第十章「エルタニア決戦」#5
血で染まる現風景がガラスのようにひび割れ、破片となって落ちていく。
「この現象、結界術や転移術式の類でもない……」
「放置すべき相手じゃなかったかな」
あらゆる境界線は取り払われ、三界天地の全てが白き輝きに満ちる時、真に融合を果たした解放者が現れる。
ペリーナとジャンヌの瞳を宿すオッドアイ。男装の上から纏う甲冑。握り締めるは現代に生み出されたものとは異なる聖遺物。
歩弓の背に手を置けば、たちまちその出血と痛みは止んだ。
「ペリーナ……?」
「そうでもありますし、そうでないとも。今はただこの世の悪を挫くため剣を振るう者」
危機感を覚えたアンシェルが尻尾からの刺突を繰り出す。
「その能力も私の前では意味を持たない」
薙ぎ払い、アンシェルの肩に聖遺物こと伝承上の聖剣を投擲。たちまち転化能力は解除された。
「無効化……? このような術式など知らん」
左手より新たに聖剣を現界させ、藤澤砂夜の首元に剣先をあてがう。
「君は騎士団長じゃないからね」
感応に入る砂夜だったがすぐに精神世界から引き戻される。
「まるで表と裏、二人いてたった今、そのもう一人に斬られちゃった」
口の端からつうっと流れる鮮血。砂夜は気づかれぬようにその血を集めていった。
「過去にも未来にも、貴方の存在理由はない!」
「それを決めるのは神じゃない。わたしだよ」
思い切り振り抜かれる刃。噴き出す血と共にまだ首が繋がっている間に砂夜は詠唱を果たす。
「ブルートシュタルク・リントヴルム」
血液の濁流が会議室を呑み込んだ。視界が紅く塗り潰される。
「ペ、ペリーナ騎士団長? あのぅ〜」
我に帰ると元居た林の中のようだった。
「ち、調査したところ、ここは科学プラント、というより、調理場? みたいですぅ」
眼前には殺されたはずの副団長がおどおどした態度で覗き込んでいた。
「エルタニアに戻った……。ここに来るまでに敵襲は?」
「し、信徒が集団で。で、でも団員が対処にあたってます」
明らかに未来は書き変わった。ペリーナを過去に飛ばした刺客の存在すら見当たらない。
「藤澤砂夜は?」
「さ、作戦通り、総騎士長と門崎騎士団長が向かってます、ケド……?」
不思議そうに首を捻る副団長に肝心なことを訊く。
「かつて聖堂騎士団に席を置いていた日護歩弓さん。ご存知ですか?」
「え、ええ。10年前の戦争にも参加したって」
「それから……どうなったのでしょう」
恐る恐るでも過去旅行の結末をペリーナは知りたかった。知らずにはいられなかった。
「じ、10年前の夜の眷属との戦いで左眼と右脚を負傷。その後聖堂騎士団を辞めて、魔術省で詠唱特許条項の管理責任者として事務職に就いてます」
「今も、でしょうか」
「は、はい……そもそもペリーナ騎士団長を推薦したのは日護歩弓さんだったかと」
ペリーナは天を見上げて感謝した。
「そう……そうだったのですね」
「???」
なんのことやらさっぱりな副団長を置いて、ペリーナは両膝をつき、祝福した。
「良かった。強く生きていてくれて」




