第50話「捨てるつもりだったもの」
受付の机に装備が積まれた。昼までで、三十を超えた。
剣が多い。槍と手斧と、矢筒が二つ。
どれも、共通していることがあった。
持ち主が置くときに手を離すのが遅い。
置いてから、一度、指で撫でていく人もいた。
「ミオさん」
「なに」
「並んでますね」
「並んでる」
「昨日は、誰もいませんでした」
「うん」
「門の音でしょうか」
「……たぶん」
「音で、人が来るんですね」
「来ないよ、ふつうは」
「来ましたね」
「来た」
「順番に、伺いますね」
「急がなくていい」
「急ぎませんけど、日が暮れます」
「暮れたら、明日来る」
「明日も、いますので」
ハーグさんは受付の内側に立っていた。紙に名と品を書き取っている。
書く手が速い。この人は、こういう仕事を長くしていたのだと思う。
最初は大きな男だった。手斧を、両手で置いた。
刃が欠けている。三箇所。柄は、途中で継いである。
「親父の手斧だ。もう薪割りにも使えん」
「継いだのは、どなたですか」
「俺だ。下手だろう」
「三度、継いでますね」
「よく見てるな」
俺は柄の継ぎ目に手を当てた。継いだ木がもとの木を思い出した。
繋ぎの釘が、要らなくなって落ちる。
刃の欠けが内側から埋まった。
刃先の線が、まっすぐになる。
男は斧を持ち上げた。
持ち上げて、片手で振った。
「軽い」
「重さは変えてません」
「軽いんだ」
「振り方が戻ったんだと思います」
男は、それから何も言わなかった。言わずに、斧を布で包んで出ていった。
包み方が、ひどく丁寧だった。
次は若い男だった。
折れた槍を、二つに分けて抱えている。折れ口が黒い。長く、そのままだった。
「初依頼で折った槍です。捨てられなくて」
「二年、持ってたんですね」
「三年です」
「三年ですか」
「一度も、使ってません」
「じゃあ、三年ぶんですね」
俺は折れ口を合わせた。合わせただけで、繊維が向かい合う。向かい合って、噛み、編み上がった。
継ぎ目の線が消えていく。穂先の錆が薄片になって落ち、下から白い鋼が出た。
若い男は槍を受け取った。受け取って、その場に立っていた。しばらく、動かなかった。
「あの」
「はい」
「これ、使っていいんでしょうか」
「槍なので」
「はい」
「使うものです」
「……はい」
男は槍を担いで出ていった。担ぎ方はまだ下手だった。
三人目は矢筒だった。女が机に置いた。
革が硬くなって、口が歪んでいる。
底が抜けかけていた。
「これ、名前が彫ってありますね」
「消してください」
「消すんですか」
「もう、いないので」
俺は彫りを見た。二つ彫ってある。並んで、彫ってある。
字の深さが、違った。
一つは深く、一つは浅い。
浅いほうは彫り慣れていない手だ。
「消せますけど」
「はい」
「削らないでおきますね」
「……なぜ」
「壊れてないので」
女は口を開けたまま、しばらくいた。
「壊れて、ないですか」
「彫りは、そのままです」
「はい」
「壊れてるのは、底です」
俺は底に手を当てた。硬くなった革が、指の下で柔らかさを取り戻した。
脂の匂いが、戻ってくる。縫い目の糸が締まった。抜けかけた底が上がって、輪の形に落ち着いた。
女は矢筒を胸に抱えて、しばらく下を向いていた。
礼は言わなかった。
言えない人だったのだと思う。
剣がいちばん多かった。俺は順番に触っていった。
刃の錆が薄片になって浮き、落ちて、下から刃文が出る。
鎬の線が、通る。
柄革の縫い目が締まって、緩みがなくなる。
鞘へ納めると、鳴りが変わった。乾いた音から、詰まった音になる。
「音が、違う」
「入り方が変わったので」
「新品より、いいぞ」
「新品を、見たことがないので」
「見たことがない」
「はい」
「あんた、それでよく直せるな」
「壊れる前の形は、その剣が持ってます」
男は、意味が分からなかったようだった。分からないまま、剣を抱えて出ていった。
夕方には、机の上が空になった。
「ルーク様」
「はい」
「お代を、いただいておりません」
「あ」
「三十件でございます」
「忘れてました」
「ベルタ様に叱られます」
「叱られますね」
「明日から、わたくしが受けます」
「お願いします」
「お安くは、いたしません」
「そこは、譲らないんですね」
「譲りますと、ルーク様が飢えます」
「同じことを言う人を、知ってます」
「同じ人から、教わりました」
俺は床を拭いていた。鉄の粉が床に散っている。
錆の粉は、掃くと広がる。拭いたほうが早い。
膝をついて、雑巾を絞った。
水が赤くなった。そのとき、扉が開いた。
昼に剣を持っていった男たちが、三人、戻ってきた。
剣を抜いて、ハーグさんの机に並べる。
「マスター」
「なんだ」
「これは、どういうことだ」
「どうもせん」
「刃文が変わってる」
「そうか」
「二百年前の型だ。今の鍛冶で出せる線じゃない」
「そうか」
「王都の名工を雇ったのか」
ハーグさんは、帳簿から目を上げずに、羽根ペンの先で示した。
「本人だ。そこの」
男たちが部屋を見回した。奥を見て、二階への階段を見て、また奥を見た。
一人が俺のほうへ目を向けて、そのまま通り過ぎた。
二度目も、同じだった。
三度目に、止まった。
俺は雑巾を絞っていた。
「……そこの」
「はい」
「あんたか」
「はい」
「……掃除の人だと思ってた」
「掃除もします」
「掃除も」
「床が汚れたので」
男は剣を持ったまま、動かなくなった。動かないまま、剣とこちらを何度か見比べた。
「あんた、何者だ」
「町の修理屋です」
「町の」
「はい」
「町の修理屋が、二百年前の刃文を出すか」
「出たので、そのままにしました」
「そのまま」
「削ると、また壊れるので」
男は剣を鞘へ納めた。納める手が、少し震えていた。
三人は、何も言わずに出ていった。
出ていく背中を、ハーグさんが見ていた。
見て、それから帳簿を閉じた。閉じるとき、少しだけ音が高かった。
通りの向かいに、酒場の窓がある。
その窓の内側に、人がいた。左の袖を、肘の下で結んでいる。
俺と目は、合わなかった。合わないまま、その人は席を立って、奥へ行った。
卓の上の杯は、置いたままだった。
俺は雑巾を洗った。洗って、絞って、干した。
袖を引かれたので振り向くと、ミオさんが立っていた。背の荷を、前へ回している。
布の結び目を、指でつまんでいた。つまんだまま、ほどかない。
「ミオさん」
「……」
「どうしました」
「……あのね」
「はい」
「ねえ。……あの手、見てくれる?」




