第11話「石ころと泥で」
「石です」
「石」
「はい。足りないぶんを、どこかから持ってこないといけないので」
「……石で」
「石でいいです」
シルフィが口を開けたまま固まった。
説明が下手なのは自覚している。うまく言える人は、たぶん親方くらいだった。
「あの、中身の話なんです」
「中身」
「はい。石も、鉄も、木も、細かくしていくと似たようなものなので」
「似ていません」
「似てますよ」
「……」
「足りないところに、足りるだけ入れるだけです」
シルフィは何も言わなかった。
言えなかったのだと思う。
俺は立ち上がって外へ出た。
崩れた石垣の前にしゃがんだ。
「こんにちは」
石に言う。
「ちょっと、四つほど貸してください」
手のひらに乗せて重さを見た。角が丸い。川から運ばれてきた石だ。
「あ、これはいいですね」
「目が詰まってます」
「あなたも、来てください」
「あ、そっちのは重いですね」
「じゃあ、こっちにします」
「すみません、選り好みして」
四つ選んで、それから、足元の土をひとつかみ。
井戸のそばの桶に、昨日汲んだ水が半分残っている。それも小さな器に取った。
振り返ると、シルフィが戸口に立っていた。
裸足のままだ。両手で戸の枠を掴んでいる。
「靴を履いてください」
「……」
「風邪ひきますよ」
「石で」
「はい」
「母の刃を」
「はい」
シルフィの唇が、震えた。
怒っているのだと思った。当然だと思う。
「やめましょうか」
俺は聞いた。
「持ち主が嫌なら、やめます」
長い間があった。
風が、庭の草を一度なでていった。
「……もし」
シルフィが言った。
「はい」
「もし、駄目でも」
「はい」
「怒りません」
「はい」
「わたしは、怒りません」
自分に言い聞かせる言い方だった。
「わかりました」
俺はうなずいた。
「じゃあ、やります」
布を床に広げて、その前に座った。
道具袋を開けて、鑢を三本、金槌をひとつ、油の壜をひとつ並べる。
「今日も使いません」
道具に言う。
「でも、いてください」
「大事な物なので」
「見ててください」
並べると腹が決まる。親方の癖だ。
「はじめます」
まず、柄からいくことにした。
こちらのほうが素直だ。木は鉄より話が早い。
炭になった表面に、指を置いた。
この柄が、まだ木だったころを思う。切られる前、山に立っていたころ。そのあと、削られて、握られて、手の脂を吸って色が濃くなっていったころを。
炭が粉になって落ちた。
黒い粉が布の上へこぼれ、その下から乾いた木肌が出てくる。
焼けて縮んでいた繊維が、下から水を含んだ。
含んで、伸びて、縒り合わさっていく。一本ずつだ。ねじれていたものが、順にほどけて、正しい向きへ並び直す。
白い。
思ったより白い木だった。柾目がまっすぐ通っている。
「へえ」
思わず声が出た。
「いい木ですね、これ」
「……」
「軽くて粘りがあります」
「握ると手に吸いつくやつです」
「これ、森の木ですか」
「……はい」
「道理で」
「焼けて、しんどかったですね」
「もう平気ですよ」
最後に匂いが来た。
樹脂の匂いだ。切り出したばかりの木の匂いが、小屋の中に広がった。
柄尻に小さな彫りが浮き上がった。
葉の形だ。三枚重なっている。
「模様ありましたね」
「……ありました」
「よかった」
握りのところは、そのままにした。
指の当たるところが、わずかにへこんでいる。二代ぶんの手の跡だ。
これは、直すものではない。
「はい、そこは、そのままで」
柄を布の上に置いた。
次が、刃だ。
欠片に手をかざした。
鉄なら、目をつぶってでもできる。だが、これは鉄ではなかった。
軽くて、乾いていて、金属というより木の実に近い。
どこから戻せばいいのか、しばらくわからなかった。
「うーん」
「困りましたね」
「……あの」
「はい」
「これ、なんですか」
「わかりません」
「そうですか」
「じゃあ、聞き方を変えます」
「これ、どこが痛いですか」
「……刃に、聞いているのですか」
「はい」
「……」
わからないなら、わかるところから行くしかない。
欠片の一つを摘まんで、割れ口を見た。
割れ口には続きがある。ここから先がどこへ繋がっていたか。断面が覚えている。
覚えているなら、思い出させればいい。
欠片が布から浮いた。
一つ、二つ、三つ。二十三が、順に。
浮いて、宙で少しずつ回った。角度を探している。刃の形に並び始める。
並んだところに、隙間が空いた。
四つぶん。それから、粉になったぶんの筋。
「はい、そのまま」
「動かないでくださいね」
「いま、埋めます」
「はい、いまです」
俺は石を握りつぶすつもりで力を入れた。入れる必要はなかった。
石が崩れた。
崩れて、土と水に混ざって、白い糸のようになった。糸は宙へ上がって、隙間へ流れ込んでいく。
流れ込んだ先で、糸が固まった。
固まって、両側の結晶と噛み合う。
噛み合う音がした。かちり、と細かい音が、二十いくつ続けて鳴った。
線が消えた。
継いだ跡がない。もともと一本だったものが、一本に戻っただけだ。
鎬の線が引かれて、峰が立って、刃の縁に細かい波が走った。
最後に面が鏡になった。
俺の顔が映った。ひどい顔をしていた。
「……はい、いいですよ」
俺は手を離した。
短剣が、布の上に降りた。
柄と刃が、かちりと合わさる。
白木の柄に白い刃。長さは、腕の半分ほど。飾りは何もない。
「できました」
「お待たせしました」
シルフィのほうを向いた。
向いて、少し驚いた。
彼女は、こちらを見ていなかった。刃元を見ていた。
「あ、そこ」
俺も覗き込んだ。
刃元に、小さな刻みがある。
錆の下から出てきたものと同じだ。昨日の夜、鉄くずが聖銀になったときに出てきた、あの刻み。
「これ、この前のと同じですか」
「……」
「似てますよね。ここの、はねてるところ」
「……」
「彫った覚えは、ないんですけど」
「……」
「もとから、あったんだと思います」
「……」
シルフィは答えなかった。
答える代わりに、壁に立てかけてあった聖銀の刃を取った。
二本を並べて置いた。刃元と刃元を。
同じだった。
線の数も、はねの向きも、同じだった。
「……また」
シルフィの口が動いた。
「また、だ」
それきり、声が出なくなった。
口が二度、三度と動いた。
音は、ひとつも出てこなかった。




