第78話「途中の姿」
門が内へ膨らんだ。
木は、膨らむものではない。
膨らんで見えたのは、二枚が離れたからだ。
真ん中に細い線が入った。線から、外の白が見えた。
「押さえろ!」
十人が門に取りついた。取りついて、背中で押した。押した背中が、少しずつ下がった。
下がるのは、力が足りないからではない。
足の裏が、滑っている。
「石を積め」
「積んでる」
「もっとだ」
「もう無え」
「荷車を寄せろ」
「寄せた」
「もう一台だ」
「無え!」
閂が鳴った。鉄が鳴るのは、曲がるときだ。
「受けが持たん」
「一組しかねえんだよ」
「内があれば」
「無え」
「無えって言うな」
「無えもんは無え」
外の白は、門の高さの半分まで来ていた。
白の中で、輪のようなものが立って回っている。
回りながら、門へ寄ってくる。
寄って、当たって、また寄る。
当たり方は乱暴ではない。止まらないだけだ。
「どけ! 板が来る」
門の内側の板が一枚外れた。外れて、内へ倒れた。倒れた板の下から、外の光が細く入った。
「塞げ」
「何でだよ」
「何でもいい」
「布でいいか」
「いい」
布はすぐ黒くなった。黒くなって、動かなくなった。
「ハーグさん」
「なんだ」
「門を直します」
「閂を出せということか」
「門です」
「門は、壊れておらん」
「壊れてます」
「どこがだ」
「二枚とも、割れてます」
「割れておらんぞ」
「中が割れてます。外から見えないだけです」
ハーグさんは門を見て、それから俺を見た。
「直せば、持つのか」
「持ちます」
「どのくらいだ」
「本来の門くらいには」
「本来の門をわしは知らん」
「俺も知りません」
「知らんもので、いいのか」
「門が知ってます」
ハーグさんは口を閉じた。
「一つ、言っておきます」
「言え」
「途中でやめると、途中の形で固まります」
「途中の形」
「直りかけのまま止まります」
「止まると、どうなる」
「そうなると、壊れてるより始末が悪いんです」
「なぜだ」
「壊れたものはもう一度直せます」
「途中のものは」
「途中の形を、自分の形だと思ってしまいます」
「……思うのか。門が」
「うまく言えません」
「やめられんということか」
「はい。手を、離せません」
「離したら」
「そこで、決まります」
ダグさんが門から下がってきた。下がって、俺の前に立った。
「どれだけだ」
「……わかりません」
「見当もつかんか」
「つきません。大きいので」
「大きいと、長いのか」
「長いです」
ダグさんはそれだけ聞いた。聞いて、振り返った。
「わかるまで持たせる」
ミオさんが俺の右に立った。
「後ろは見なくていいニャ」
「見ませんけど」
「見ないで」
「はい」
「見ると、手が止まる」
「止まりません」
「止まる」
シルフィさんが左に立った。
「ここにおります」
「危ないですよ」
「存じております」
「下がってください」
「下がると、見えません」
「見えなくても」
「見えないと、届きません」
同じことを、この人は二度言った。
二度目のほうが、静かだった。
「ルーク様」
「はい」
「お手を、離さないでください」
「離しません」
ドルクさんが前へ出た。出て、盾を地面へ着けた。
「盾しかできねえって言ったろ」
「言ってました」
「なら、いい」
ダグさんは俺の真後ろだった。真後ろは、いちばん見えない場所だ。見えない場所に立つ人が、いちばん動く。
俺は両手を門に当てた。左手が右の扉、右手が左の扉。
「これで、一つですか」
誰にともなく聞いた。門は答えない。答えないので、一つだと決めた。
まず、鉄からだった。
帯金の錆が、薄片になって剥がれた。剥がれた下から、黒い鉄が出る。粒が互いを探しはじめた。鋲が、穴の底まで下りていった。
次が、木だ。割れた芯が、内から埋まっていく。繊維が一本ずつ縒り合わさる。扉が、厚みを取り戻した。
厚くなると、音が変わる。外から当たる音が、鈍くなった。
背中で、音だけを聞いていた。鉄が鉄に当たる音。誰かが息を吸う音。シルフィさんの声。
声は言葉ではなかった。言葉でなくても、届いていた。
「まだか」
「まだだ」
「聞くな」
「聞いてねえ」
「聞いてる」
「……悪い」
誰も、俺には聞かなかった。聞かれなかったので、答えずに済んだ。答えずに済むのは楽だった。
手のひらが熱い。熱いのは、鉄が動いているからだと思う。
そこで、止まらなかった。
手が下へ引かれた。いや、引かれたのではない。門の続きが、下にあった。
地面が鳴った。足の裏から、上がってきた。あの夜と、同じ来かただ。
門の下の石が動いた。埋まっていた石が、一つずつ立ち上がる。土を落としながら、順に。
立った石が隣を探した。探して、合わさった。合わさった面に、隙間がない。
「おい」
「見ろ」
「足元だ、下がれ!」
「石が出てる」
「出てるんじゃねえ、立ってんだ」
列が門の両脇へ伸びていった。伸びて、壁になった。
腰より高い。肩より高い。背より高い。
最後に、両脇の天が揃った。揃って、止まった。
「はい、いいですよ」
俺は手を離した。離した手が、白くなっていた。白いのは、石の粉だ。
粉を袖で払った。払っても、爪の中には残った。
「壁だ」
「昨日まで無かったろ」
「無かった」
「どこから出た」
「下からだ」
「下にあったのかよ」
「あったんだろ」
誰も、それ以上は聞かなかった。
「あの」
「なんだ」
「これ、門じゃなかったんですね」
「……何を言っとる」
「門だと思ってたんですけど」
「門だ」
「下に、続きがありました」
「続き」
「はい。門は、上の一部でした」
ハーグさんは答えなかった。答えずに、壁の端まで歩いていった。歩いて、戻ってきた。
戻るのに、数えるほどの時間がかかった。
外の音が遠くなった。遠くなったのではない。当たる場所が、無くなっただけだ。
壁は、道の両側を塞いでいる。
塞がれた側から、押す音だけがした。
押しても、動かない。押す音が、まばらになった。まばらになって、止んだ。
誰かが門の上へ登った。
「離れてくぞ」
「戻るのか」
「戻ってる」
「北へか」
「北へだ」
空が白んでいた。今度は、北だけではない。東からだった。
「怪我人は」
「いる」
「動けん者は」
「三人だ」
「死んだ者は」
「……おらん」
誰も、死ななかった。




