↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
11/112

第11話「石ころと泥で」

「石です」


「石」


「はい。足りないぶんを、どこかから持ってこないといけないので」


「……石で」


「石でいいです」


 シルフィが口を開けたまま固まった。


 説明が下手なのは自覚している。うまく言える人は、たぶん親方くらいだった。


「あの、中身の話なんです」


「中身」


「はい。石も、鉄も、木も、細かくしていくと似たようなものなので」


「似ていません」


「似てますよ」


「……」


「足りないところに、足りるだけ入れるだけです」


 シルフィは何も言わなかった。


 言えなかったのだと思う。


 俺は立ち上がって外へ出た。



 崩れた石垣の前にしゃがんだ。


「こんにちは」


 石に言う。


「ちょっと、四つほど貸してください」


 手のひらに乗せて重さを見た。角が丸い。川から運ばれてきた石だ。


「あ、これはいいですね」


「目が詰まってます」


「あなたも、来てください」


「あ、そっちのは重いですね」


「じゃあ、こっちにします」


「すみません、選り好みして」


 四つ選んで、それから、足元の土をひとつかみ。


 井戸のそばの桶に、昨日汲んだ水が半分残っている。それも小さな器に取った。


 振り返ると、シルフィが戸口に立っていた。


 裸足のままだ。両手で戸の枠を掴んでいる。


「靴を履いてください」


「……」


「風邪ひきますよ」


「石で」


「はい」


「母の刃を」


「はい」


 シルフィの唇が、震えた。


 怒っているのだと思った。当然だと思う。


「やめましょうか」


 俺は聞いた。


「持ち主が嫌なら、やめます」


 長い間があった。


 風が、庭の草を一度なでていった。


「……もし」


 シルフィが言った。


「はい」


「もし、駄目でも」


「はい」


「怒りません」


「はい」


「わたしは、怒りません」


 自分に言い聞かせる言い方だった。


「わかりました」


 俺はうなずいた。


「じゃあ、やります」



 布を床に広げて、その前に座った。


 道具袋を開けて、鑢を三本、金槌をひとつ、油の壜をひとつ並べる。


「今日も使いません」


 道具に言う。


「でも、いてください」


「大事な物なので」


「見ててください」


 並べると腹が決まる。親方の癖だ。


「はじめます」


 まず、柄からいくことにした。


 こちらのほうが素直だ。木は鉄より話が早い。


 炭になった表面に、指を置いた。


 この柄が、まだ木だったころを思う。切られる前、山に立っていたころ。そのあと、削られて、握られて、手の脂を吸って色が濃くなっていったころを。


 炭が粉になって落ちた。


 黒い粉が布の上へこぼれ、その下から乾いた木肌が出てくる。


 焼けて縮んでいた繊維が、下から水を含んだ。


 含んで、伸びて、縒り合わさっていく。一本ずつだ。ねじれていたものが、順にほどけて、正しい向きへ並び直す。


 白い。


 思ったより白い木だった。柾目がまっすぐ通っている。


「へえ」


 思わず声が出た。


「いい木ですね、これ」


「……」


「軽くて粘りがあります」


「握ると手に吸いつくやつです」


「これ、森の木ですか」


「……はい」


「道理で」


「焼けて、しんどかったですね」


「もう平気ですよ」


 最後に匂いが来た。


 樹脂の匂いだ。切り出したばかりの木の匂いが、小屋の中に広がった。


 柄尻に小さな彫りが浮き上がった。


 葉の形だ。三枚重なっている。


「模様ありましたね」


「……ありました」


「よかった」


 握りのところは、そのままにした。


 指の当たるところが、わずかにへこんでいる。二代ぶんの手の跡だ。


 これは、直すものではない。


「はい、そこは、そのままで」


 柄を布の上に置いた。



 次が、刃だ。


 欠片に手をかざした。


 鉄なら、目をつぶってでもできる。だが、これは鉄ではなかった。


 軽くて、乾いていて、金属というより木の実に近い。


 どこから戻せばいいのか、しばらくわからなかった。


「うーん」


「困りましたね」


「……あの」


「はい」


「これ、なんですか」


「わかりません」


「そうですか」


「じゃあ、聞き方を変えます」


「これ、どこが痛いですか」


「……刃に、聞いているのですか」


「はい」


「……」


 わからないなら、わかるところから行くしかない。


 欠片の一つを摘まんで、割れ口を見た。


 割れ口には続きがある。ここから先がどこへ繋がっていたか。断面が覚えている。


 覚えているなら、思い出させればいい。


 欠片が布から浮いた。


 一つ、二つ、三つ。二十三が、順に。


 浮いて、宙で少しずつ回った。角度を探している。刃の形に並び始める。


 並んだところに、隙間が空いた。


 四つぶん。それから、粉になったぶんの筋。


「はい、そのまま」


「動かないでくださいね」


「いま、埋めます」


「はい、いまです」


 俺は石を握りつぶすつもりで力を入れた。入れる必要はなかった。


 石が崩れた。


 崩れて、土と水に混ざって、白い糸のようになった。糸は宙へ上がって、隙間へ流れ込んでいく。


 流れ込んだ先で、糸が固まった。


 固まって、両側の結晶と噛み合う。


 噛み合う音がした。かちり、と細かい音が、二十いくつ続けて鳴った。


 線が消えた。


 継いだ跡がない。もともと一本だったものが、一本に戻っただけだ。


 鎬の線が引かれて、峰が立って、刃の縁に細かい波が走った。


 最後に面が鏡になった。


 俺の顔が映った。ひどい顔をしていた。


「……はい、いいですよ」


 俺は手を離した。


 短剣が、布の上に降りた。


 柄と刃が、かちりと合わさる。


 白木の柄に白い刃。長さは、腕の半分ほど。飾りは何もない。


「できました」


「お待たせしました」


 シルフィのほうを向いた。


 向いて、少し驚いた。


 彼女は、こちらを見ていなかった。刃元を見ていた。


「あ、そこ」


 俺も覗き込んだ。


 刃元に、小さな刻みがある。


 錆の下から出てきたものと同じだ。昨日の夜、鉄くずが聖銀になったときに出てきた、あの刻み。


「これ、この前のと同じですか」


「……」


「似てますよね。ここの、はねてるところ」


「……」


「彫った覚えは、ないんですけど」


「……」


「もとから、あったんだと思います」


「……」


 シルフィは答えなかった。


 答える代わりに、壁に立てかけてあった聖銀の刃を取った。


 二本を並べて置いた。刃元と刃元を。


 同じだった。


 線の数も、はねの向きも、同じだった。


「……また」


 シルフィの口が動いた。


「また、だ」


 それきり、声が出なくなった。


 口が二度、三度と動いた。


 音は、ひとつも出てこなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。