第75話「集まってくる」
朝、扉が閉まらなかった。壊れているのではない。人が、挟まっている。
番号札は六十まで作ってある。
六十枚が昼前に出た。
シルフィさんが紙を切って番号を書き足した。書き足した札は、木のより薄い。
薄い札は、風で飛ぶ。飛んだ札を、ミオさんが追いかけていった。
「東の町から来た」
「三日、歩きました」
「登録は、できるのか」
「並んでください」
「並んでる」
「その列は、修理の列です」
「登録は」
「そっちの列です」
「どっちも並ぶ」
「……はい」
二つの列が、坂で一度交わっている。
交わったところで、順番が分からなくなる。
シルフィさんが縄を張った。張ると、分かるようになった。
「あんた、修理屋か」
「はい」
「剣を、見てほしい」
「番号は」
「四十二だ」
「今、二十一です」
「まだかかるな」
「かかります」
「昼までか」
「たぶん、夕方です」
「……待つ」
「あの」
「なんだ」
「先に、鞘だけ預かります」
「なんでだ」
「口金が割れてます」
「気づいてた」
「割れたまま抜くと、指を切ります」
「……そうか」
ハーグさんは、昼から一度も座らなかった。立ったまま、名を書いている。
書く手がだんだん遅くなった。遅いのは、丁寧だからではない。指が、つっている。
「……すまん」
ハーグさんがそう言った。
「今日はもう受けられん」
列が静かになった。静かになって、それから、誰も帰らなかった。
「明日は」
「明日は、朝から受ける」
「何番からだ」
「今日の続きからだ」
「なら、待つ」
「宿は、坂の上に二軒だ」
「両方、埋まってる」
「……そうか」
「土間でいい。慣れてる」
ハーグさんは頭を下げてから、しばらく上げなかった。
この人が断るのを、俺は初めて見た。
断るというのは、受けられるということだ。受けられないときは、断ることもできない。
空き地に板が並べてあった。昨日割れた板を、直したものだ。
ダグさんが木の指で数を取っている。
板の前に六人が立っていた。
六人とも、俺より背が高い。
その前に、ミオさんが立った。
「斥候は、この娘がやる」
ダグさんがそう言った。
六人のうち、二人が笑った。
ミオさんは笑ったほうを見ずに、板の上を歩いた。歩いて、真ん中で止まった。
「足の置き方が違うニャ。そこ、鳴るニャ」
「鳴ってねえよ」
「踏んでみて」
男が踏んだ。板が鳴った。
鳴った音が、空き地の端まで届いた。
「……鳴ったな」
「爪先から置くと、鳴らない」
「そんなもんか」
「そんなもん」
「なんで分かる」
「耳が、そこについてないから」
「どこについてんだよ」
「上」
ダグさんが言った。
「聞け。この娘のほうが目がいい」
「目か」
「目だ。俺は、二年こいつの目で生きてた」
二人は黙って、板の前へ戻った。
ミオさんは十四だ。
六人は、二十を超えている。
超えている人たちが、爪先から板を踏んでいた。踏んで、鳴らないのを確かめている。
確かめるたびに、ミオさんが頷いた。
板はぜんぶで九枚ある。
九枚のうち、鳴るのは三枚だ。三枚とも、節の位置が違っていた。
節を外して踏めば、鳴らない。
ミオさんは、それを教えていない。教えずに、踏ませている。
自分で見つけたほうが、忘れないからだと思う。
頷き方が、ダグさんに似てきた。
夜になって、ギルドが空いた。
空いてから、ハーグさんに聞いた。
「あの、この建物なんですが」
「なんだ」
「もとは、もっと大きかったですか」
「……なぜ分かる」
「梁の向きが、途中で変わってます」
「そうか」
「あと、床板の継ぎ目が壁の下に潜ってます」
「潜っておるか」
「はい。壁の外にも、床があったはずです」
ハーグさんは天井を見た。
「金が無くなった年に、半分を閉めた」
「閉めた」
「壁を内へ寄せて、窓を塞いだ」
「屋根は、そのままですね」
「屋根を小さくするより、安い」
「継ぎ足したんじゃなくて」
「削った」
「わかりました」
「何がだ」
「削っただけなら、戻せます」
「壊れてはおらん。減らしただけだ」
「減らしたのも、壊れたうちです」
「……そうか」
「直していいですか」
「わしが決めていいのか」
「持ち主の許可が要ります」
「……頼む」
「はい」
俺は壁に手を当てた。
内側の面が、新しい。
新しいというより、後から立てたものだ。
土が先に落ちた。落ちて、下地の木が出た。
木は外へ退がっていった。退がりながら、元の柱を探している。
柱は外にあった。外の柱に、木が届いた。届くと、そこで止まった。
床板が壁の下から出てきた。出てきた板は、継ぎ目のところだけ色が違う。
違う色が、同じ色に戻った。
二階の梁が、天井の板を押し上げた。押し上げて、姿を出した。
梁は四本あった。
塞がれていた窓が開いた。開いた窓から、坂の灯りが入ってきた。
埃が、一斉に落ちた。落ちきるまで、誰も動かなかった。
「はい、いいですよ」
シルフィさんが二階を見上げた。
「二階がございます」
「ありましたね」
「卓が十は置けます」
「置けますね」
「番号を、二列にできます」
「あ、それはいいです」
「明日から、二列にいたします」
「はい」
ハーグさんは、しばらく立っていた。
立って、天井を見てから、帳簿の上に手を置いた。
「わしは、何も守れなかったと思っていた」
「そうですか」
「二年、いちばん下だ」
「はい」
「人は減った。金も無い。設備も売った」
「はい」
「守ったものが、一つも無い」
「あの」
「なんだ」
「壊さないでおいてくれたから、直せたんです」
ハーグさんは何も言わなかった。言わずに、帳簿を閉じた。閉じる音が、いつもより大きかった。
窓は、開けたままにした。
閉めましょうかと聞いたら、今日はいい、と言われた。
俺は坂を下りた。下りる途中で、足が止まった。
止まったのは、俺だけではない。前を歩いていた人も、止まっている。
地面が、鳴った。
音ではない。
足の裏から、上がってきた。
一度、来た。
少し置いて、もう一度、来た。
ミオさんが耳を動かした。
「北」
ダグさんがそう言った。
「鉱山道の、奥だ」




