中編
五 非目撃情報
私たちのするべきことが見えてきた。放課後、私と莉子が中庭に向かって歩き出すと、後ろから呼ぶ声がする。
「結衣さん!莉子さん!」
振り向くと八木崎先輩が廊下を走ってきていた。元生徒会長が廊下を走るなんて相当緊急事態に違いない。どうしました?と、声をかける。
「思い出したんだ。昨日の放課後、南棟の三階を掃除していたら、僕がきちんと前を見ていなかったせいで女子生徒にぶつかっちゃったんだよ。すっかり忘れてた。その子は確かジャージを着ていて、グラウンドの方を写して動画を撮影していたと思う。スマホを構えていたよ。」
先輩は少し上がった息を整えながら説明する。
「本当ですか!それは大きな収穫ですよ!」
私は興奮気味に、体育の授業中に話し合った莉子の考えを伝える。
「なるほど、すごいね。じゃあ僕がぶつかった女の子が見つかれば、僕が南棟三階にいたことの証人になってくれるかな。」
「それどころか、その生徒が撮っていた動画に先輩が写っていれば、大きな証拠になりますよ!金子先生を黙らせる切り札になります!」
莉子も静かに頷く。先輩は切れ長の目を見開いて、
「そうか、思い至らなかった。それならあとは、僕が渡り廊下を通っていないことを証明してくれる人が見つかればいいのか。」
「そっちについても私に考えがあるんです。」莉子は力強い眼差しを先輩に向けていた。
放課後の校舎は案外賑わっている。廊下でおしゃべりする人、教室で勉強する人、部活動に勤しむ人。私たちの教室がある西棟の一階から、ひとまず階段で二階の西棟と南棟を繋ぐ渡り廊下を目指して歩いていた。莉子は特に説明しなかったが、歩いているうちに私にも考えが見えてくる。
「それじゃあ、私が聞いてみます。先輩が一緒だと記憶が紛らわしくなってしまうかもしれないので、一度私たちだけで話をします。先輩はこのあたりで待っててもらえますか。もし来てもらった方がいいと思ったら声をかけるので、それまでは姿が見えないような位置にいてください。」先輩は真面目な顔で頷く。
渡り廊下周辺の廊下では、管楽器の練習をしている吹奏楽部員が点在している。
「練習中すみません、少し伺いたいことがありまして……。」
私の予想通り、莉子は吹奏楽部員のうちの一人、個人練習中のトランペットを持った女子生徒に声をかけた。
吹奏楽部員なら、長時間同じ場所で練習している。普通なら、練習中に通りがかった人間を全員分把握しているなんてあり得ない話だろう。しかし、今回は対象が、あの『元生徒会長 八木崎颯太』なのだ。彼の人気と知名度ならば、通りがかったら覚えている人もいるかもしれない。
上履きの色を見るに二年生だろう。部員は怪訝そうに顔を上げて莉子を見た。
「よくこの場所で練習しているんですか?」
話しかけられた先輩もちらりと私たちの上履きに目を向ける。
「そうだね。私はよくここで練習してるかな。響くからいいんだよね。」
「それは、昨日もですか?」
「うん、昨日も一日中個人練習の日だったから、部活中はずっと、十六時前くらいから十九時まではずっとここにいたよ。」
莉子の頬が僅かに綻ぶ。
「なるほど。昨日、十六時半〜十七時半の間に、この廊下を八木崎先輩が通りませんでしたか?元生徒会長で三年生の、八木崎颯太先輩です。」
「八木崎先輩ってあの『王子』って呼ばれてる先輩でしょ?通ってないよ。あんなに目立つ人が通りがかったら絶対に気づくもん。」
「これは八木崎先輩にとって大事なことなのでよく思い出してみて欲しいんです。本当に八木崎先輩は通りませんでしたか?その時間、ここに本当にあなたはいましたか?」
莉子の物言いはまっすぐで、私はそれが莉子の良いところだと思っているけど、反対に莉子のことをあまり知らない人からは反感を買いやすい。莉子はその自覚があるので、親しくない人と積極的に話そうとはしないのだが、今回、自ら他人に声をかけに行ったことに私は少しの驚きもあった。それくらい先輩のためを思っているのだろうか。
トランペットを持った先輩は気を悪くした様子はなく、少し考えるとしっかりとした視線でこちらを見上げる。
「そうだね、確かに私もここを通りがかった人を絶対に覚えているわけじゃない。だけど、八木崎先輩が通ったという記憶もないし、通り過ぎる人々に違和感もなかった。……そうだ、反対側の西棟と北棟の間の渡り廊下でいつも練習してる友達がいるんだけど、その子にも聞いてみようか。その子、王子のファンだから私よりも確かな情報がもらえると思うよ。」
お願いして聞いてみてもらう。その先輩はスマホを取り出し、電話をかけ始めた。通話を待っている間、莉子がぼそっと
「八木崎先輩には待っててもらってるけど、逆に一緒に来てもらった方が思い出せることもあったかな。」
私はそうは思わない。「先輩だって自分の知名度が高い自覚、ちょっとはあるだろうけど、動向を逐一見られてるなんて知ったらいい気持ちはしないでしょ。一緒に来てもらわなくて正解だったと思うよ。」
通話を終えた吹奏楽部員が帰ってくる。
「聞いてみた。やっぱりその子も通ってないって言ってる。昨日、その子は数人で集まって練習してたんだって。それが渡り廊下のかなり真ん中で、邪魔になるような場所でやってたから、通り過ぎようとする人がいたら毎回練習を中断して道を開けてたらしいの。だから、通り過ぎようとした人のことは全員一度認識してるし、もしその中に八木崎先輩がいたらファンとして気づかないはずがない、って。そもそもあそこの渡り廊下を放課後に通過する人なんてほとんどいないし、だからこそ廊下に広がって練習してたんだと思うけど。」
私たちはその先輩の名前を一応控えた。お礼を言って、八木崎先輩の待つあたりまで戻る。一連の報告を聞いた八木崎先輩から、少しだけ緊張が緩んだ。
「これで渡り廊下の証人は見つけられたにしても、記憶頼りの証言だけでは決定的とは言えませんからね。やっぱり南棟の三階でぶつかったって言う女子生徒が鍵を握っていると思うんです。どんな生徒だったか、思い出せることはありませんか?」
先輩は困った顔で首を傾げる。
「う〜ん。ずっと考えてたんだけど、顔はほとんど見えなかったんだ。確か、サンバイザーとサングラスのようなグッズで日差し対策をしていて、顔が隠れていたんだよね。ほとんど話していないから声も覚えてないし……。ジャージを着ていたけど、学校指定のジャージではなかったからなんらかの部活動のジャージだと思う。」
「サンバイザー……。外で活動する部活動ってことかな?」
莉子も真剣な眼差しで一点を見つめている。
「そう考えるのが自然だよね。……それに、校庭の方を向いて動画を撮っていたんですよね?……部のジャージを着ているってことは自分も部活中か……。ということは、もしかして……」
私は少し声が大きくなる。
「自分たちの活動の様子が見える場所から撮影していたってこと⁈」
莉子はコクリと頷いて見せる。
そのあとしばらく私たちは校庭で行う部活動を列挙していき、これだけでは絞りきれないという結論に至った。こうなったら仕方がない、片っ端から聞いてみるしかない。私たちは連れ立ってグラウンドに向かった。
六 噂話その二
校庭で活動を行っている部は思いのほか多い。女子テニス部、ソフトボール部、陸上部、と順番に声をかけるが、めぼしい情報は得られなかった。やはり限界かと思ったところで、莉子が「次はサッカー部だね。」とグラウンドの中央に向かって歩き始める。
そうか、女子生徒と言われたから自然とプレイヤーを想像していたが、別に部活に所属しているのはプレイヤーだけではないのだ。サッカー部のプレイヤーは男子しかいないが、『マネージャー』は、いる。
ちょうど練習試合が始まるらしく、部員はみな忙しそうだ。見渡すと、我らが吉川先生が上級生らしき生徒に指示を出し終えたところらしい。私たちは先生のもとへ邪魔にならないようにしつつ近寄ると、先輩を紹介して進捗を報告する。
「そういうわけで、サッカー部では練習の様子を動画に撮ったりすることはありませんか?」
先生は少し考えて、
「八木崎くんがぶつかったのはうちのマネージャーかもしれないわね。昨日の放課後はちょうど練習試合があって、マネージャーに撮影を頼んでいたの。まだ私の手元にはきていないから、彼女が持っているはずです。あなたたちと同じ一年生の樋口真央さん、クラスは二組だったかしら、知っていますか?」
当たりだ!私たちの推理を裏付けるような事実に鼓動が速くなる。先生の口からでたマネージャーの名前は聞き覚えのないものだったが、私はこのミッションが一歩ずつ前進するのを感じていた。
やはり吉川先生も証言だけでは金子先生を納得させるだけの力は持ち得ないだろうという見解を示した。
「残念だけれど、樋口さんは今日の部活は来ていないんです。確認できるのは明日以降になるわね。」
遠くに視線を向けて呟いた吉川先生は、どこか呆れを含んだ苦い顔をしているように見えて、私も先生の見ている先を見つめてみた。
「……その代わり、他のマネージャーはいますよ。話を聞きますか?」
「莉子、どうする?」
「……動画も重要だけど、ぶつかった本人に話を聞きたいので大丈夫です。」
少し考えてから、莉子は淀みなく言った。
「時間も限られてるんだし、悠長なことは言ってられない。早いほうがいいに決まってるよ!先輩、明日の朝、SHRが始まる前に一年二組を訪ねましょう!莉子も先輩も、それでいいですよね?」
「僕は大丈夫。莉子さん、どう思う?」
「そうだね……。今回はタイムリミットもあるし、結衣の言う通り早い方がいい。明日、始業の三十分前に正門に集合しましょう。」
明日の予定を決めて、今日は解散になった。
翌朝、朝食を摂ろうとダイニングに入ると珍しく兄がまだいる。
「珍しいね、今日は早く行って自習しなくていいの?」
「昨日、俺なりに出来ることはしようと思って、カネコの弱点になりそうなことはないかとか、噂を聞いて回ったんだ。それなりに収穫があったから、朝登校しながら話そうと思って。今日も莉子ちゃんと一緒に行くだろ?」
正直、私も莉子も噂には疎い。私たちが集めづらい情報を貰えるのはありがたかった。
支度を終えて家の玄関を開けると、ちょうど同じタイミングで隣の家のドアも開く。顔を覗かせた莉子はまだ眠そうな顔で挨拶したあと、私の後ろに控える兄を見て目を丸くする。
「翔くんも一緒?珍しいね、今朝は自習はいいの?」
私たちは、莉子、私、兄の順で三人並んで歩いた。まるで小学生の頃みたいだ。
「さっそく本題に入ろう。お前たちはカネコの噂をどこまで知ってる?」
もはや兄の中に担任に敬称を付けるという概念はないらしい。
「えぇと、陸上部の友達からちょっとだけ聞いたよ。部活中ジロジロ見てきてキモいとか、顧問のくせに部活を見に来ないとか、マネージャーと付き合ってるとか……。あとなんだっけ?」
莉子が補足してくれる。
「特定の生徒への贔屓がすごい、とかもあったと思う。」
「結構知ってるじゃないか。ただの偏見や噂話の域を出ないものも多いが、概ねそんなところだ。今回俺から伝えようと思ったのは、その『特定の生徒への贔屓』ってとこだ。カネコの野郎はなかなかキャリアもあるし、進路指導の担当だろ。だから、校内の推薦についても多少声が通るらしいんだ。もちろん試験とか、校内選考は厳正なもので、オッサン一人の権力でなんとかなるもんじゃない。だけど、贔屓の生徒が目指す指定校推薦の枠に、他の生徒が入ってこないようにちょっと手を回す、くらいは出来るわけだ。そんで、その贔屓の生徒っつーのが可愛い女子はもちろんなんだが、自分が顧問を受け持つサッカー部の生徒もいるらしく、サッカー部の進学率とかも自慢のひとつらしい。問題なのが、」兄はわざとらしく一拍置く。「颯太と同じ大学の推薦を目指しているただ一人の生徒が、引退したサッカー部員てところだ。」
「まさか……。」私も莉子も絶句している。
「……さすがにこんな状態で颯太がほんとうに犯人だなんて思ってる先生はいないだろうよ。だけど、カネコに媚びておきたいやつとか、疑念のある生徒を推薦させるわけにはいかないみたいな保守的な教師は……いるだろうな。」
八木崎先輩の危機が、より現実味を帯びてきた気がした。吉川先生が、「他の先生が」という言い方をしていたことを思い出す。
「……こうなると、余計に確たる証拠の存在が重要になってくるね。証言だけだと甘いっていうのはその通りかも。」
「でも、昨日あのあと八木崎先輩が証拠になりそうな出来事を思い出したんだよ!」
私は兄に、先輩がぶつかった生徒の話をする。
「マジか!それは期待できるな。俺があんまり協力できなくて悪いがなんとか颯太を助けてやってくれ。」
「そっちは私と莉子がなんとかするから、翔くんは自分の勉強に集中しなよ。」
久しぶりに兄を名前で呼んだ気がする。私の影響で莉子も「君付け」で呼ぶようになったんだっけ。久しぶりに三人で登校しているからだろうか。
莉子も私の言葉に頷く。兄は重ねて「悪いな」とだけ言った。
七 収穫
約束の時間に八木崎先輩と落ち合う。私はさっき兄から聞いた話を口にしようとは思わなかった。莉子も特段言及しない。三人で連れ立って一年二組の教室を訪れる。
始業時刻にはまだ早いので、例の生徒がまだ登校していないことを懸念していたが、近くにいた生徒に聞いてみると、もう来ているよ、と言う。名前を呼ばれて、教室の奥でポニーテールの女子生徒が振り向いた。
廊下に出てきた樋口さんは華やかな印象で、人目を引く佇まいだなと思った。物怖じしない態度で私たちを見据えているが、威圧感は無い。
「突然ごめんね、隣のクラスの花崎結衣です。同じく谷塚莉子と、三年生の八木崎先輩。元生徒会長だから知ってるかな。実はちょっと困ってることがあって、手を貸して欲しくて。」
女性としては背が高い樋口さんは、私たちの目線よりも高い位置に顔がある。印象通りの明るい笑顔で、
「八木崎先輩はもちろん知ってる!会えて嬉しいです、一回喋ってみたかったんだよね。花崎さんと谷塚さんは初めましてだよね?よく分かんないけどあたしに出来ることなら。てか先輩と何繋がりなの?あたしも先輩のファンだから仲良くなりたいな〜、なんて、ミーハーすぎるね」
樋口さんはくすくすと愛らしく笑った。
ひとまず協力的な態度にほっとする。
「ありがとう、先輩は同じ高校に通う私の兄の友人なんだ、言わばお兄ちゃん繋がり、かな。」
「お兄ちゃんもこの高校なんだぁ。あたしもお兄ちゃんがいるんだけど、お兄ちゃんは小さい頃に両親が離婚してパパに着いていったからしばらく会ってないんだよねぇ。一緒に登校できるなんて素敵だね。」
明るい言い方ではあるものの、これまで苦労もあっただろう、しんみりした空気が滲んでいる。
「あっごめんいきなり重い話になっちゃった!もう昔のことだし、全然暗い話じゃないから!それでなんだっけ、頼みがあるんだっけ?」
空気を振り払うように樋口さんは話題を戻した。
「えっと、頼み事って言ってもそんなに大袈裟なことじゃなくて、確かめたいことがあるんだ。樋口さんってサッカー部のマネージャーをやってるよね?一昨日の放課後、練習試合の様子を南棟三階の廊下で撮影してたって聞いたんだけど、その時に八木崎先輩とぶつからなかった?」
樋口さんは右手で前髪を整えながら聞いていた。そのまま考え込むように右手を見上げるが、歯切れの悪い返事が返ってくる。
「さぁ〜……どうだったかなぁ。」
「時間で言うと、十六時半〜十七時半のあたりなんです。重要なことなんですが、どうですか?」
莉子が補足してくれる。
鈍い返事ににわかに不安がよぎる。正直に言えば、これまでが順調に進んできた分、今回もすんなり行くだろうと思っていた。もし、最悪の場合、動画に先輩が写っていなかったとしても、ぶつかったという証言は得られるだろうという根拠のない確信があった。だから、動画どころか証言でつまづくとは考えもしなかった。嫌な予感を覚えながらも、切り口を変えてみる。
「えっと、私たちは、先輩がそのあたりの時間にそこの場所に居たっていう証拠が欲しいんだ。詳しくは言えなくて申し訳ないんだけど、それが先輩の将来に関わる大事なことなんだよね。どうかな、先輩かどうかは分からなくても誰かとぶつかった記憶とかは……?」
「う〜ん。一昨日のことでしょ?誰とぶつかったとかはもう覚えてないんだよね。いくら八木崎先輩が有名人とは言えさぁ、部活中はそっちに集中してるし。」
口元に微笑は浮かべつつも、声色に拒絶が見え始める。
「分かりました。確かに記憶には残らないかもしれませんね。では、一昨日録画していた練習試合の動画を見せてくれませんか?そこに先輩が映り込んでいるかもしれませんし。」
莉子は相変わらずはっきりした言い方をする。私はちょっとそわそわした。
「え、動画を?……いや、悪いけど、あれは一応部内のやつで、部外者に見せるのは良くないと思うんだよね。てか、ほんとに一昨日に動画撮ってたのってあたしなのかな?他のマネージャーの先輩とかかもよ?」
「いえ、ちゃんと吉川先生に確認しました。一昨日動画を撮っていたのは樋口真央さんというマネージャーの生徒で、先生の指示で撮影していたと。動画に関しても、先生の許可を頂いています。」
樋口さんは目を見開く。「吉川先生が……」と呟いている。昨日のあの会話を許可とするかは解釈が分かれるところではあるが、今は莉子の作戦に乗ることにする。
吉川先生の名前が効いたのか、樋口さんは小さく微笑んで、
「……吉川先生が言うなら大丈夫だね、なんか言い方キツくなっちゃったかな?ごめんね。まだあたしの手元にあるから送るよ、花崎さんのスマホでいい?」
うん、ありがとうと答えて動画を送ってもらう。樋口さんのスマホを持つ手は、震えていた。
動画を共有し終えた樋口さんは、もういいかな?準備あるから行かなきゃ、とだけ言って教室に戻って行った。背中越しに改めて礼をかける。莉子と八木崎先輩も続いた。
私たちは廊下に残り、そのまま動画を再生する。
しばらくは校庭の様子が俯瞰で撮られてるいる。飛ばし飛ばしで再生していると、ある一箇所でいきなり視界が倒れた。
「結衣!今のところ!」
私は慌てて動画を巻き戻す。ついでに音量を上げて、声が聞こえるようにする。
『きゃっ!』
衝撃と共に撮影していたスマホが落ちたようで、画面が真っ暗になる。すぐに拾い上げられて、カメラは目線ほどの高さになった。
『ごめんね!大丈夫⁈』
これはおそらく八木崎先輩の声だろう。男性の声が入っている。
「あっ!これだよ!僕だ!」
八木崎先輩も興奮した声を上げる。咄嗟にカメラを声のした方に向けたらしい、画面には屈んでカメラのほんの少し上を覗き込んでいる八木崎先輩がはっきりと映っていた。動画の撮影時間から計算すると、ちょうど十七時のあたりだ。
「ここまでしっかり映っていれば、証拠になりますね!ね?莉子!」私は声が弾むのを感じる。
しかし、莉子からは返事が無い。
「……莉子?」
顔を上げて莉子を覗く。莉子は私の視線に気づいてハッとこちらを見た。
「……!あぁ、そうだね。ちゃんと先輩が写ってる。」
なんだか考え込んでいるようだった。莉子はぎこちなく微笑んで動画にすっと視線を戻す。私もつられて動画に向き直った。
そのまま動画を見ていると、カメラは校庭に向き直った。その間も八木崎先輩が声をかけているらしく、本当にごめんね、と言った会話が少しの間行われ、その後はずっと試合の様子が映し出されていた。
私は、この動画があれば先輩の無実を証明できると意気込んでいた。決戦は今日の放課後ね!と勝手に決めて、これで一旦解散しようと言う。先輩も安堵の表情だったが、別れ際、ふと思い出したように首をかしげて、
「さっき樋口さんと会った時に思ったんだけど、僕がぶつかった女の子、あんなに背が高かったかな?って。」
私も一緒になって考えてみたが、さして重要なこととは思えなかった。きっとあの時は裸足だったんだ、などと結論づけて、先輩に微笑んで見せる。その間も、莉子はずっと険しい顔をしていた。
放課後には、莉子もいつも通りになっていた。
莉子の助言で、先生を複数人集めた上で私たちの考えを聞かせた。一通り口頭で説明して、いよいよ動画を見せるという時、何故か手が止まった。なんだろう、この大切なことから目を逸らしているような嫌な感じは。にわかに黙り込んだ私を莉子が心配そうに覗き込む。そんな莉子の眼差しを受けて、一番始め、中庭で相談を受けた、先輩を信じると誓ったあの時を思い出した。そうだ、この動画があれば先輩の無実を証明できる。私はもやを振り切るように小さく頭を振って、動画の説明に戻った。
金子先生も始めはあらゆる手段を用いて反論していたが、証拠の動画を提出したあたりで、吉川先生に「理不尽な言い分で罪をでっち上げるのはやめてください」と止められて以降は大人しくなった。おかげで、教師たちの前で先輩は無実だと証明することが出来た。吉川先生にもここまで証言と証拠を集めたことを褒められ、あれだけ論理的に説明したのだから他の先生たちも納得してくれたでしょう、これから樋口さんに私の方からも話を聞いてみますと言ってくれた。
次回解決編です




