第81話「王都へ」
紙の端を供の人が二人で押さえていた。押さえないと、風で腹が浮く。浮くたびに、線が波打った。
「これ、全部石ですね」
「……はい」
「同じ形が並んでます」
「さようでございます」
「いくつありますか」
「数えた者がおりません」
「数えないんですか」
「途中で、わからなくなるそうでございます」
紙は三枚を継いであった。継ぎ目に古い糊の筋が残っている。
折り目のところだけ、白く擦れていた。何度も畳んで、何度も開いた紙だ。
線は水の道を描いてある。道の下に四角が並んでいた。
四角の隅に、小さな印が打ってある。どの四角にも、同じ印があった。
「これ、印がついてますね」
「要の石の、しるしでございます」
「要の石って、どういうものですか」
「抜けると、上が落ちる石だと聞いております」
「そうですね」
「ご存じでございますか」
「昨日、触りました」
「昨日の石と、同じ形です」
「昨日」
「門の下にありました」
「……門の、下」
「はい。大きいのが、一つ」
使いの人は俺を見て、紙のほうへ目を戻した。
「こちらには、一つではございません」
「そうみたいですね」
「お引き受け、いただけますか」
「見てから、でいいですか」
「もちろんでございます」
「じゃあ、行きます」
シルフィさんが紙を見ていた。見て、口を開かなかった。この人は朝から口数が少ない。
「お荷物は、それだけですか」
「はい」
「お召し替えは」
「これで足ります」
「王城でございますが」
「袋一つで、ここまで来ました」
「……はい」
馬車は二台になった。二台目に、女の人が乗った。ミルデで会った、査察官だった。
「本部へ戻ります」
「途中まで、一緒ですか」
「王都まで一緒です」
「そうですか」
「邪魔はしません」
「邪魔じゃないです」
その人はイレーヌと名乗った。名乗ってから、帳面を膝に置いた。
置いてから一度だけ開いて、筆を持った。持ったまま、何も書かずに閉じた。
「書かないんですか」
「書くことがまだありません」
「三日ありますよ」
「三日で、埋まると思います」
「そんなに書くことないですよ」
「……そうでしょうか」
ダグさんは御者台の後ろに座っていた。座って、木の手を布で包んでいる。布は濡れていた。
「油じゃないんですね」
「油じゃ駄目だ」
「そうなんですか」
「木の手は、乾くと割れる」
「乾かすものだと思ってました」
「乾かすのは、外だけだ」
「中は」
「水を含ませておく」
「なるほど」
「三日に一度、こうする」
ミオさんは荷を背負ったままだった。馬車の中でも、下ろさない。
「下ろしていいですよ」
「いい」
「重くないですか」
「重い」
「じゃあ」
「下ろすと、落ち着かない」
言って、背負い直した。
背負い直すのは、今日は三度目だ。昨日は二度だった。一昨日は一度もしなかった。
増えていくのは、たぶん、近づいているからだ。
「王都って、屋根、何枚あるんニャ」
「数えたこと、ないですね」
「多い?」
「多いと思います」
イレーヌさんがこちらを見た。
「あなた方、いつもこうなの」
「はい」
答えたのは、シルフィさんだった。
その夜、シルフィさんは焚き火の外側に座った。火に近いところが、空いていたのに。
「寒くないですか」
「寒くありません」
「こっち、空いてますよ」
「……こちらで、よろしいのです」
「そうですか」
「はい」
俺はそれ以上は聞かなかった。聞かないほうがいいときが、ある。
どっちなのかは、いつも当てられない。
二日目に、道標が倒れていた。根元が腐って、傾いている。彫った字が、苔に埋まっていた。
「止めてください」
「なんでございましょう」
「あれ、直します」
「先を、急ぎませぬと」
「字が読めません」
「読まずとも、道は続いております」
「読む人がいますよ」
俺は降りて、根元に手を当てた。
腐った芯が内から詰まっていく。
繊維が一本ずつ縒り合わさった。
苔が乾いて、粉になって落ちた。落ちた下から彫り字が出た。
「はい、いいですよ」
字は王都の名だった。名の下に、歩数が彫ってある。
「……この道標は、四十年前のものです」
「新しいですね」
「新しゅう、ございますか」
「石は、もっと持ちます」
「四十年で、倒れたのでございますが」
「石じゃなくて、根元の木が腐りました」
「木でございましたか」
「継いであります。石と、木で」
「……存じませんでした」
「継ぎ目は、たいてい先に傷みます」
イレーヌさんが帳面を開いて、一行書いた。書いて、また閉じた。
三日目に、橋があった。
板の真ん中だけが、薄い。人が歩くところだけ、減っていた。
「これも、直します」
「……はい」
「すぐ終わります」
すぐには終わらなかった。
板が十一枚あった。
「一枚ずつなんですね」
「一枚ずつです」
「まとめて、できないんですか」
「できません」
「なんで」
「手が、二つしかないので」
馬が草を食べはじめた。
供の人が四人とも座った。座ってから、誰も急かさなくなった。
三日の道が、四日になった。
誰も文句は言わなかった。
言わない代わりに、供の人が道標を数えはじめた。
四日目の昼に、城壁が見えた。見えてから、着くまでが長い。遠くのものは、大きいほど近く見える。
「大きいですね」
「大きゅうございます」
「石がいいです」
「石で、ございますか」
「積み方が、丁寧です」
壁は坂の上から伸びて、下の平地まで下りている。下りた先に門があった。
門の向こうに、屋根が重なって見えた。重なった屋根は、上へ行くほど色が明るい。
新しい瓦は日を返す。
「屋根、多いニャ」
「多いですね」
「数える」
「数えてください」
ミオさんが指で数えはじめて、すぐに止めた。
止めて、荷を背負い直した。これで、四度目だ。
城門の外に行列があった。門へ入る列ではない。門から、出てくる列だった。
「これ、なんの列ですか」
「……」
「入れないんですか」
「入れます」
「じゃあ、なんで出るんですか」
使いの人は答えずに、紙を巻いた。巻く手が少し速かった。
列の人はみんな桶を持っていた。空の桶だった。
空の桶は、軽い音で当たる。
列は壁沿いに折れていた。折れて、坂を下りている。下りきったところに、川があった。
川まで、見えるかぎり人が続いていた。




