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第24話「白金の徽章」

 朝から、桶の箍を直していた。


 村の桶は全部で九つある。数えたので、間違いない。


「ルーク様」


 シルフィが、走ってきた。


 この人が走るのは珍しい。


「はい」


「街道から、人が来ます」


「お客さんですか」


「四人です。馬が二頭」


「多いですね」


「装備が、良すぎます」


 俺は桶を置いて立ち上がった。


 道標を直してから十日ほど経つ。人が来るのは、そのためだ。


「ボルグさんを呼びますか」


「呼びません」


「なぜですか」


「殴れる人が、こちらにいないほうがいいです」


 シルフィは、少しだけ考えて、うなずいた。


「では、わたしが横におります」


「殴らないでくださいね」


「殴りません」


 言い方が、少し短かった。



 先頭の男は、背が高かった。


 外套の下が旅装で、襟に徽章がついている。白金だった。


 ガドーさんが鍛冶場から出てきて、その徽章を見た。


 見て、動きを止めた。


「白金だ」


「偉い人ですか」


「国に数えるほどの位の、ひとつ下だ」


「じゃあ、偉い人ですね」


「あんた、もう少し驚け」


 男は広場の手前で止まった。


 三人がそのうしろに並んだ。ひとりは女で、細長い包みを背負っている。ひとりは体の厚い男で、口を開かない。最後のひとりは若く、腰に小さな箱を提げていた。


 その若いのが、村を見回して言った。


「家が新しい」


「そうか」


「廃村と聞いています」


「聞いた話は、いったん捨てろ」


 先頭の男は、そう言って前へ出た。


「ここが、オルトか」


「はい」


「修理屋がいると聞いた」


「俺です」


 男の目が、上から下まで動いた。


 値踏みだとわかった。ベルタさんのときと同じ目つきだ。あちらのほうが、まだ丁寧だった。


「名を」


「ルークです」


「アルヴィスだ」


「そちらの方々は」


「クレア。ゴート。ヨナス」


 名を呼ばれた順に、三人がうなずいた。


 ヨナスさんだけが、頭を下げた。


「気を悪くするかもしれないが、正直に言っておく」


「はい」


「期待していない」


「そうですか」


「王都の名工が、七人だ」


「七人」


「七人が、みな匙を投げた」


 俺は返事に困った。


 困ったので、黙っていた。


「宿場で話されていた話は、全部聞いた」


「はい」


「井戸だの、車輪だの、脚だの」


「はい」


「そのどれも、剣ではない」


 もっともだと思った。


 剣は剣で、桶は桶だ。同じ物ではない。


「まあ、ダメ元だ」


 アルヴィスさんは、そう言った。


 含みのある言い方ではなかった。期待していないことを、そのまま口にしただけだ。


 俺はそれでいいと思った。


 期待されると、手が硬くなる。


 だが、横で空気が変わった。シルフィの手が、袖の中で止まっている。


「アルヴィス様」


「なんだ」


「もう一度、村の名を仰っていただけますか」


「オルトだ」


「そうです」


 それだけ言って、シルフィは口を閉じた。


 何がしたかったのか、俺にはわからなかった。


 アルヴィスさんは、少しだけ眉を寄せた。



「クレア」


 女が、背中の包みを降ろした。


 布は三重に巻いてある。解くのに、ずいぶん時間がかかった。


 出てきたものを、広場の石積みの台に置く。


 剣だった。


 いや、剣だったもの、と言うほうが近い。


 刃が、途中で終わっている。


 鍔から手のひら三つぶんのところで、断ち切られていた。断面が白い。


「白嶺だ」


「はくれい」


「知らんのか」


「すみません」


 アルヴィスさんが、額を押さえた。


 横で、ガドーさんが息を吸う音がした。


「あんた」


「はい」


「それは、王家の宝物庫のものだ」


「そうなんですか」


「二百年、壁に掛かっとった剣だ」


 ガドーさんが、台のそばまで来た。


 膝をつくのではなく、腰を折って断面を覗き込む。手は出さなかった。


 六十年、鉄を見てきた男の見方だった。


「……刃文が、途中で死んどる」


「わかりますか」


「わかる」


「どのへんですか」


「折れ口から、指二本ぶん」


 俺は、そこを見た。


 言われたとおりだった。波の形が、そこで途切れている。


 ハンナさんが、いつのまにか広場の端に来ていた。コルが、その袖を握っている。


 村の全員が、遠巻きに立っていた。


 ヨナスさんが、そのなかのひとりを見て、動きを止めた。


「……アルヴィス様」


「なんだ」


「あの方は」


 シルフィのことだった。


 銀の髪が、朝の光で目立つ。耳の形も、隠していない。


「エルフだな」


「森から出ません、あの方たちは」


「出ているだろう。目の前に」


 ヨナスさんは、それきり黙った。


 黙ったまま、腰の箱の留め具に手をかけた。


 俺は台に近づいて、しゃがんだ。


 白い断面が、朝の光を鈍く返している。


「触っていいですか」


「触れ。どうせ、それ以上は壊れん」


「名工の方々は、何をされたんですか」


「順に言うか」


「はい」


「ひとりは、鍛え直すと言って炉に入れた」


「入りましたか」


「入った。溶けなかった」


「そうですか」


「ひとりは、継ぐと言って三月かけた」


「継げましたか」


「三日で外れた」


 俺は、少し驚いた。


 驚いたのは、外れたことではない。


 三月もかけたのに、と思った。


「残りの五人は」


「見ただけで、頭を下げた」


「賢い方々ですね」


 アルヴィスさんが、こちらを見た。


 初めて、まともに目が合った。


「……妙なことを言う」


「すみません」


「いや」


 俺は、指を伸ばした。


 その前に、ひとつだけ聞いておきたかった。


「これ、どうして折れたんですか」


 場が、静かになった。


 アルヴィスさんが、答えなかった。代わりに、クレアさんが言った。


「振り下ろしました。それだけです」


「相手は」


「なし」


「なし」


「朝の素振りです」


 俺は、顔を上げた。


「素振りで、折れたんですか」


「折れた」


 アルヴィスさんの声が、低くなった。


「三月前の朝だ」


「痛かったでしょうね」


「……何がだ」


「いえ」


 俺は、断面に指を当てた。


 冷たい。それから、妙だった。鉄の冷たさが、途中で変わる。同じ一本の刃なのに、根元と、折れ口の手前で、感触が違う。


 俺は折れ口を撫でた。撫でて、もう一度撫でた。


 鉄の粒の並びが、途中で切り替わっている。


 こういうものを、前にも触ったことがある。親方が「継いだ跡だ」と言っていた。


「あの」


「なんだ」


 俺は、指を離さずに言った。


「これ、直る前に一回、間違った直し方されてますね」

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