7.罠
こめかみの辺りがぴりぴりする。
玄也は車のエンジンをかけたときにはもう、自分がどこへ行けばいいのかがわかっていた。まるで頭の中にナビがあるかのように、何かが晴と幸成の居所を示している。
それがいっそう悔しくて腹立たしい。
なんで僕はこんなことがわかっちゃうんだよ!
あのとき……病院で幸成さんが襲われそうになったとき、晴がいきなり駆け出したように……そう思った瞬間、玄也のこめかみが、ピキッと音を立てた。
なんなんだよこれ、めちゃくちゃヤバイじゃん!
鼓動が耳の中でうるさいまでに響いている。
ああもう、ナニやってんだよ、あの二人は! 朱狐に捕まっちゃったんじゃないだろうな?
獣を開いたままの玄也にステアリングを握られている黒い小型車が、さかんにボディをきしませる。くそっ、春休みにやっと免許取って買ったばっかでまだローンまるまる残ってんだぞ、エンジン焼き切れちゃったら絶対あの二人に弁償させてやるからな!
乱暴なまでに走らせた車を玄也が停めたのは、駅前に最近できたばかりのタワービルの裏手だった。
ここは都心から電車で一本、その利便性で駅前再開発によって新しく建つのはマンションばかりなのに、なぜかこの一棟だけがオフィスビルだ。それも、周囲のマンション群からは飛びぬけて……異様なまでに高い。
ここだ。
晴も幸成さんも、間違いなくここにいる。
すでに玄也の全身の皮膚が、感電したみたいにぴりぴりと反応していた。
しかしどうしたもんか。
正面から切り込んでも朱狐が罠を仕掛けてるだろうし……玄也は一旦獣を閉じて、周囲を警戒しながらビルの様子をうかがった。
高い街路樹が立ち並ぶ幹線道路に面した正面玄関はガラス張りで、すでに夜間灯だけに切り替わっている。そのほの暗い内を透かし見ると、広いロビーの奥にエレベーターと階段が見えた。
さすがに正面の自動ドアは閉まっている。
試しに、玄也は脇のガラス戸をそっと押してみた。
開いてる。
一瞬のためらいの後、玄也はロビーに踏み込んだ。とたんに非常灯が点滅し、ぎょっとした玄也の前にばたばたと警備員が駆けつけてきた。
「なんだね、君は? こんな時間に何か用か?」
制服姿の警備員が身構えながら玄也をじろじろと眺め回す。
とりあえず本物の警備員らしい。
「なんとか言ったらどうだ?」
「知り合いが夕方、このビルの会社に来たまま帰って来ないんです」
玄也は落ち着いた声で応えた。「連絡もつかないし、心配になって様子を見に来たんですけど」
警備員は眉をひそめる。
「どの会社だって? 今日は土曜日だからどこのオフィスも八時には完全に閉めたはずだ」
「会社の名前は聞いてないです」
「なんだそれは。知り合いが来たなんて、ウソじゃないのか?」
じりっ……と警備員が玄也ににじり寄ってきた。
まずいな。この人を巻き込みたくない。
どうやって切り抜けるか……思案する玄也に、警備員がいきなり何かを突き出した。
えっ?
反射的に飛び退いた玄也の目に、警備員が握りしめたスタンガンが見えた。
まじかよ、民間の警備員がそんなもん持ってるか? だいたい、怪しいと思ったらまず警察に通報するのが普通だろ?
おかしい。
「貴様、こないだ裏の駐車場に出た車上荒らしだな? またのこのこと現れるとはいい根性だ!」
叫びながら、玄也を追い詰めようとする警備員の様子はどう見てもおかしい。文字通り『取り憑かれた』ように玄也に迫ってくる。あふれかえった正義感を満たしてもらえる『夢』を見せられてるのか? 身をかわしながら玄也は鼻を鳴らした。
ちくしょう、やっぱ獣を開かないとダメか。
舌打ちし、眼鏡を外した次の瞬間、玄也の目が黄色く輝いた。同時に、玄也の鼻が狐の匂いを嗅ぎ取った。
大当り。
黄色く光る目にぎょっと立ち尽くした警備員の顔前にいきなり両手を突き出し、玄也は勢いよくその手を叩く。
パンッ、というその音が響いたとたん、警備員はまるでスイッチが切れたかのように完全に固まった。
玄也は素早く背中のバックパックのサイドファスナーを開け、竹管を取り出す。
ホントに使えんのか、これ。普通の管狐なら腹に押し当てるんだけど……晴が手を当ててたみたいに額に押し当てれば……一抹の不安を感じつつ、構えた竹管を警備員の額に押し当て、玄也は九字を切った。
ずしっ、と明らかな手ごたえが流れ込む。
やった、やっぱり朱狐とはいえ管狐、竹管に封印できるんだ!
慌てて封印する玄也の目の前で、白目を剥いた警備員の身体がぐらりと崩れ、そのまま仰向けに床に転がった。
ほうっと息を吐き、そして玄也は唇を噛む。
とりあえず他の人間の匂いはしない。けれど、全身の皮膚は相変わらずぴりぴりと反応している。
玄也は、壁に貼られている入居会社の一覧を確認した。
低層階はテナントになっていて、まだ結構空き室がある。中層から高層までは某財閥系大手不動産会社が占めている。
なのに、最上階だけ……聞いたこともない別の会社が入居していた。
ああ、これってもう間違いなく、最上階の会社だな。
自分の頭の中のナビがしきりに上を示していることに、玄也は顔をしかめた。
薄暗がりの中で玄也の、淡く緑を帯びた黄色い目が光る。
玄也はロビーの奥の階段に向かうと、一気に駆け上った。
誰か人が出てくれば、それはもう百パーセント朱狐に憑かれてると思っていい。
階段を駆け上がりながら玄也は全身に緊張をみなぎらせている。とにかく、晴と幸成さん、それに穂波さんを捜さないと。
玄也の身体が、ビクッと反応した。
いる。
濃厚な狐の匂いと気配。玄也は駆け上がりながらバックパックから竹管を取り出す。
一瞬、火が燃えているのかと思った。
踊り場の隅に朱色の狐が群れ固まっている。
玄也は素早く竹管を向け九字を切った。
ズシッと、また信じられないほどの重みが竹管に流れ込み、玄也はつんのめって倒れそうになる。一匹じゃない、三~四匹まとめて入った。
しかし、玄也が二本目の竹管を取りだしたときにはもう、朱狐たちは霧散していた。
「は、晴?」
朱狐たちが群れていた隅のその場所に、晴がうずくまっている。小さな身体をぎゅっと縮込め、全身をぶるぶると震わせている。
「おい、晴? 大丈夫か? 晴!」
駆け寄った玄也の声に、晴は真っ青な顔を上げた。
「……玄也?」
「そうだよ、ほら、しっかりして!」
軽く叩いた晴の顔が、脂汗にまみれている。
「僕がわかるか?」
見上げる晴の顔がゆがんだ。
「玄也、あいつら……捨て身できやがった……! 俺に、一匹でも食わせて……俺が眠っちまうのを待って……!」
それを、考えておくべきだったんだ。
例え尾裂一匹でも食ってしまえば、晴は眠ってしまう。しかも、狐を食うのは獏の本能だ。うっかり息を吸うだけで狐も吸い込んでしまう。目の前に狐がうじゃうじゃ飛びまくっているのにそれを食えないだなんて、晴にはまさに拷問だろう。
「幸成が連れてかれちまった……! 穂波に九尾が憑いてやがる!」
晴は玄也にしがみつき歯軋りしている。
例えこの場の尾裂を全て食い尽くそうと、九尾が隠れて残っている限り、ここで眠ってしまえばそれは晴の死に直結する。文字通り、晴は手も足も出ない状況に追い込まれていたのだ。
「大丈夫だ、晴」
玄也は思わず晴の肩を強く掴む。「竹管が使えることがわかった。僕が尾裂を片っ端から封じてやる。だから、九尾にたどり着くまでなんとか堪えるんだ」
ぎゅうっと、さらに強くしがみついた晴がうなずく。
「とにかく、幸成さんと穂波さんを見つけないと……立てる?」
玄也が起こしてやると、晴は強張った手足を伸ばしてなんとか立ち上がった。九尾にたどり着くまでは、晴の体力を温存してやらないとダメだ。
「ああもう!」
玄也は晴を肩に担ぎあげた。
「おい、玄也?」
「ちょっとの間、辛抱してよ」
ったく、晴がチビでよかったよ。
身体をゆすって晴の位置を安定させ、玄也はまた階段を駆け上がり始めた。
上だ、間違いない。少なくとも幸成さんは、上にいる。
相変わらず玄也のナビが示し続けている。
駆け上がるにつれ、また濃厚な狐の気配が漂ってきた。玄也はバックパックから竹管を取り出す。
「目、閉じててよ、晴」
階段の上に炎のような塊が見えた瞬間、玄也は九字を切った。
またズシッと、ものすごい手ごたえが筒の中に流れ込む。
「えっ、穂波さん?」
朱狐たちがいたその場所に、穂波が倒れている。
慌てて駆け寄ろうとする玄也に、晴が叫んだ。
「待て、穂波は憑かれてるはずだ!」
ビクッと、玄也の身体が跳ねた。
「俺を下ろせ!」
言われるままに、玄也は晴を下ろした。
晴は倒れている穂波の様子をうかがうと、大きく息を吐いた。
「大丈夫だ、もう抜けてやがる」
玄也も思わず息を吐いた。
うつぶせになっていた穂波の身体を起こすと、白目になっていた目玉が動いた。
「おい穂波、大丈夫か?」
晴に揺すられ、穂波がうめく。
玄也は、思わず獣を閉じた。
「……晴くん? 玄也くんも……?」
その声に、二人そろってまた大きな息を吐き出してしまう。
「私、どうしたの……? ここ、どこ……?」
穂波は額を押さえて頭を振る。まだ意識がはっきりしないようだ。
「玄也、護符持ってねえのか?」
「あっ」
晴に言われて玄也はようやく気付く。
そうだよ、穂波さんの分を持ってこなきゃいけなかったんだ。おじいちゃん、バックパックに入れてくれてないかな?
慌ててバックパックの中に手を突っ込む。
「あった!」
玄也が引っ張り出した白い守り袋に、晴も目を輝かす。
「穂波、これを首からかけるんだ。そしたらもう安全だからな」
言われた通り、穂波は素直に守り袋を首からかけた。
これでもう、穂波が朱狐に憑かれるおそれはない。
でも、いくらなんでもここで、この朱狐の巣で待っていてもらうのは危険すぎる。かと言って一緒に行くのはもっと危険だ。
「玄也、お前、自分の車で来たのか?」
思案している玄也に晴が訊いた。
「え、ああ、うん」
「じゃあ、穂波は車で待っててもらおう」
「え、でも車の中ってったって……」
玄也の言葉に、晴は呆れたように応えた。
「玄也、お前ホンットに気がついてねえんだな。あの車、大白狐の結界が張ってあんぞ?」
「えぇっ?」
本気で驚く玄也に、晴はため息をついた。
「杜からあんま離れると効力薄くなるけどな……このくらいの距離なら、俺がいまここで結界張るよか、あの車の中の方がずっと安全だ」
晴は向き直る。「穂波、一人で歩けるか?」
晴の問いに穂波がうなずく。
「大丈夫、なにがなんだかよくわかんないけど、それでもさっきよりずいぶん頭もはっきりしてきたから」
「じゃあ、悪ィが、一人で下りてくれ。俺たちはまだ幸成を捜さなきゃなんねえんだ」
「幸成くん、どうかしたの?」
晴の言葉に穂波は目を見開く。
玄也はできるだけ落ち着いた声で応えた。
「大丈夫、ちゃんと連れて帰ります。だから、穂波さんは車で待っててください」
駐車してある場所とプレートナンバーを告げ、玄也は穂波にキーを渡した。
護符があるとは言え、穂波を一人で車まで行かせるのは不安だ。それでも幸成の状況を考えると、玄也としても背に腹は換えられない。
「申し訳ないけどエレベーターは使わないでください。閉じ込められるかもしれないから」
「わかった。でもここ何階?」
素直にうなずく穂波に、玄也は正直に申し訳なく思ってしまう。
「多分……二十階くらい」
「うわ、がんばらなきゃ。まあでも、上るよりは楽よね」
明るく穂波が応えてくれるのが救いだった。
「気をつけろよ、穂波。絶対護符を離すなよ。車からも出るんじゃねえぞ」
晴も不安そうに見つめたが、穂波は軽く手を振って歩き出した。
「うん、大丈夫。じゃ、車で待ってるから」
玄也と晴が見つめるなか、穂波はゆっくりと階段を下りていった。
穂波の姿が見えなくなったところで、玄也と晴は顔を見合わせてうなずき合った。とにかく、幸成を捜さなければ。
「きゃあっ!」
その悲鳴に振り向いた玄也の目の端を、朱い影が過ぎった。
「穂波さん!」
竹管をつかんで玄也は階段を駆け下りる。「このっ!」
九字を切ったとたん、また重い手ごたえが竹管に流れ込む。
「穂波さん、大丈夫?」
「あ、ええ、うん」
踊り場にうずくまっていた穂波が顔を上げた。「な、なに、いまの? なにか赤いものが飛んできて……」
「大丈夫、もう捕まえたから」
玄也は穂波の腕を支えて立ち上がらせた。
護符があるから取り憑かれることはないが、それでもやっぱりそこいらじゅうに朱狐の匂いと気配が立ち込めているこの中で、穂波を一人で行かせるのは無理かもしれない。
現に、大白狐さまの『お手つき』になった穂波は、すでに狐に反応している。それにもし、誰か人に憑いた状態で朱狐が現れたら……あの病院の看護師のように……。
そこで玄也はようやく思い出した。
ダメだ、下には警備員が倒れている。またあの警備員に朱狐が憑いて、穂波さんを襲ってくる可能性は充分すぎるほどある。ああもう、何かで縛り上げておくか、せめてスタンガンは取り上げておけばよかった。
それにそもそも、これだけの規模のビルに夜間の警備員が一人だけというのは考えにくい。ほかにも警備員がいて、そっちに朱孤が憑く可能性だってある。
「晴、やっぱり一度、穂波さんを車まで送っていこう」
そう言って階上を見上げた玄也は、自分の後ろで、穂波が首から護符を外して投げ捨てたことに気がつかなかった。
「晴?」
返事がないことを不審に思い、玄也は穂波の腕を掴んだまま階段を上がりかけた。
「晴くんどうしたの? どっかいっちゃったの?」
穂波の言葉に、玄也は舌打ちをしながら応える。
「わかりません」
振り向いた瞬間、玄也のこめかみがまたぴりっと反応した。
くそっ、晴に何かあったのか?
「穂波さん、僕から離れないで」
ひどく気持ちが焦る。
とにかく、いま何を優先すべきか考えるんだ。
玄也は奥歯を噛みしめた。やっぱり、穂波さんが一緒なのはまずい。とっさに動けないもんな。いまだって獣を閉じてるから視界がきかないし、身体能力が最大限に使えない。
でも、穂波さんを車に送ってまた戻ってくるのに何分かかる? もしその間に、晴が尾裂を食わされてしまって……晴が寝落ちするのに何分かかる? こないだ病院で尾裂を食ったときは……。
「……玄也くん? 玄也くん、大丈夫?」
「えっ……あ、うん……」
心配そうな穂波の声に、玄也は詰めていた息を吐いた。
そうだ、とにかく穂波さんの身の安全を確保しなければ。だいたい、穂波さんは関係ないんだ、なのに僕らに巻き込まれてしまって……。
「穂波さん、とにかく先に車に送っていきます」
腹を括った玄也は、穂波の腕をつかんだまま階段を下り始めた。
こめかみは相変わらずぴりぴりと反応し続けている。くそっ、僕が戻るまでなんとか持ちこたえろよ、晴も、幸成さんも。
「でも、晴くんはどうするの?」
「後で戻ってきて捜します」
階段を下りながら玄也は応える。
「……玄也くんって偉いね」
「えっ?」
なにを急に……と振り向いた玄也の目の前で、穂波が感心したようにうなずいている。
「だって玄也くん、晴くんのこと嫌いなんじゃないの? 幸成くんが言ってたよ?」
「えっ、いや、嫌いって言うか……」
なんなんだよ幸成さん、どんな話をしたんだよ?
「詳しくは教えてもらってないけど……玄也くんは晴くんのせいで、お家から出ていかなきゃならなくなったんだって?」
「いや、晴のせいっていうか……」
だからもう幸成さんってば、なにをどう話したんだか。いまはそんな話してるヒマなんかないのに。
「……玄也くんって、捨て子だったんだってね?」
ずきっ、と玄也の胸が痛んだ。
「それなのに、いまのお家……猫稲荷さんまで追い出されちゃうなんて……」
不意打ちもいいとこだ。
うろたえてしまった玄也に、穂波はいきなり明るい顔を向ける。
「大丈夫、きっとホントのお母さんが迎えに来てくれるよ。ううん、玄也くんが自分で捜しに行けばいいんじゃない? お母さんの方だって絶対、玄也くんに会いたいって思ってるはずだもん!」
玄也は完全に言葉を失ってしまっていた。
穂波は確信に満ちた明るい声で続ける。
「ほら、私も一応女だからさ、絶対そうだと思うの、自分のお腹を痛めて産んだ子だよ? 捨てたくて捨てる人なんていないと思う。きっと、何かどうしようもない事情があったんだよ。だから、いまでもきっと玄也くんのこと心配してるよ!」
手を握りしめ力強くそう言ってくれる穂波を、玄也は呆然と見返していた。
本当はずっと、誰かにそう言ってもらいたかった。
あんな形で晴に言われるのではなく……ただ当たり前のことのように、誰かに言葉にしてもらいたかった。自分が潜めていた思いを、誰かに肯定してもらいたかった。
「ね、私も一緒に捜してあげる。玄也くん、なにか手掛りとかないの? 覚えてることとか……あ、でも赤ちゃんのときのことなんて覚えてないか」
「いや……」
玄也は呆然としたままつぶやいた。「……もしかしたら……あの人が、そうなのかも……って……」
「え、どういう人? 何か覚えてるの?」
勢い込んで問う穂波の手が、玄也の手をぎゅうっと握りしめている。
「……小さい頃に……ウチの鳥居のところで…………」
玄也の脳裏にあの光景が甦った。
夏の日の夕暮れ時、鳥居の陰からそっと自分を見ていた女の人……その顔は、寂しそうで悲しそうで…………。
……玄也。
ビクッと、玄也の身体が揺れた。
玄也、私の玄也。
鳥居の陰から、その人が呼んでいる。
呆然と見返す玄也と目があったとたん、ぱあっと顔を輝かせて両手を伸ばした。
玄也、一緒に帰りましょう。ずっと、ずっと待っていたのよ。
……お、母さん……?
喉を鳴らした玄也が、ふらりと足を動かした。
ああでも、あのときは確か後ろから誰かに呼ばれて……。
『……くろ!』
ドンッ!
まるで地面から突き上げられたかのようにビルが激しく揺れた。




