第77話「一度に、ひとつ」
門の内側に、石を積んだ。
積んだのは、荷車から下ろした敷石だ。
高さは腰まで。それ以上は間に合わなかった。
俺はその後ろに布を敷いた。番号札を並べるのに使っていた布だ。その上に、道具袋を開けた。
鑢が三本、金槌がひとつ、油の壜。
「今日も使いません」
道具に言う。
「でも、いてください」
外で、最初の音がした。
何かが門に当たった音だった。
打つ音ではない。
寄りかかる音に近い。
寄りかかる音は、いくつも重なった。
「一本目だ」
誰かが剣を布の上に置いた。真ん中から、折れている。
「直せるか」
「直せます」
「どのくらいだ」
「十、数えるくらいです」
「数えてやろうか」
「お願いします」
俺は折れ口に指を当てた。
断面が、ざらついている。ざらつきの一つずつに、続きがある。続きを思い出させればいい。
粒が互いを探しはじめた。探して、見つけて、噛み合っていく。鎬の線が、下から上へ引かれた。
最後に、面が鏡になった。
「はい、いいですよ」
「……八だぞ」
「早かったですね」
男は剣を取って、走っていった。走った先が、門だ。
一本直すと、一人が門へ戻る。
それだけのことだった。
ハーグさんが両手に抱えて来た。
「置くぞ」
「はい」
「六本ある」
「順に置いてください」
「どれからだ」
「置いた順です」
「選ばんのか」
「選ぶと、遅くなります」
「そうか」
「はい」
ハーグさんはそれきり口を出さずに、また取りに行った。
二本目は盾だった。
縁が、口を開けている。
「木のほうが先です」
「なんでだ」
「鉄は、木がないと締まらないので」
「早くしろ」
「はい」
割れた面に手を当てた。裂けた繊維が、下から水を含んだ。
含んで、伸びて、縒り合わさっていく。
一本ずつだ。
編み上がった面へ鉄の縁が回ってきた。回って、締まった。
「はい、いいですよ」
布の前に山ができた。列ではない。置いていくだけの山だ。
「これも」
「これもだ」
「順番に」
「順番って、どれからだ」
「置かれた順です」
「俺のはいつだ」
「一度に一つしかできないんです。すみません」
「謝るな!」
その人がそう言った。
「次、これだ!」
置いて、走っていった。俺は次を取った。
屋根の上から、声が降ってきた。
「右、寄ってるニャ」
「どっちの右だ」
「門から見て、右」
「何が寄ってる」
「輪っかの群れ」
「数は」
「増えてない」
「増えてないのか」
「増えてない。減ってもない」
減らない、と誰かが繰り返して、それきり黙った。
弓が置かれた。
「弦が」
「伸びてます」
「射れねえ」
「伸びると、そうなります」
「切れてはいねえんだ」
「切れてなくても、壊れてます」
「そうなのか」
「戻る形を忘れてるだけです」
弦に指を這わせた。撚りが、内側へ寄っていく。寄って、締まって、一本になった。
弓が、勝手に鳴った。
「はい、いいですよ」
「鳴ったぞ」
「鳴る張りです」
「二年、鳴らなかった」
「今日は鳴りますよ」
その人は屋根へ上がっていった。
油の壺が割れる音がした。門の内側で、火が上がった。誰かの外套が、燃えている。
ダグさんが、その火へ手を突っ込んだ。
「熱い!」
そう言って、止まった。
「……いや、熱くない」
木の手が燃える布を掴んでいた。掴んで、地面へ叩きつけた。叩きつけて、踏んだ。
火が消えた。
「握れてるぞ」
「握れてます」
「火の中でもか」
「乾いてないので」
「わかってて突っ込んだのか」
「たぶん」
「たぶんかよ」
ダグさんは、木の指を開いてまた閉じた。閉じた指に、煤がついていた。
煤だけだ。
焦げてはいなかった。
地下の口からドルクさんが上がってきた。上がって、まっすぐ門へ歩いた。
「入れ終わったのか」
「終わった」
「なら、下にいろ」
「いない」
「なんでだ」
「俺が前だ」
「盾が無えだろ」
「ある」
ドルクさんは、背中の盾を下ろした。
この前、直した盾だ。
「俺、盾しかできねえから」
そう言って、最前へ出た。出て、動かなくなった。動かないのが、盾役の仕事なのだと思う。
「下がれと言ったら、下がれ」
「わかった」
「返事が早えな」
「早いほうが忘れねえ」
ダグさんが少しだけ笑った。笑ったのを、俺は初めて見た。
いくつ直したかは覚えていない。覚えていないのは、数えていないからだ。数えると、遅くなる。
剣が置かれる。
直す。
持っていかれる。
また、置かれる。
山は減らなかった。減らないのに、誰も急かさなくなった。
急かす代わりに、置いて、走って戻る。
置き方が、だんだん静かになった。
置いて、何も言わずに行く人が増えた。
「なあ、修理屋」
「はい」
「あんた、前に出ねえのか」
「出ません」
「なんでだ」
「戦えないので」
「そうかよ」
「はい」
「じゃあ、そこにいろ」
「います」
「そこにいてくれりゃ、こっちは戻れる」
「戻ってきてください」
「おう」
その人は、二度戻ってきた。
三度目は、別の人が代わりに来た。
代わりに来た人が、同じ剣を置いた。
持ち主が違っていることには触れなかった。触れずに、直した。
鑢が指から落ちた。使っていない鑢だ。並べてあるだけの鑢が、落ちた。
拾おうとして、拾えなかった。
「あれ」
「ルーク様」
「はい」
「手が」
「あ、ほんとですね」
指先が震えている。止めようとすると、余計に震えた。
力が入らないのではない。
言うことを、聞かない。
「休んでください」
「大丈夫です」
「大丈夫ではありません」
「次のがあるので」
「置いてください」
「置くと、誰かが戻れないので」
「……」
シルフィさんが俺の前に膝をついた。白い衣が、土で汚れた。汚れても、そのままにしている。
「ルーク様」
「はい」
「顔を、上げてください」
「上げると、手元が見えないです」
「見なくてよいものを、見てください」
「あの」
「はい」
「もう少しです」
「あと、いくつでございますか」
「……わかりません」
「わからないものを、もう少しとは申しません」
「すみません」
「謝らないでください」
俺は次の剣へ手を伸ばした。伸ばした手を、掴まれた。
この人の手は冷たかった。冷たいのに、震えていない。
「もう、やめてください」
シルフィさんが、そう言った。
その瞬間だった。
門が、軋んだ。




