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後編

解決編です

八 噂話その三

 翌週の火曜日、朝のSHRが始まる前に私と莉子を呼ぶ声がする。あの時と同じ、兄と八木崎先輩だ。何の話かすぐに分かった私たちは小走りで廊下に出る。

「先輩!どうでした?」

兄は両手でマルを、先輩は笑顔でピースを作った。私と莉子も顔を見合わせる。

「それじゃあ……!」

「校内選考に受かったんですね!」

私たちは口々におめでとうを言う。

「これも全部みんなのおかげだよ。本当にありがとう。……最初にも言ったけど、この疑惑が上がってからクラスメイトたちがなんだかよそよそしくなって、変わらずに、どころか僕を信じてくれたのは翔だけだったんだ。だから結衣さんがはじめに『信じる』って言ってくれたのがなによりも嬉しかった。それを当然のように受け入れてくれた莉子さんも。改めてありがとう。これからまだ本試験の面接とか小論文の練習をしなきゃだけど、ひとまず安心だよ。」

「俺からもありがとな。颯太、もう少しの間は一緒に勉強できるな。」


 それから約二ヶ月後、先輩が今度は推薦入試に合格し、大学が決まったと伝えに来てくれた。この日だけは兄も来てくれて、一緒にお昼を食べた。先輩の心からの笑顔に、私も力になれて良かったと思った。

 私はふと、あの時協力してくれた人たちにもお礼を言った方がいいだろうと思い立ち、訪ねてみることにした。今日は莉子も図書委員会の当番でいないし、ちょうどいいだろう。放課後、急いで探しに行く。

 吹奏楽部の先輩はすぐに見つかった。お礼を伝えると、先輩も力になれて良かったと言ってくれた。

 もう一人、サッカー部の樋口さんを探して一年二組を訪ねる。教室を覗き込むも、樋口さんの姿は無い。もう帰ってしまっただろうか?と考えていると、背後から声をかけられる。

「あれ?結衣ちゃんじゃん!どうしたの?誰かに用事?」

野上さんだ。隣のクラス、としか認識していなかったが、野上さんも樋口さんと同じ二組だったのか。

「実は樋口さんを探してて。サッカー部のマネージャーやってる樋口真央さん、もう帰っちゃったかな?」

野上さんは気まずそうに視線を逸らす。

「あ〜……。実は樋口さん、学校辞めちゃったんだよね。」

「えっ?」

私は驚いて上手く話せなかった。ようやく絞り出した声は、自分の想像よりも掠れている。

「辞めちゃったって……なんで……?転校したとかじゃなくて……?」

「う〜ん、なんかさ、これまでもサッカー部の顧問のカネコと、マネージャーが不倫してる、みたいな噂あったじゃん?あるとき、そのマネージャーってのが樋口さんだって噂になってさ。なんか周りもよそよそしくなって、気まずくて学校来なくなって。それで最近、ついに退学しちゃったって聞いた。」

 私はすごく嫌な予感がした。これまでうっすらと感じてきた違和感が、これまでずっと見ないフリをしてきた違和感が、大きな塊となってのしかかってきているようだった。

「その噂って……いつから……?」声が震える。

「ニヶ月くらい前かな。クラスのサッカー部の男子が、部活中に副顧問に呼び出される樋口さんを見たんだって。樋口さん、その日でキッパリ部活辞めちゃって、前から部内で疑惑程度で噂があったから、これは間違いないってなっちゃったんだって。その時チラッと覗いてみたら、試合の動画?みたいなのを見てた〜とかなんとか。……ねぇ、大丈夫?顔色悪いよ。」

 私の嫌な予感は的中したようだった。あの時だ。先輩を救うための動画、あれが樋口さんにとって、反対の結果を持たらしたんだ。

 頭が真っ白になった。ぐるぐるする視界に、動画を初めて見た時の莉子の険しい顔が蘇る。まさか、莉子は。


九 選択

 その後の記憶がないが、自分の教室に戻っていたらしい、委員会が終わった莉子に声をかけられて我に帰る。しばらく何も言えなくて、心配そうに覗き込む莉子を無視する形で歩いていた。

 心の整理がついたわけでもないのに、気づいたら莉子に聞いていた。

「……ねぇ、二組の樋口さん、退学したって知ってた?」

莉子の顔は見えない。

「……そうみたいだね。噂で聞いたよ。詳しくは知らないけどね。」

莉子はシラを切るみたいだ。

「莉子、あの時気づいてたんでしょ?あの動画を撮影してたのが、先輩がぶつかったのが、樋口さんじゃないって。」

隣で小さく息を呑む気配がした。

「……。……どうして、それを。」

長い沈黙のあとに絞り出された声は、今まで聞いたことないくらい小さかった。

 私は生まれて初めて、莉子の考えてることが分からない。堰を切ったように言葉が飛び出してくる。

「やっぱり。あの動画、撮ったのは別の人なんでしょ。樋口さんは、あの日、あそこに『いなければならなかった』。それを誤魔化すために、他の人にアリバイ工作を頼んだんだ。そんなことをする理由が、顧問との不倫だったんだね。だから、だから私たちにも本当のことは言えなかった。私たちは吉川先生の名前を出した。動画の撮影を命じたのも吉川先生だし、きっと先生はずっと彼女を疑ってたんだ。そこを樋口さんは逆手にとって、あの動画を撮っている間は、少なくとも不倫をしていない、そうやってアリバイが作れるはずだったんだ。」

ここまで一気に口から溢れた。勢いに呑まれて止まらない。なんだか視界がぼやけている気がする。

「それに莉子は気づいてたんでしょ⁈あの動画を撮影したのが別人であることも、それを樋口さんが隠してることも、その理由も、……あの動画を私が提出することでアリバイが崩れることも‼︎なんで教えてくれなかったの⁈あの時教えてくれていれば……!」

「教えていたら、なんなの?」

莉子の声は、はっとするほど冷静だった。

「教えていたら、結衣は証拠として使うのをやめていた?……そうじゃないでしょ、あの場では、あれが最善の選択だったし、それを結衣も良く分かってた。だから結衣だって、多少の違和感は飲み込んだ。」

「でも……!」

私は初めて莉子の顔を見る。そうしたら、あとに続けようとしていた言葉が全部吹き飛んでしまった。なんで、莉子がそんな苦しそうなの。

「あの動画の意味を知ったところで、私たちは同じ選択をしていた。それなら……。結衣が罪を背負う必要は、ないでしょ。」

私は何か言おうと思って口を開いたけど、言葉にならなくて、目線を逸らした。

 莉子の小さな「ごめん」という呟きは、私まで届いていた。

 私たちは黙って歩いた。見慣れた道のりのはずが、初めて来た街で迷子になったみたいに感じられる。

「……あのさ、なんで莉子は動画を撮影したのが樋口さんじゃないって気がついたの?」

「身長だよ。樋口さんは女の子にしては長身で、八木崎先輩と並んでも十〜十五cm差くらいだった。だけど、動画の中で八木崎先輩は相手と目線を合わせるためにかなり屈んでいた。先輩が、ぶつかった生徒はサンバイザーにサングラスで顔がわからなかったって言ってたけど、それくらいすれば校庭から顔の判別はつかないだろうと考えると納得がいく。」

「じゃあ、吉川先生も同じ理由で気がついたのかな。」

「それもあると思う。あとは声じゃないかな。……ここからは推測だけど、樋口さんは動画を先生や部員に共有した時に、音を消す編集をかけると思う。さすがに身近な人には声でバレるだろうし。だけど、私たちがもらった動画は未編集で、音声もそのままだった。証拠として提出された動画を見た先生は、少なくとも樋口さんが撮った動画ではないことはわかる。それだけでも呼び出すには十分な理由だし、他にも疑念があった上でのダメ押しだったのかも。今となってはわからないけどね。」

「……なるほどね。」

 私たちは、あとは無言で歩いた。莉子の視線が、たまにこちらに向けられる。

 莉子の言った、『最善』という言葉を考えていた。私は「先輩を助けるため」の、莉子は「私を守るため」の、最善。合格を伝えてくれた先輩の笑顔と、震える手で動画を渡してくれた樋口さんの両方が頭の中を渦巻いている。

 お互いの家が見えてきた。私たちには明日も授業がある。

「明日も、同じ時間ね。」とだけ、聞こえるように呟く。一際強い風が吹いた。

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