模擬試験Ⅰ
吹き抜ける風が徐々に温かく、時折暑いとさえ思う様になってきた。
あれから既にもう3週間。
あの歌声の主は一向に見つからない。
「…」
木の上で目を閉じてあの歌声を思い出す水菜。
声自体に聞き覚えは無い。
だがそのメロディは確実に水菜の記憶を揺さぶる。
「…」
目を開ける水菜の表情には確かな苛立ちがあった。
「またここにいたのかよ。」
「こーすけ。」
「ま、考え事するにゃ良い場所だよな。」
湿った海風が二人の髪を揺らす。
「気持ち悪い。」
「は?お前どっか悪いのかよ?」
「そうじゃない。思い出せそうなのに、いつも何かに阻まれて思い出せないのが気持ち悪い。」
眉を寄せる水菜。
初めて見る水菜の感情に浩輔はふっと笑う。
「昔の記憶なんてそんなもんだろ。」
「そうなんだけど…」
水菜は気付いている。
きっとこれは昔の記憶だから、という事で思い出せないのではないと。
だが、思いっきり息を吐き顔を上げた。
「所でなんでこーすけがここに居るわけ?」
「お前な…もう昼過ぎてんだぞ?一度も顔出さなきゃ皆が心配するんだからよ。」
「おっと。そりゃ大変、どうりでお腹が空いてる訳だ。」
いつも通りの水菜にため息を吐き、同時にほっとする浩輔。
時折見せる表情をここ最近よく見ていたからだ。
「早くしろよ?3時頃に遂に全クラスが集まるんだからよ。」
「それは私のセリフ。私はすぐだから。」
「お前なぁ…」
とにかく戻る。
その途中、どちらともなく風での競走になるも。
「ぐ…くそぅ…」
「負けて当然でしょ。雷の次に付き合い長いの風なんだもの。」
結局いつも通り負ける浩輔だった。
◇◇◇
「えー、皆さん。ちょっと良いです?」
「トッキー、どしたの?」
水菜も漸く食事を済ませ、3時まであと30分を切った頃。
時津が顔を覗かせた。
「皆さんの新しい制服が届きましたので。それを着て出てくれとの事で急いで持ってきましたよ。」
新しい制服と聞き、皆が集まる。
「えーと、それから遼君と夏弥さんは本格的にうちのクラス入りが決定しました。とは言っても両班のリーダーである事には変わりませんけど。」
それに喜ぶ二人。
あれからずっと共に行動してきたので既に気心も知れてきていた。
「あれ、もしかして殆ど同じデザイン?」
「水菜さんは変わらずフード付きですが、それ以外の方のコートも似たような感じですね。あ、中の服も一応晴れ着みたいに新しいものが届いていますよ。」
と、水菜が一つ持ち上げる。
「…イニシャル入ってる!」
「あ、本当だ。」
「これは…K.S?」
「わたくしの事ですわね。」
「これはJ.Iだから順一君だね。」
「ありがとう。」
それぞれが自分の服を持ち一度自室へ戻る。
勿論着替える為だ。
数分後、それぞれが着替えて同じ場所に戻る。
水菜はフード付きのロングコートは変わらないが、裾が長くなっている。
またタイトなフリルミニキャミソールワンピースにウエストポーチ、ロングブーツに春夏物であろうロングストール。
そして変わらず水晶のペンダント。
秋は水菜と同じフード付きのロングコートではあるが袖丈は肘までだ。
また中は少し長めのTシャツとランニングに短パン、そして動きやすいスニーカーに腰にはベルトととてもラフな格好だ。
順一のコートはトレンチに似たもの、そして中はカッターシャツにスーツパンツ、ベストとそして革靴とビジネスマンの様な姿。
浩輔は水菜達と同じフード付きロングコートに大きさの違うタンクトップの重ね着にミリタリーを思わせるパンツにブーツ。
ウエストは勿論袖やコートのウエスト部分にもベルトがあしらわれている。
夏弥もフード付きのロングコート、中はロングエプロンドレスとゴシックナースの様だ。
また夏弥のコートだけはフロントホックで留める様になっている。
いつも髪を纏め上げる夏弥の頭には白いリボンが。
そして遼は順一と変わらずトレンチコート、中も殆ど同じだが順一のコートにはベルト等の細工があったが遼には無く、まるで研究家と言った感じだ。
勿論ベストも無い。
「皆さん良い感じに似合ってますね。」
「動きやすーい!」
「夏弥のリボン可愛いじゃん。」
「水菜は一段と綺麗ですわよ…」
「俺達似てるね。」
「僕がベスト無いくらいじゃない?」
「だね。」
「てか皆見事に白いな。」
「白の研究所ですので。そこはご容赦ください。さて、行きますよー」
時津の号令に新たに造られた巨大ドームに向かう。
◇◇◇
ドームには既に水菜達以外のクラスは集まっていた。
「へぇ、結構いるんだなー」
「これでも本島の人口の三分の一にも満たないのですから、人間って本当に数が多いですよねー。さ、こっちですよ。」
水菜はとりあえずフードだけを被る。
と、水菜達に気付いた被験者達の囁きがざわつきとなって会場を満たす。
そんな「生徒」の真ん中を闊歩する。
秋はその中に元クラスメート達を見つけた。
気付いた皆が秋に手を振る。
あれ以来、元クラスメート達は担当が変わったからか、本人達が変わったからかは分からないが秋とは仲が良い。
勿論水菜とも。
笑顔で手を振り返す秋と、左手を上げるだけの水菜。
だが見える口元は笑っていた。
浩輔、順一、夏弥、遼も元クラスメートに手を振る。
そして全クラスの前で横に一列並ぶ。
その後ろには大きな画面があり、そこに髭をたくわえた壮年の男が映し出される。
[ご機嫌よう、生徒諸君。私が白の研究所を取り仕切る総帥マリスだ。]
ざわめくドームの中がしんと静まる。
[普段より鍛練を重ねて来た諸君の実力を見るために本日の試験は企画された。だが諸君は魔獣を間近で見たことが無いものが多数。そこでデモンストレーションをすることにした。諸君の前に立つ六人がそのデモンストレーターだ。]
その言葉に水菜達は通信機にて会話する。
勿論既に喋らずとも会話する事に慣れている。
『ちょっとトッキー、どういう事よ。』
『いえ、私も初めて聞きましたけど…』
『まさか直前に決めたとかじゃねぇだろうなぁ?』
『まぁ、エリートコースの方々の差し金でなのしょうけれど。』
『『『同感。』』』
素晴らしいと言えるのは皆表情が崩れなかった事だろう。
[本日諸君が相手をするのはこの辺りに生息するヘラクサ、タヌキモドキ、クラップスという三種の魔獣。だが、彼女達はそれらを簡単に倒してしまうのでね。…特別クラスの諸君にはとある魔獣を用意した。]
「は?」
[名はゲルエルと言う…]
「「げっ」」
「「「「まさか…」」」」
[この研究所の近くに生息する両生の魔獣だ。]
既に他の生徒達は退避させられていていない。
そして会場のど真ん中に落とされたのはあの必死で戦った魚の魔獣だ。
「うーわー…」
「オレやだなぁ…」
だが、既に何度も戦った相手に遅れをとる水菜達ではない。
「皆さん、出力下げますかー?」
時津の緊張感のない声に全員はニッと笑って言い放つ。
「「「「「「必要無い!!」」」」」」
その言葉と威勢に満足そうに頷く時津。
そして一歩だけ下がった。
◇◇◇
たった数分後。
それで決着は着いた。
この3週間、ただ魔獣を倒すだけではなく時津の地獄の訓練を重ねた六人に、最早ゲルエルなど敵ではなかった。
勿論、皆制御を付けた上で実力の半分以下の力でだ。
「はっ、魚ごときにこの私が負けるわけ無いわ。」
「おー、女王様のご降臨だ。」
倒れたゲルエルの一番高い所で水菜が放った言葉に浩輔が茶化す。
と、水菜は強い視線を感じる。
だが振り返る事は無く、そのままヒラリと飛び降りた。
『誰か見てるね。』
『ジリジリと、何て不躾な視線なんでしょう。』
『ミィ、見える?』
『ええ。ばっちり見えてる。』
念話で話す。
見える皆の表情は余裕そのもの。
『どんなヤツ?』
『大男と優男。特別観覧席に座ってるから…』
『エリートコースのヤツか。』
だが、水菜はすぐに画面を切り替えた。
目的はエリートコース等ではなく、あの歌の主だ。
[…では諸君、頑張ってくれたまえ。]
総帥マリスの映像が消え、変わりに何匹もの魔獣達が開け放たれた4つの入り口から雪崩れ込んできた。
それを見て水菜の瞬間移動で近くの壁の上に腰掛ける。
『どう?検索に引っ掛かりそう?』
『まだ何とも。…てか…皆弱いなぁ…』
『仕方ないですわよ、彼方の皆さんは通常カリキュラム。わたくし達は…』
『メガネ悪魔の地獄の特訓だったからなぁ。』
浩輔の言葉に全員が笑う。
そして最初の被害者を確認し。
「さて、まずは表の仕事をじゃんじゃん片付けるわよ。」
水菜の言葉に全員が動き出した。
◇◇◇
「うわぁぁ!」
一人、一人と怪我人が増えていく。
そんな中、戦わず逃げ惑う少女が一人。
と、その前にヘラクサが立ち塞がる。
「ひっ…」
だが、突如ヘラクサが飛んでいく。
「たっくん!」
「バカ!おれの側から離れんなって言っただろうが!」
「ご、ごめんなさい…」
「ほら、行くぞ!」
「うん。」
少年の手を取り走り出した少女の視界に倒れた生徒と追撃を掛ける魔獣が入る。
「だめっ!」
「あっバカ!!」
少年の手を振りほどき生徒に駆け寄ろうとした。
間に合わないのは明白だが、何かしなくてはと言う思いが少女の心を支配していく。
手は届かない。
「いやっ」
その時、雷が走る。
驚いて立ち止まる少女と、少女に追い付いた少年。
少女の視線の先には、ゆっくりと降り立つ一人の女の子の姿。
「…」
フードを取り、倒れた生徒を確認する。
彼女が少女の視線に気付いた。
ゆっくりと上げられる顔と視線。
彼女の目が少女を捉えた時、お互いが驚愕に色を染める。
そして異変は起こった。




