↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
96/107

第96話「第七閘門」

 技師局の裏に、石の蓋があった。蓋は床と同じ高さに嵌まっている。


 縁に鉄の環が付いていた。環は擦れて細くなっている。同じ指が、何十年も掛かった跡だ。


 オズワルドさんが鍵束を出した。鍵は六本あった。


「六本ですか」


「六本だ」


「どれを使いますか」


「一本だ」


「あとの五本は」


「使わん」


「なんでですか」


「使う場所がもう無い」


「無くなったんですか」


「無くしたのだ」


 その人はいちばん短い鍵を差して、二度回した。


 蓋が指の幅だけ浮いた。浮いた隙間から、風が出た。風は冷たかった。冷たいのに、乾いている。


「におうニャ」


「今度は、何の匂いですか」


「石だ」


「石ですか」


「濡れてない石」


「濡れてないんですね」


「水の道なのに」


「そうですね」


 蓋を四人で持ち上げた。思ったより、軽かった。


 軽いのは、蓋の裏に窪みがあるからだ。持つ場所が決めてある。


 誰かが、持つ人のことを考えて作っている。


 俺は段を数えながら降りた。数える癖は、昔からある。


 十四段目で、外の光が届かなくなった。そこから先は、灯りだけだった。


 灯りは四つあるが、四つでも足りない。


 百二十七で、床に着いた。


「百二十七ですか」


「そうだ」


「数えたんですね」


「四十年、数えとる」


「減りませんね」


「減らん」


「増えもしないですね」


「増えたら困る」


 シルフィさんが上を見て、灯りを少しだけ下げた。


「ルーク様」


「はい」


「ここは、古うございます」


「古いですね」


「森より、古うございます」


「そうなんですか」


「石の据わり方が違います」


「据わり方」


「置いたのではなく、置き直しておりません」


「動かしてないってことですか」


「一度も、動かしておりません」


 灯りを上へ向けた。天井は、遠かった。腕を十八本ぶん積んだくらいある。幅は二十二本ぶんだ。


 石は切り出したものだった。継ぎ目が、細い。爪も入らない。


 千年、その細さのままだ。


「これ、全部こうですか」


「十二の区画、全部だ」


「掘ったんですか」


「掘って、積んだ」


「誰がですか」


「知らん」


「わからないんですね」


「わからん」


「聞いたことは」


「四十年、聞いておる」


「答えは出ましたか」


「無い」


 ダグさんが足を止めて、天井を見上げた。


「音がしない」


「しませんね」


「水の道だろう」


「水の道です」


「なら、おかしい」


「動いてるのは四つだけなので」


「ここは」


「止まってるほうです」



 通路が途中で広くなった。広くなった先に、壁があった。いや、壁ではなかった。


 門だ。


 石の枠に青銅が嵌まっている。青銅は、歯の形をしていた。


 上と下で、噛み合うようにできている。噛み合っているのは、片側だけだった。


「これが七番ですか」


「七番だ」


「閘門ですね」


「そうだ」


「水を、切るところですね」


「切って、溜める」


「溜めて、送るんですね」


「送れれば、な」


 門の脇に、石の柱が立っていた。柱の上に輪がある。輪から鎖が下りていた。


 鎖は、途中で切れている。切れた先は、床に落ちていた。落ちた鎖に、埃が積もっていない。


「これ、動かすやつですか」


「巻き上げる鎖だ」


「切れてますね」


「切れておらん」


「切れてますよ」


「切ったのだ」


「誰がですか」


「わしだ」


「なんでですか」


「動かされると、困るゆえ」


 灯りを近づけた。石の色が途中で変わっている。


 右は灰色だった。左は灰色ではない。もっと、深い色だ。


 濡れているように見えたが、触ると乾いていた。


 境目はまっすぐではない。刷毛を、途中で止めたような輪郭だった。


 止めた側だけが、少し滲んでいる。


「オズワルドさん」


「なんだ」


「これ、半分ですね」


「……半分だ」


「石の色が、半分だけ本当です」


「本当、とは」


「もとの色です」


「もとを、見たのか」


「見てないです」


「では、なぜわかる」


「そっちだけ、新しいので」


 青銅の歯に手を掛けた。左の歯は、光っていた。鏡のように、灯りを返す。


 右の歯には緑青が乗っていた。厚く乗って、粉を吹いている。


 左右を同じ手で触った。


 温度が違った。左が、冷たい。右は、ぬるい。同じ門の、同じ石だ。


「ダグさん」


「なんだ」


「ここ、触ってみてください」


「……触った」


「どうですか」


「気味が悪い」


「そうですか」


「はっきり言うぞ」


「はい」


「俺はこういうのが嫌いだ」


「わかります」


「わかるのか」


「わからないです」


「どっちだ」


 ミオさんは近づかなかった。三歩、離れたところで止まっている。


 耳が寝ていた。尻尾がいつもより太い。


「気持ち悪いニャ」


「そうですか」


「うん」


「どこがですか」


「途中みたいだ」


「途中」


「うん。途中」


 シルフィさんは何も言わずに、灯りを持ち替えた。持ち替えただけで、動かない。



「オズワルドさん」


「なんだ」


「壊れてる四つに、七番は入ってませんでしたね」


「入っておらん」


「上から水が来ないだけの三つにも」


「入っておらん」


「動いてる四つでもないですね」


「違う」


「じゃあ、どれでもないやつです」


「……そうだ」


 その人は壁に手をついた。ついた手が震えていた。


 顔の色が、灯りの下でも分かった。


 白いのではない。灰色に、近い。


「四十年、触るなと言ってきた」


「触るな、ですか」


「二十七人に言った」


「全員にですか」


「全員にだ」


「なんでですか」


「壊れとるなら、直せる」


「はい」


「直っとるなら、触らん」


「はい」


「あれは、どちらでもない」


「どちらでもないですね」


「触らせるわけには、いかんかった」


 灯りが、四つある。


 四つあるのに、影が薄かった。


 薄いのは、光が足りているからではない。どちらから当てても、同じ濃さになる。


 埃が落ちていた。落ちる速さが遅い。


 舞い上がったまま、なかなか下りてこない。


 ここは、そういう場所だった。


 俺は門の前にしゃがんで、石の面に手を当てて、目を閉じた。


 手が石の上で滑ったが、滑るような面ではない。


 もう一度、置き直した。置き直しても同じだった。


「ルーク様」


「はい」


「……いかがなさいました」


「少し、待ってください」


「はい」


 三度目に置いた。置いたまま、しばらく動かなかった。


 分かったのは、そのときだ。分かったが、言い方が見つからなかった。


 見つからないまま、口を開けた。


「……これ、直しかけです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。