体の山の下で、一基の泥人形が、ひしゃげた肺の構造を震わせた。
シュ……、シュ……と。
サダオミが試行錯誤の末に与えた呼吸の音が、静寂に漏れ出す。
右足は付け根から捥げ、腹部の粘土は抉れて、骨格である霊鉱石が剥き出しになっていた。
本来なら、主がこの地を離れた時点で、その命令は失効し、泥に還るはずだった。
だが、その一基は止まらなかった。
霊鉱石の中に、主が直接流し込んだ魔力の「熱」が、消えない痛みのようにこびりついていたからだ。
「サダオミ……様……」
泥の指先が、瓦礫を掴む。
主が消えた方向。空気を微かに震わせる「魔力の残り香」が漂う先。
そこへ行かなければならない。
理由はない。ただ、主に命じられた「生の演技」を、あの人の前で、もう一度だけ続けたい。
その一心だった。
人形の旅は、凄惨なものだった。
十年の月日が、粘土の身体を容赦なく削っていく。
雨が降れば肉はふやけ、日の光に焼かれれば皮膚はひび割れた。
通りすがりの旅人が見れば、それは「泥まみれの幽霊」に見えただろう。
関節の霊鉱石が摩耗し、魔力が尽きかけるたび、人形は自分の指を食いちぎり、残った粘土を脚に盛り直した。
一歩、また一歩。
主が瞬間移動で飛び越えた、白蓮と黒曜の広大な大地。
その距離を、人形は「十年」という時間をかけて、泥の線を引くようにして埋めていった。
そして。
後に火の国の本城が建つことになる、国境の荒野。
その中心地で、人形はついに力尽きた。
視覚素子はすでに潰れ、何も見えない。
けれど、頬に触れる風の中に、かつて自分を練り上げた主の、あの圧倒的な魔力の匂いを感じた。
人形は、泥の唇を歪めて笑った。
主が与えてくれた「談笑」のポーズを、そこでようやく完成させる。
あ……間に合、った……。
数日後。
新城建設のために集まった漢遼迩の生き残りたちが、整地中に「それ」を見つけた。
「お、おい! この石……霊鉱石じゃないか! それにこの形……」
「……人形だ。俺たちの、身代わりになってくれた……あの時の……!」
民たちは、泥に塗れ、半分は土に還りかけながらも、誇らしげに跪く「泥の恩人」を抱き上げた。
膠の臭いはもうしない。
ただ、十年の旅で染み込んだ、野の花と大地の匂いがした。
サダオミは知らない。
自分が「死ぬため」に作った泥が、誰よりも「生」に執着して自分を追い、それを見事にやり遂げたことを。
本城の隅に建てられた小さな祠の中で、泥の人形は、今日も静かに「談笑」を続けている。
その前で、一人の子供が、摘みたての野花を供えて静かに手を合わせた。
人形の、かつて誰かの身代わりとなった泥の身体に。
子供の柔らかな、小さな手が、そっと触れた。
その手は、温かかった。




