第十章「エルタニア決戦」#6
「ヘスペリデス製薬、CEOのマービン・リガルド・ハイヴクラウンです。さしずめ私は貴方の弟弟子ということになるのでしょうね」
「安価な挑発にはのらん。境遇こそ天動真中と同じ意図的に産み出された眷属ながらまるで別物だな」
アンシェルの息子と対峙するその奥には科学プラントがある。当たりを引いたのはシルバートだった。
「戦力外と捨て置かれた吸血王としての器。あの少年ほど惨めなものはありませんよ。私は父からも砂夜様からも期待されている」
「あの男がここにいては目的の一つが達せられない。不在な理由はそれだけだ。俺は別に偽血の回収と廃棄という目的のためだけに動いている」
「それは残念。偽血なら、既に輸血ネットワークに混入されている頃合いかと。条件を各国政府がのまなかった場合の最終手段として、少数派な吸血体を無理矢理に増加させるプランは軌道に乗っています。それももう三週間前のこと。聖堂騎士団も貴方の未来視もたいしたことはないようですね」
「どうだかな」
互いに一歩も譲らない両者の牽制を破ったのはシルバートの元にかかってきた一本の電話だった。
「生の声だ。お前も聞くか」
「何?」
耳を傾けるマービンに別動隊である京蒼生の声が飛んだ。
「『コロンビアの国立血液センターに到着。関係各所に輸血用血液の一時使用を停止するよう進言。一斉に確認作業に入りました。偽血は通常の血液と根本的な塩基配列が異なるため、選別、排除は可能かと思われます』」
「現地での指揮は京副団長に一任する。クーリエ副団長にも後で報告を仰ぐ。時間はかかってもいい。偽血の回収を最優先事項としろ」
余裕の笑みを浮かべていたマービンの顔に曇りが見え始める。
「エルタニアから集められた血液は西隣のコロンビア、南隣のエクアドルの国立血液バンクに一度送られる。だから各所に副団長以下団員を配置した。これが俺が見た未来の形だ」
「だからどうだと言うのです。また新たな偽血を作り、ばら撒けばいい。レシピは変わらず我々の管理下にある」
背後の科学プラントを一瞥するマービン。
「余計に貴方を殺さなくてはならなくなった。完全転化・|爻號獣《こうごう
じゅう》ーー」
百獣を超越し、恐竜に倣ったその形態はアンシェルの転化と寸分違わぬ雄々しい姿をしていた。
「何を今さら改まることがある……」
弓形の聖剣を現出するシルバート。
「無論、こちらもそのつもりだ」
構えて魔力を練る間、マービンが背鰭に生え揃った金の突起物を一斉に掃射した。
誘導されるように弾頭がシルバートへと向くなか、聖剣より魔力で構成された矢を無数に射ち放ち相殺。
立ち昇る煙幕より伸長する尻尾からの刺突がシルバートの心臓を捉えるも。
「攻撃パターンはどれもアンシェルの模倣に過ぎん」
それもまた両端の刃で受け流し、反撃に魔力の弓矢をマービンの額に射ち込んだ。
「全て見ているし、視えている」
「ならば、見通したところで意味を成さないほどの圧倒的な火力で圧し潰す」
背面から生えた骨翼の節が一つ一つ順に伸びていき、最大級の白色破壊光線を吐くべく、溜めの姿勢に入る。がしかし。
跳躍したシルバートがその頭上をとった。
「大した隙も作っていないのに大技か。お前、頭悪いな」
聖剣の刃が四つに展開。十字を形取る。
「詠唱誓約特許掟項・ルミナサジッタ」
降り注ぐ高密度かつ高濃度の魔力の塊がマービンの身体を灰塵に帰す。
「ハァ、ハァ……」
転化が解け、焼け爛れた皮膚を晒す四つん這いになったマービンを見下ろすようにシルバートが歩み寄った。
「期待はずれだったな」
「や……やめろ……」
聖剣を右手に持ち替え狙いを視認することもなく、魔力の弓矢を射出。科学プラントは爆発。炎上した。
「あとはレシピが頭の中にある白雪伽耶乃の拿捕、または殲滅。そして藤澤砂夜か」
その足で第一次合流地点である中央広場を目指すシルバートが異変を感じ取る。
「……しくじったか」
見るとジャックの張り終えたばかりの結界が天蓋よりひび割れていき、新たに別の結界が張られていった。
「この生理的に受け付けない魔力の波長は、アンシェルをおいて他にいない」




